若手料理人の仕事のひとつが「まかない」の準備。日本人と中国人、味覚の差はいかに?
中国・台湾でウケた日本の味
――厨房に入っていると、まかないの担当になることもあるかと思いますが、現地の厨房で日本の味を披露する機会はありましたか?
陳 ――はい。日本から送ってもらった昆布や鰹節を店に持って行って、日本の出汁でスープを作り、まかないとして出したことがありました。
四川省の人って昆布がすごく好きですしね。
で、ちょっと濃いめで出汁をとって「こうやって出汁取って、漉して、これが琥珀色だ、見たか!」みたいな感じで出してみたんです。それがね、わからないんですよ。味が。ちっとも。
それでみんながそのスープに味の素を入れたり、チキンパウダーを入れたりして食べ出して、しまいには豆板醤を付けたりし始めて…。あれはショックでしたねえ。感覚が違うんだなと。
一同――笑
小林――“まかないを食べてもらえない時代”、ありましたよ。実は俺、悲しいくらいにずっと食べてもらえなかったんです。それがある時うどん作ったら、突然みんなに「教えろ、教えろ」と言われて。
――小林シェフのご出身は愛知県ですよね?
小林――ええ。味噌煮込みとかそういうのじゃなく、香港では普通に鰹と昆布で取った出汁です。たぶんそれがものすごくおいしかったんだと思いますよ。あっちで「おいしい」って言われたなんて初めてだったからびっくりしちゃって。
陳 ――僕はグラタンが受けました。成都にもピザ屋や洋食屋が増えてきていたので、みんなグラタンくらい知ってるだろう…思ったんですけど、意外と知らないものだったみたいで。 で、そこからバリエーションをつけてイチジクを足したり、蟹の味噌を使ったりしているうちに、逆に「何かこれでできないか?」と頼まれるようになって、「こうやって作ってみたら?」なんてアドバイスしているうちに、新メニューができたこともありました。たまにそういう発展性がありましたが、受けない時は受けない。どっちかです。極端でしたねえ。
高木――俺はいつも「味噌汁作れ」って言われてたな。台湾の味噌って甘いんだよね。最初はこんな甘いのでどうするんだって思って、塩でバランスとってたら喜ばれて、いつの間にか味噌汁係になっちゃった。
――台湾の皆さんがどこかで飲んだ経験があったからこそ、リクエストしたんでしょうね。
高木――そういえばその頃、台湾の飲茶ワゴンの上には、いなり寿司が乗ってたんだよな。
――日本が統治していた時代があった、というのも関係があるのかもしれません。
高木――単純に台湾の人はおいなりさんのあの味付けをおいしいと思える感性があるんじゃないかな。甘い醤油で炊いた、あの味がね。
――メジャーな日本食といえば、香港では沢庵(たくあん)を使うこともありますね。
小林――そうですね。30年くらい前に、香港で日本の食材が流行ったことがありました。
高木――カニかまぼこが流行ったこともあったな。
小林――流行りましたね。沢庵やシシャモ、マヨネーズもちょうど流行り出した…、それとちょうど同じくらいの時期。
高木――蟹より高いんだもん!カニかまぼこが。
あと、わさびもあるね。今は築地の市場に台湾のわさびが入荷しているくらいだ。
――生わさびですか?
高木――そうです。台湾産のほとんどは阿里山のわさび。国産は高くて使えないところもあるでしょう。生だと香りがいいしね。
――また、特に香港は居酒屋や日本式のラーメン屋も普通にありますね。熊本の「味千ラーメン」なんて、ものすごく浸透しています。
高木――そういえば3年前、江蘇省の泰州に行ったんですよ。台湾時代のコック仲間が「美麗華酒店」というホテルを買い上げたっていうんでね。ちょうど俺が上海に行ってた時に知らせが来て、呼ばれて訪問したんですよ。その後、また別のコックに呼ばれて、揚州の「揚州大飯店」まで行くハメになるんだが(笑)。
大きな地図で見る(A)上海市 (B)泰州市 (C)揚州市
高木――そのレストランで出された料理が、なかなかいいアイデアでね。タレに漬け込んだ鱈の切り身でヤッコネギを巻いて揚げてるの。そのネギがけっこうたっぷりあって、カリカリに揚がっていて、すごくおいしいんだな。ソースも何だかネギによく合うし、日本人にも好まれる味。それで「調理場を見たい」って言って入れてもらったら、さっき使ってたソースがなんだと思う? 焼き鳥のタレなの。それを鱈に漬け込んで使ったんだよ。
――日本製ですか?
高木――そう。ビンに焼き鳥のタレと書いてあった。
陳 ――四川省でも、どのレストランにも必ずある日本の調味料が、エバラの「焼き肉のたれ」 。ほんと、どこの厨房に行ってもありますね。
毎年台湾のホテルにイベントに行っているんですが、そこにもありました。今上海にいる兄弟弟子の店にも。もちろん四川料理系の店なんですけどね。
エバラ食品工業「焼き肉のたれ」醤油をベースにした風味豊かなたれ。ご家庭でおなじみ、日本の小売用ラインナップは基本の「醤油味」、コチュジャンが効いた「辛口」、りんごと蜂蜜で甘みを加えた「甘口」の3種類だが、中国の厨房で広く親しまれているのは、現地法人で製造する、ラベル右側に“日本風味”のキャッチコピーが入った「醤油味」(写真)。 現在中国では、日本からの輸出品と、現地法人で製造する商品が販売されている。ちなみに現地ではニセモノも出回っているそう。マネされるのは、やっぱり人気者の証? |
高木――甘辛いタレってのが、四川人の味覚に合うんだろうな。それにしても焼き鳥のタレにはびっくりしたね。で、俺もそれをちょっとひねって、店で出してみたのよ。魚を切り身にして漬け込んでおいて、巻き簾を使ってヤッコネギを巻いて、そのまま油でゆっくりと揚げる。そうすると、ネギが香ばしくてうまいんだよ。うちにコックさん連中が来ると、それを出してあげるんだ。
――スペシャルメニューですね。
陳 ――そういうのを聞くとやりたくなります。聞いて、嬉しくなって店に帰ってやると、若い子たちが「この人、本当面倒臭いわ」ってなるんですけど(笑)。
高木――確かに面倒臭いんだけどな(笑)。でも赤坂四川飯店はコックさんがいっぱいいるからいいじゃん。うちは4人しかいないんだからな!
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小林シェフの訪れた香港では鰹出汁でとったうどんが人気で、高木シェフの台湾では味噌汁といなり寿司が愛され、建太郎シェフの訪れた四川省ではグラタンとエバラ焼肉のタレが支持を得た、というエピソード。なんとなく、それぞれのお土地柄が現れている気がしませんか。
すなわちスープを誇る香港では、異文化の上質な出汁も受け入れられる土壌があり、日本の統治時代があった台湾では、ストレートな日本食もOK。そして香辛料使いの達人がひしめく四川省では、甘旨辛が揃った、パンチのある味が支持される…。もしかすると、土地に伝わる伝統的な味覚にこそ、現地で支持される味のヒントが隠れているのかもしれません。
Text 佐藤貴子(ことばデザイン)
Photo 林正