中国料理を食べに行って、スープの注文を考えたことのある方はどのくらいおられるでしょうか?

日本のメニューでよく見るものといえば、コーンスープか、西湖牛肉羹(牛肉と卵白のとろみスープ)か。しかし、一般的なメニューにあるものだけでは、中国料理のスープの神髄はまったく伝わらないといっていいでしょう。

中国料理、特に中国南方の沿岸部におけるスープは、単なる味付きの湯ではないのです。

選ばれし食材のエキスをじっくり引き出したものこそスープ。広東省では季節に生じやすい不調を未然に防ぎ、体調を整えるために飲む習慣が根付いており、ハレの日もケの日も、医食同源の観点を最も具現化した料理といえます。

店内に蒸籠が積み上がる、広州市内の蒸しスープ専門店。栄養補給的存在なので、どれも手ごろな金額。食材を入れて器ごと蒸せば、クリアなスープに食材の風味が満ちる。

こうしたスープは例湯(ライトン)と呼ばれます。直訳すると「いつものスープ」で、店で食べれば「本日のシェフのおすすめ薬膳スープ」いったところでしょうか。

店に留まらず、広東人の家庭では、健康のために母親やおばあちゃんが手作りするといわれます。親しい友人の家に日本から訪れれば、食事の時間にその家自慢のスープが出されることも少なくありません。調理時間は短いもので30分、長いものでは3時間から6時間。これが出てきたら家庭料理の最大のおもてなしと思い、ありがたくいただくに限ります。

また、ハレの日にもスープは欠かせない存在です。広東省の豪華な宴会ともなると、コースの最初と中盤以降の2回もスープが組み込まれ、ここに使わる食材の内容でその宴会の格式が決まるほど。特に結婚式や華僑ビジネスの面子をかけた本気の宴会なら、フカヒレやアワビなど最も予算を突っ込まれるのがスープだと考えて間違いありません。

横浜でもまた、日々の例湯はもちろん、高級乾貨を山ほど入れて贅を尽くした佛跳牆(フォティァオチャン:ぶっちょうしょう)が作れるところまで、中国のスープのハレとケが味わえる場所です。実際にどんなスープがあるのか、さっそくご紹介していきましょう。

イチジク、セリ、バナナの花。飲むたびに生気を取り戻す「龍鳳」の季節のスープ

横浜で、いつ訪れても滋味あふれるスープを用意しているのは伊勢佐木町の「龍鳳」。広東人好みの味は塩分控えめ。碗の中には、バランスよく素材の自然なうまみが満ちています。

広東省産の乾白菜(広東白菜の乾物)のスープ。楊シェフ(お兄さん)曰く「土ぼこりっぽいところで育ったものが旨いんですよ」。野菜の清涼感と力強い豚、2つの甘みとうまみがスープに満ちている。

季節メニューになっているスープは、前日から乾物を水で戻し、提供する数時間前に一度炊き、いったん自然冷却してなじませてから再加熱して仕上げるという時間のかけよう。ベースとなるたんぱく源はさまざまですが、豚スペアリブ、豚軟骨(パイカ)など。そこにハトムギや当帰など、その季節に起こりやすい不調に対応する薬膳材料を使って炊き上げます。

お正月は蓮根、春は春菊、夏はバナナの花やドラゴンフルーツの花。夏から秋はイチジク、冬から春先にかけてはシェフ兄弟一家総出で管理する山で摘んできた天然のセリ。このスープのためにも、季節ごとに食べに行かなければいけない店だと感じます。

初夏から秋にかけて登場するイチジクのスープ。生イチジクの甘みと香りが肉の旨味と重なると至極上品。

「龍鳳」のスープの持ち味は、自然な味わいで、決して食べ疲れないところ。広々として雰囲気も落ち着いているので、お子様がいるご家族にもおすすめできます。筆者は気力体力が落ちると、この一杯のために足を運ぶことも少なくありません。

また、こうしたスープが季節のメニューにあるということは、少なからず頼むお客さんがいるということ。お店がすごいのは確かですが、本当にすごいのは横浜の人たちの中華に対するリテラシーの高さですね。

スープは壁に張り出される季節の味。このタイプの手書きメニューがある店では、ひとまずここに書かれた料理を上から下まで頼めば間違いない。

横浜中華街の魔宮殿!? 「天龍菜館」の蛇入りスタミナ薬膳スープで元気ハツラツ

横浜中華街でひときわ入りにくい、最上級者向けの店といえば「天龍菜館」。昔から中華街で働く料理人と家族がよく立ち寄る店で、現在は二代目店主と娘さんが店を切り盛りしています。

ホールを担当する娘さんは日本語堪能。以前のように会話が通じないこともなくなりました。(Photo by Takako Sato)

こちらの店はいわゆる薬膳スープが味わえる店。枸杞や淮山(乾燥山芋)のような漢方に用いられる食材がごろごろ入っており、強火で煮出したと思われる白濁した力強い風味が持ち味です。

漢方の名人と謳われた先代は、少し前に亡くなられたそう。先代のスープは忘れられない味。そして二代目のスープも味わい深いのです。

ときたま鱗がついた皮が入っていることがありますが、材料は察してください。味は広東省のレストランで出てくるものと違いはなく、塩分は控えめ。店の外観ほどクセは強くないので、意外にもどんどんおなかに入るはずです。

留意すべきは注文のタイミング。注文から出てくるまでに2時間以上かかるので、前日または当日食事を開始する前の早い時間に予約が必須。当日であれば、中華街の散策前にお願いしておくとよいでしょう。

ここはうまく注文が通らなかったり、若干味がブレたものが出てきても、笑って済ませられる方向けです。びっくりするような会計のお値段をみれば、きっと怒る気にもなれないはず。

さて、庶民的な例湯(ライトン)を経験したら、高級中華としてのスープもチャレンジしてみましょう。料理マンガなどで一度はその名を耳にした方も少なくないであろうスープの王様、佛跳牆(フォティァオチャン:ぶっちょうしょう)です。

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