中華女子、世界を目指す!日本のベスト10にエントリーされた服部萌さんの挑戦をレポート続編です。

料理人にとって「コンクール」とは?
サンペレグリノヤングシェフ2015
審査会&表彰式レポート

★こちらの記事からどうぞ

中華女子、世界を目指す!
サンペレグリノヤングシェフ2015 日本大会レポート<前編>

 

当日の調理時間は60分。この日はテレビカメラが数台、各媒体が会場に詰め寄せており、どこか物々しい雰囲気の中、実技審査が始まりました。

天井を見上げれば、各人の頭上にカメラが設置され、中には至近距離まで密着するハンディカメラも。なかなか気忙しい環境ではありますが、服部さんは落ち着いた表情で調理を進めていきます。

服部さん

審査員2名
日本地区大会審査員の山本征治氏(「日本料理 龍吟」右)、生江史伸氏(「レフェルヴェソンス」(左))。

というのも、ここに来るまでの道のりがかなりハードすぎて、当日は「吹っ切れた」のだとか。

「実はこの前日までが、本当に大変だったんです。休みのたびに京都まで必要な材料を買いに行き、文献を当たり、ブラマンジェをすくった温度をそのまま舌に伝えられるような、繊細な口当たりのスプーンを探したり―――。和歌山にいる母にも、度々あちこち付き合ってもらいました。

前日は前日で、テレビカメラの密着取材が入っていたのに、朝から忘れ物をして大パニック。自分だけならともかく、みんなに迷惑をかけてしまったと思うと本当に申し訳なくて…。都内を駆け巡り、最後には貧血を起こして倒れてしまったんです。

でもそのせいでしょうか。倒れるように寝て、朝起きたらスッキリ(笑)。いつの間にか緊張も消えていました。それまでは本当にいっぱいいっぱいだったんですよ」。

審査員に応答
審査員のルカ・ファンティン氏(ブルガリ イル・リストランテ)の
質問に英語で答える服部さん。

 

◆審査員をくぎ付けにした、直筆の「かな文字」

怪我の功名とでもいうのでしょうか。落ち着いた手つきのまま、持ち時間内に余裕を持って終えることができた服部さん。とはいえ、審査員の前にサーブするところまでが審査の対象、最後まで気が抜けません。「ガラスの皿に指紋が付いてしまうから」と、白手袋で皿を運び、いざ料理を提供へ―――。

春の和歌

と、思いきや、ここで意外なアクションが。
服部さんは、料理を置く前に和紙を取り出し、審査員のテーブルに広げました。

おしなべて花の盛になりにけり 山のはごとにかかる白雲
(訳:すべての桜が盛りになりました
どの山の稜線にも白雲がかかっているようです)

あしひきの山桜花日並べて かく咲きたらばいと恋ひめやも
(訳:もしも山の桜が何日も咲いているのだったら
こんなにも恋しいとは思わないでしょう)

時は今春になりぬとみ雪ふる 遠山の辺に霞たなびく
(訳:今 季節は春になり
雪が降り積もる遠山のあたりに霞がたなびいています)

そこにしたためられていたのは、それぞれに異なる春の和歌。
日本で生まれ、女性が使う文字とされてきた「かな」。その「かな」で、桜の咲く季節の歌が表現されていたのです。

和歌

意外性からか、審査員からは「これは自分で書いたのですか」「どんな意味ですか」と質問が続出。

実は彼女、もともと書道の嗜みがあり、自らが勤める『老虎菜』の店内にも直筆の「厨藝三十六」(※中華の調理技法36)が飾られているほど達筆。しかし、これまで書いてきた書体と「かな書道」は異なることから、実家の和歌山に戻った折、急遽先生について学んだのだそう。

直筆の和歌が料理のメッセージ性を引き立て、そこにいた皆に大きな印象を残したことは言うまでもありません。審査後、なんと審査員全員が書の持ち帰りを希望。「将来有名になったらすごいよ~」なんて会話も!

審査員2名

 

◆待望の表彰式にはサプライズゲストも!

