80C(ハオチー)が始まって間もないころ、中華の新境地を読者に見せることができる、若手料理人の活動をご紹介していた。

その1人に、篠原裕幸さんがいる。

『ShinoiS』の篠原裕幸オーナーシェフ。

当時にしたら、マニアックな記事だったろう。しかし今はもう、マニアックと言えないかもしれない。

例えば、巨大なごま団子、煎堆皇(チントイウォン)の調理動画。

注目されること間違いなし!『食べられる風船』はこうして作る」は、2019年秋、YouTubeの動画視聴回数114万回を超えるヒットコンテンツとなった。

80Cで「順徳料理の会」を開催した際に登場した煎堆皇。のちに料理人からの問い合わせが多く、作り方を公開した。

おろしたてのしょうがに、熱したミルクを注いで作る広東スイーツ「中国菜的自由研究 失敗しないしょうがミルクプリンの作り方」や、美食の都・順徳を訪ねた「広東料理マニアックス」など、篠原さんがとことん向き合った広東料理特集も息が長い。

薑汁撞奶(キョンジャッゾンナイ)こと、広東式しょうがミルクプリン。本場スタイルの水牛ミルクと牛乳で作り比べた。

併せて、日本最大級の若手料理人コンペ「RED U-35で篠原裕幸シェフがグランプリ!」や「日本から上海へ!中国でシェフになる」といった、篠原さんの料理人としての姿勢もご紹介してきた。

可能性に果敢にチャレンジするその姿は、みんなに希望を見せてくれた。

2015年の「RED U-35」では456人の料理人の頂点に立った。

スペシャリテは〈水仕込み〉の干し鮑。

そんな篠原さんが上海で二年半、シェフとしての武者修行を経て、オーナーシェフとして2019年11月16日(土)、東京・白金台にオープンさせた店が『ShinoiS(シノワ)』だ。

樹齢190年、美濃杉の1枚板を贅沢に使った『ShinoiS』のカウンター。店名は、中国料理への敬意を込めた〈Chinois〉と、〈篠原の料理とは〉という意味を込めた〈Shino is〉を掛けた。

メニューはおまかせで、季節のコースを用意する。なかでも「原価が高くなってもいいので、どうしても出したい」とこだわったのは、干し鮑の一皿。

その調理法が潔い。調味料は使わないのだ。「いい乾物には、その乾物本来が持っている旨みがあるから」、足し算はしない。

干し鮑の煮込み。「干し鮑を扱える喜びを忘れずにいたい」と自身の結婚式でも語ったほど、篠原さんが大切にしている食材だ。断面がほんのりサーモンピンクになっているのも品質の証。

干し鮑の料理は、一般的に金華ハムや丸鶏などを贅沢に使った上湯(シャンタン)を使い、さらに調味料を加えて味を調えることが多い。

しかしここではセオリーを覆す。それ自身のエキスで静かに煮込まれた鮑に蓄えられているのは、三陸吉浜の鮑が餌としてきた、昆布の凝縮されたうまみと甘み。塩さえも使わないが、そんなことは感じさせず、干し鮑のピュアな味わいを露(あらわ)にしている。

なにより篠原さんにとって、この食材には特別な想いがある。新卒で入った『赤坂璃宮』で、初めて干し鮑の蒸しスープを口にして以来、「この道を歩もう」と人生を決めたきっかけを作ったからだ。

干し鮑は岩手県大船渡市三陸町吉浜産が最上級品とされているが、その大部分は国内ではなく、香港や澳門(マカオ)に輸出される。

「日本の上質な食材を、日本で食べてもらう機会を増やしたい」。そんな想いも、干し鮑を扱う決め手のひとつとなった。

杏仁豆腐と酸辣湯と皮蛋と。皿の上の意外性。

全11~13品のコースメニューには、誰もが知るような料理もあれば、中華好きだけが知るような料理もあるが、いずれも皿の上は意外性に満ちていて、かつ、落ち着いた味わいだ。

