瓶詰の調味料やスパイスを手に入れたはいいが、1~2回使ったきり、棚や冷蔵庫に眠ったままということはないだろうか。ないと困るが、あると残る。そんな食材はまあまあある。

例えば、豆板醤は辛さ以上に塩分の強い調味料だ。辣油のように気軽に辛さ補給には使えないし、腐敗しにくいので長持ちする。結果、意識的に使っていかないと、冷蔵庫の不動在庫となってしまう。

18年前、四川省郫県の豆板醤工場で分けてもらった豆板醤。もったいなくてちびちび使っていたら次第に結晶化。現在陳年18年。時々削って「おいしくなーれ」というまじないのために使っている。

スパイスの類も、鮮度のいいうちに使い切ることが難しい。「スパイスでカレーを作ろう!」と意気込んで買っても、積極的に作り続けない限り、一般家庭で消費するには時間がかかり過ぎてしまう。

そこで今回は「もう豆板醤とスパイスを余らせない!」をテーマに、豆板醤をたっぷりと使え、カレー以外にスパイスが応用できる「川味牛肉麺」のレシピをご紹介したい。

濃厚でピリリと辛く、牛のエキスが満ち満ちる!魅惑の川味牛肉麺

川味牛肉麺(川味牛肉面|四川牛肉麺)は、牛ベースのスパイシーなスープに、軟らかく煮込んだ牛の肉塊などがゴロリと入った麺料理だ。

川味とは四川の味を意味する。どんぶりをのぞくと、いかにも軟らかそうな肉塊に、赤々としたスープが眩しい。箸を入れれば、湯気とともにスパイシーで芳醇なスープの香りがブワッと立ち上がり、一口飲めば濃厚でピリリと辛く、牛のエキスが満ち満ちる。

成都市内で牛肉麺。(Photo by KaKa)

この牛肉麺は四川省でも食べられるが、台湾で食べたという方も少なくないだろう。ルーツは大陸の四川出身者がもたらしたとされ、発祥は台湾南部。現在の高雄岡山区に移住していた四川人が、当地のそら豆や唐辛子で豆板醤を作り、牛肉とスパイスと豆板醤で、故郷の味を作り出したことに遡る。

現在、台湾の牛肉麺はカレー風味があったり、トマトが加わったりと、各店個性あふれる味わいが楽しめる。詳しくは他サイトや、珠玉の中国料理エッセイ『中国食いしん坊辞典』等に譲るとして、今回はさらにぐっと四川風。味の骨子は、牛肉、豆板醤、スパイスの3つだ。それぞれ役割は、以下のように分けられる。

①牛肉=スープと具(うまみ)
②豆板醤=調味(塩気と辛さ)
③香辛料=香り(風味に奥行き)

特にスープのベースとなる牛肉と、調味のベースとなる味噌=豆板醤のバランスがとれれば、間違いなくおいしくなる。考え方としては、味噌汁を作るのに、出汁と味噌のバランスがとれればおいしくなる、というのと似ている。では、3つの材料についてもう少しフォーカスしてみよう。

①牛肉=スープと具(うまみ)

まず牛肉だが、今回は牛すじを使う。牛すじは、肉とゼラチン質の両方が含まれていて、煮込みに適するからだ。おいしいスープがとれる上、財布にやさしい。

現地では牛バラ肉や牛スネ肉を使うことが多い。日本の場合はそこそこ肉がついているスジを使うと、肉もぷるぷるした部分も両方味わえて一挙両得。

②豆板醤=調味(塩気と辛さ)

次に豆板醤だが、この調味料は日本の味噌同様に、商品によって塩分濃度や風味、色合いなどが大きく異なる。参考までに、今回使っているのは三明物産の家常豆瓣醤だ。

「家常豆瓣醤」1㎏入り。塩分濃度は16%だ。

「煮込みや火鍋底料ですと、三明の「家常豆瓣醤」(中国でいう一級郫県)が一番現地の郫県豆瓣醤に似ていると思います。一年熟成なので、まだ豆瓣(醤のもとになるそら豆)が残っていて、炒めたときの醤香がすごくいい!!」

