今はもう跡形もないが、かつて横浜中華街には、宮大工が釘一本使わずに建てたという見事な木造建築の中国料理店があった。1949年(昭和24年)に建てられた「華勝楼(かしょうろう)」である。

筆者は残念ながら中に入る機会はなかったが、故・岸朝子さんの『東京 五つ星の中国料理』(2009年11月発売)を読むと、長年にわたって手入れされた店の温もり、たしかな技を感じる料理の数々に、一度は訪れたかった…と思わずにはいられない。

同著によると、ここは「料理人のほとんどがこの店で料理の世界に入ったいわば生え抜き。その変わらない味を求めて親子3代にわたって通う常連も多い」とある。そんな「華勝楼」の「生え抜き」で、中国人の横について一から仕事を覚えたのが、星大介さんである。

「星ノ厨房」の星大介さん。場所は星さんが生まれ育った地元。実家のプラスチック工場の一部を改装して工房をつくった。

青菜たっぷり!葱油の香る菜肉包(ツァイロウバオ:挽き肉入り野菜まん)

星さんは「華勝楼」を最初の修業先に、「煌蘭 丸の内店」「古月 池之端本店」で腕を磨いた中国料理人。目の具合が悪いことからレストランを辞め、実家の工場の一部を改装し、点心工房「星ノ厨房」を開業した。

手間のかかる中華点心を手づくりで仕込み、既知の料理人へ卸し始めたのは2022年のこと。一般向けにも冷凍点心の販売を開始したのは、翌2023年3月である。その商品ラインナップを見て、思わず目が釘付けになった。

「惜しまれつつも2016年に閉店した中華街の老舗“華勝楼”の名物野菜まんじゅうをOBである店主が完全復元。ぜひご賞味ください」とあったからだ。

店頭の品書き。左は焼売、右は中華まんなど。挽き肉入り野菜まん(菜肉包)は、

話を聞くと、星さんは最初の修業先が閉店した知らせを耳にし、「あの菜肉包は他にはない味だった」と手と舌の感覚で再現してみたのだという。

「これを「華勝楼」の売店で働いていたおばあちゃんに送ったところ、『またこの味が食べられるなんて』と泣いて喜んでくれたんです。そのときですね、この味は絶やしちゃいけないかもしれない…と思うようになったのは」。

こうして商品化された菜肉包は、たっぷりの小松菜が主役。少量の豚ひき肉、干し椎茸、長ねぎを加えた餡は、ほのかに甘い生地で包まれており、口にすると葱油の香ばしい香りがふわっと広がり多幸感を呼ぶ。

菜肉包。野菜のえぐみのない、シンプルにして贅沢な味わい。

また、オリジナルの肉包(自家製肉まん)は、星さんこだわりの豚肉餡が決め手。8ミリに挽いた超粗挽きの豚肩ロースと、手切りで粒状になった豚背脂に、玉ねぎ、たけのこなどを加えており、生地が軽やかだからか、肉肉しいが重たくない。

肉包(自家製肉まん)。ちょっと小腹を満たしたいときや、仕事の合間の軽い昼ごはんに重宝しそうだ。
中華まんは5個入り。小ぶりな大きさなので、一度にいろんな種類を食べたくなる。

雇われていたら作れなかったえび焼売、蒸し器で調理できるお客様限定販売の小籠包。

他の点心ラインナップも、焼売、小籠包、水餃子など、家の冷凍庫に入っていたら助かるものばかり。

例えば、おかずやおつまみにぴったりの焼売は4種類ある。塩麹を加えてやわらかな風味に仕立てた「肉焼売」、旨み広がる「干し貝柱入り焼売」、ぷりぷりの蝦を封じ込めた「えび焼売」、国産ドライトマトを練り込んだ、変わり種の「ちーず焼売」、さて、どれを選ぼう。

蒸し器で調理できる人限定で販売している小籠包(左)と、星さんおすすめのえび焼売。

星さんの“推し”を尋ねると、「えび焼売は、こんな焼売つくったら店から怒られる!っていうくらい、えびを入れた焼売です。一度やってみたかったんですよね」。

小ぶりながら、えびのぷりっとした食感と、豚肉のうまみが重なり、これはちょっとしたつまみによさそうだ。

昔ながらの焼売で、和からしをつけて食べたくなる。

また、蒸し器で調理できるお客様限定で販売しているのが小籠包だ。冷凍に耐えられるよう、生地はやや厚めだが、クリアで軽やかなスープを包み込んでおり、家でちょっとしたレストラン気分が味わえる。

スープはややさっぱり。厚めの皮で軽やかな餡を包む。

さらに、甘党でなくてもおすすめしたいのが桃のかたちの豆沙包(自家製あんまん)。いんげん豆をベースにした黒ごま餡に、砕いたクルミを入れており、上品な甘さはどこか和菓子を思わせる。

この餡は星さん会心の出来だそうで、「牛乳で割って飲みたい餡」と評する同業者もいたとか。こってりと密度の高い中華餡をイメージすると肩透かしを食らうが、実においしい。

桃のかたちのあんまん。蒸したてもいいが、冷めてもおいしそう。

夕方からは麻辣豆腐を限定販売。季節限定メニューも準備中!

現在はレストランの卸をベースにしているため、工房のオープン日は水曜日と土曜日のみ。基本は冷凍点心を扱うが、夕方からは食数限定で麻辣豆腐も販売しており、近隣のお客さんに支持されている。

聞けば、こちらは「古月 池之端本店」で学んだ麻辣豆腐。星さんが修業先で惚れ込んだ味であり、看板の「星ノ厨房」の書も、同店の山中一男オーナーシェフに書いてもらったのだとか。

訪れた日は、自家製麻辣醤で作った麻辣ピーナッツが店頭に並ぶほか、夏季限定の中華冷麺も準備中。この取材の間にも、近隣の方が「娘にも持っていきたいから」と2袋ずつ買っていく姿もあり、早くも地域で愛される店になっているようだ。

扉には季節のメニューが貼ってある。

なお、冷凍点心は全国に発送もできる。特におすすめしたいのは中華まんだ。小ぶりな大きさなので、せっかくならば3種類買って、一度に3個味わおう。

星ノ厨房

東京都荒川区東尾久1-30-17(MAP
※田端新町1丁目の交差点にある「エネルギースーパーたじま」の側道を入り右へ。営業日には旗と看板がでています。
TEL 03-6240-8820 ※製造中は電話に出られないことがあります。
工房オープン日 水曜日・土曜日11:00-14:00、15:30-18:00
※冷凍点心は全国発送できます。商品は記事中のメニュー写真をご確認ください。
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TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)