例えば、冬の杏仁豆腐は、柚子の器に盛り付けた温かな前菜であり、酸辣湯は野菜のブロスで作るベジスタイル。

斎酸辣湯。〈斎〉とは中国語で精進料理、肉を使わない料理を意味する。泡には胡椒の香りを封じ込めた。

「酸辣湯は、酸味と辛味の取り合わせで多彩な表現ができる料理。今は肉類を使わず、野菜のブロスで作っていますが、季節によっていろんな食材でお出ししていこうと思っています」(篠原さん)。

また、中国料理を代表する食材のひとつ、皮蛋(ピータン)の使い方が冴えている。グラニテ仕立てだ。

皮蛋雪氷。皮蛋は前菜でよく用いられる食材だが、さっぱりと酢の酸味と合わせることも多い。ここでは酸味をシークワーサーの柑橘に託し、中にくらげを仕込んだ。

聞けば、上海の『Sober Company』のシェフ時代に開発した、皮蛋のカクテルがヒントになったとか。

黒い皮蛋が白くなったのは、皮蛋のペーストにレモン汁(酸)と牛乳を加え、皮蛋の風味だけを抽出しているため。蛋白質の変性の性質を利用した一品だ。

日本的に見えて大陸的。

現在のところ、コース前半には酸を生かした料理をテンポよく出しているが、その流れをサポートするのがワインを中心としたアルコール、または中国茶のペアリング(ミックスも可能)。

ペアリングは前菜一品一品からドリンクを合わせており、よりじっくりと、料理との相性を味わうことができる。

料理に合わせたアルコールは、日本を代表するソムリエの1人、大越基裕さんがセレクト。お茶は篠原さん自身が現地で勉強した経験を生かしている。ミックスペアリングも可能だ。

また、味と香りを軽やかに重ねたコース前半の料理に対し、後半は食材のポテンシャルを引き出した力強い料理で惹き付ける構成。

例えば清蒸石斑(ハタの蒸しもの)。以前の篠原さんなら、広東スタイルの甘醤油、ピーナッツ油、葱で味と香りを決めたが、今は大豆を発酵させた自家製の水豆豉と腐乳を使い、中華らしさを表現しつつ、自由な味わいを描く。

チャイロマルハタの蒸しもの。発酵させた豆類の複雑なうまみが、大ぶりのハタの味わいを後押しする。

日本の文化は〈純〉なものを尊び、混ざりものをよしとしない一面もあるが、大陸は洋の東西を問わず、融合して文化を創り上げる一面がある。

篠原さんが今ここで魅せているのは、大陸でシェフの経験を経たからこそ生まれた、融合の発想で繰り出される料理。そう思うと、一見中華らしからぬ皿の数々が、俄然中国的な輝きを放ってくる。しかし、日本の〈純〉な食材の持ち味を生かしているのは篠原中華の真骨頂だ。

「みんな同じだと、窮屈じゃないですか」。そう語る篠原さんが目指すのは、現代だからできる中国料理。伝統に敬意を払いつつ、さらに昇華させた中国料理を追求する。

鮮度のいい鯖が入ったときだけ作るという,、締めの鯖鮨。どんな味付けが施されているかは、食べてのお楽しみだ。

ShinoiS(シノワ)

住所:東京都港区白金台4-2-7 bld桜なみき2F(MAP
※ビル1Fに店の看板はありません。ポストに店名があります。
アクセス:都営三田線・南北線白金台駅から徒歩3分
電話:03-6277-0583
ウェブ予約:omakase
席数:カウンター7席、個室1卓4席(合計11席)
コース:28,000円(税別)サービス料10%
ドリンクペアリング:アルコール12,000円、中国茶8,000円、ミックス10,000~12,000円
グラスワイン1杯1,400円~
オープン日:2019年11月16日(土)

TEXT & PHOTO 佐藤貴子(サトタカ)

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