こうして一連の審査が終わり、延長時間も使い、「サンペレグリノヤングシェフ2015」の日本代表シェフが発表されたのは、日も暮れた午後6時過ぎのこと。審査員が熟考の末決めたという優勝者は、「ESqUISSE(エスキス)」の信太竜馬さんでした。

優勝者

表彰式では、審査員を務めた各シェフとも、参加者10名の健闘を称え、「ブルガリ イル・リストランテ」のルカ・ファンティン氏は「昼夜関係なく取り組んでこられたことと思う。参加者に改めてお礼を申し上げる」と通訳を通じてコメントを発表。

「レフェルヴェソンス」の生江史伸氏は「この舞台で力を尽くせたことを誇りに思っていい。また、ここに参加したみなさんの友情が続くことを願っている」と話しました。

ルカ・ファンティン氏生江史伸氏

「日本料理 龍吟」の山本征治氏からは「参加した今日で終わりではなく、ここで生まれた関係性を皆に続けていってほしいし、このような交流を通じて、若い人たちが料理をやっていてよかったと思ってもらいたい。またコンテストを通じて、料理人という職業に対し、たくさんの人に憧れをもってほしい」と、激励の言葉が。

山本征治氏

さらにこの後、サプライズで、実際に今年の6月のミラノ万博で審査員となる「ナリサワ」の成澤シェフも登壇。「海外において、この大会は非常に注目され、盛り上がっていると感じる。優勝者は参加できてよかったというのではなく、ぜひ結果を勝ち取ってほしい。一方で、勝ち負けも大切だが、何を残してくるかも非常に重要」と語りました。

成澤シェフ

◆中華女子よ、大志を抱け!

こうした名誉な機会、そしてハードなチャレンジを経て、今、服部さんは何を感じているのでしょう。

「実は今まで、コンクールに力を注いでいる人に、疑問符がつくところがあったんです。私たちが働いているレストランは、料理だけでなく、心地よいサービスや、通っていただくうちに顔見知りになり、常連さんになっていただけるような、人間的なつながりがベースにあるものですから。

そして、レストランで料理をお出しするということは、お客さまに向かい合い、お客さまが選んだ料理を食べていただくことでもあります。だからこそメニューには、お客さまが選びやすいよう、似たような料理ではなく、意図的に違った味や食感のものも入れるわけです。勝ち負けを競ったり、審査員に向けて料理を作るのって、何か違うんじゃないかなあ、と。

でも、この大会を通じて、コンクールに参加することは自分の表現力が試され、鍛えられるものだと実感しました。ここで作ることができるのは1品だけ。今回は出品部門のみ決められていて、何の制約もなかったこともあり『自分らしさって何だろう?』と、結果的に自分と向き合う機会が作れたと思います」。

コンクールの後、清々しい表情でこう語ってくれた服部さん。そういえば、審査員から「この料理に点数をつけるなら何点?」という質問がありました。
改めてその質問をしてみると、答えは変わらず「70点」。理由は「永遠に100点にはならないし、私はまだ伸びしろがあるから」。では、そんな彼女が次に目指すところは―――?

「女性中国料理人が珍しくない世の中にすること。この想いは前から変わりません。そしてもうひとつ、後世に残る名物デザートを作ることです」

この大会への出場を通じて、同世代・他ジャンルのシェフと繋がり、大きな刺激を受けたという服部さん。大会後の懇親会では、日本のトップシェフから直接、自分の料理に対する嬉しいコメントも聞かせてもらったといいます。

こうした経験を重ねる中で、彼女が自ら「代表作」と言えるデザートが誕生する日も、きっといつかやってくるはず。それを楽しみに、私たちはこれからも応援していこうじゃありませんか。

龍井茶(ロンジンチャ)のブランマンジェ サクラ葉のソース
Longjingtea-flavoured blancmange and sakura jelly sauce
(龍井茶(ロンジンチャ)のブランマンジェ サクラ葉のソース)

 

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サンペレグリノヤングシェフ2015 日本地区大会レポート<前編>

 


TEXT & PHOTO 佐藤貴子(ことばデザイン)
PHOTO(表彰式および完成した料理)サンペレグリノヤングシェフ2015オフィシャルフォト