そう話してくれたのは、三明物産の大友兼一さんだ。また、この家常豆瓣醤」には油が加えてある。このタイプは適度にゆるく、固まりにくく日常的に使いやすい。欲を言えば、豆板醤はブレンドして使いたいが、最終的には味をみて、しょっぱすぎないところに落ち着けばいい、という大らかな気持ちでいこう。

豆板醤の周りに赤い油が見えるだろうか。もちろん、現地にも油を加えた豆板醤が存在する。

③香辛料=香り(風味に奥行き)

そして、肉とスープの味わいに一段と深みと香りを加えてくれるのがスパイスの存在だ。今回用いるのは、八角(スターアニス)、月桂樹の葉(ローリエ)、丁香(丁子。クローブ)、草果(ブラックカルダモン)、桂皮(肉桂。カシア)、花椒、陳皮(みかんの皮)。しかし、これらのスパイスがないからといって作るのを諦めないでほしい。一部でもいいし、代替できるものもある。

上段左より、八角、草果、月桂樹の葉、下段左より花椒、陳皮、丁香、桂皮。

特にスパイスからカレーを作る方は、月桂樹、丁香、グリーンカルダモン、シナモンあたりをお持ちではないだろうか。例えば、焙煎香のようなクセのある草果(ブラックカルダモン)を爽やかな芳香のグリーンカルダモンに(写真)、ややスッキリとした香りの肉桂を、チャイなどにも使われる甘やかな香りのシナモンにしてもいい。

もともとベースとなる牛肉のスープと豆板醤でしっかり味はつくれるので、スパイスを少しアレンジしたところで、食べられないようなことはまったくない。

左がカシア(cinnamomun cassia:シナニッケイ)と、シナモン(cinnamomum verum:セイロンニッケイ)。後者の方が甘やかな香りで、りんごやミルクに合わせたくなる。右は上が草果(ブラックカルダモン)、下がグリーンカルダモン。前者は麻辣火鍋、後者はカレーによく使われる。

もし、これらのスパイスがなにもなく、さらに手抜きをしたい方は、五香粉を振り入れるという手もある。五香粉は様々な配合があるが、花椒、丁香、桂皮、八角、ウイキョウ(フェンネルシード)、陳皮などから5種類のスパイスを用いて粉にしたものだ。スパイスの香りを油で抽出し、さらに煮込んで生まれる芳香はなくなるが、辛みのあるスープに、奥行きのある味わいを出すことができる。

五香粉。「太田胃散」や「大正漢方胃腸薬」でも代用できるかと一瞬頭を過ぎったが、デイリーポータルZの実験結果をみてやめておくことにした。

参考までに、①スパイスを炒めてから煮る ②スパイスを炒めずに煮る ③五香粉を入れる で作り比べてみたところ、前から順に香り高いスープになった。①の場合は、スープの中の油の総量が多くなるが、結果的にそれが四川らしい見た目と香りとコクに繋がるようだ。

何パターンかの作り方で味と香りを確認。五香粉バージョンの煮込みはじめはバクテーのような香りがする。次第にスープと一体化し、味わいの一部に。
スパイスを炒めずに煮る場合は、お茶パックに入れるのがおすすめ。食べるときに邪魔にならない。

使う油で地方の色が決まる

最後に炒め油。これは、もしあれば菜種油を使ってほしい。中国料理は油を変えることで「郷土料理感」を出すことができる。菜種油は四川省をはじめ、中国西南地方でおなじみの油。これで生姜やにんにく、豆板醤を炒めれば、独特の香気が気分を高めてくれる。

食材への理解が深まったら、いざ実践だ。作り方は炒めて煮るだけ! 2時間も煮れば、至極軟らかな牛すじに、スープうまうまの川味牛肉麺が食べられる。

NEXT>牛すじトロトロ、スープはガツン! 料理下手でも失敗しない川式牛肉麺の作り方