『中国酒ラビリンス』は、中国酒の仕入と販売に携わってきた門倉郷史さんによる中国酒エッセイ。黄酒(フゥァンジゥ:huáng jiǔ)を中心としたお酒の世界を紹介します。 |
紹興酒。日本国内でよく知られている中国酒ですが、黄酒(フゥァンジゥ)というと、「は?」となる方は多いです。以前は私もそうでした。
黄酒とは、中国最古の歴史をもつ穀物を主原料とした醸造酒のこと。日本でいえば日本酒にあたる醸造方法で、紹興酒は浙江省紹興市で造られる最も有名な黄酒といえます(※正確には諸条件がありますが、これは後ほど)。
そんな黄酒の故郷に惹かれて、2019年11月上旬、浙江省の紹興市と温州市を訪れました。目的は3つです。
①紹興市で開催される、第25回紹興黄酒節(紹興黄酒フェスティバル)に行く
②オーガニック紹興酒を造る酒蔵主催のパーティーに参加する
③温州市で黄酒造りをしている醸造家を訪ねる
金曜の深夜に羽田発、土曜日深夜に上海発という超弾丸トラベルだったため、ゆっくり回ることはできませんでしたが、80C(ハオチー)さんにお声掛けいただいたことをいい機会として、この記を綴ることにしました。
まず今回は、①の第25回紹興黄酒節(紹興黄酒フェスティバル)について。
中国は料理だけではなく酒文化もおもしろい!ということに気づいてもらえたらとても嬉しいですし、そう思う方が増えれば、中華の飲食文化がより発展していくように思います。この旅行記が、その小さなきっかけになれたら幸いです。
上海経由で7時間。黄酒の都・紹興へ!
紹興市は上海から南へ200km強、中国東南部にある浙江省に属します。人口は約440万人。横浜市の人口が約380万人ですから、なかなかの大都市です。
「東洋のベニス」とも言われるほど水に恵まれたエリアで、魯迅の生誕地としても知られる場所。気候は四季が感じられる日本に似ており、日本人も馴染みやすく過ごしやすい印象です。
また、Googleマップを拡大して紹興周辺を見てみるとよくわかるのですが、水色、つまり湖の面積が非常に多いんです。
まさに水の都。そして、名水あるところに名酒あり。観光地周辺は人も多くて賑わっていますが、少し路地へ入れば昔ながらの風景を楽しめるところがとても好きです。散歩しているだけで気持ちいいですね。
アクセスは東京から上海経由で7~8時間。上海の虹橋駅から新幹線で約1時間。バスもありますが、搭乗口がわかりにくかったりするので新幹線が無難でしょう。
新幹線が到着するのは紹興駅ではなく、紹興北駅という都心部からやや外れた場所。そのため、多くの人はそこからBRT(高速バス)等で移動し、紹興市内の観光地を巡ります。
中国中の黄酒が勢ぞろい!紹興黄酒フェスティバル
さて、この日紹興北駅から向かったのは、黄酒のお祭り「紹興黄酒節(绍兴黄酒节:紹興黄酒フェスティバル)」。
ここでは「古越龍山」や「会稽山」など日本でもお馴染みのブランドはもちろん、近隣の江蘇省や上海、山東省や福建省など、さまざまな地方の地酒が紹興に集まり、試飲や蔵元との交流ができます。試合ではないですが、気分は黄酒の甲子園!ワクワクしかありません!
会場に入ると、私が前にいた店「黒猫夜」でもおなじみの上海老酒「石庫門」や、山東老酒「即墨老酒」などが目に入りました。
私が一番好きな紹興酒「東湖12年」もありました。渋味がなくて、非常に呑みやすいのです。
紹興酒は、今でこそ一年を通して仕込むようになりましたが、かつては「冬醸(冬酿:冬仕込み)」するものでした。こちらはその伝統を守って醸造されたもの。
日本にはそれほど華美なデザインのボトルは入ってきていませんが、現地には個性的なボトルデザインや化粧箱の黄酒もいろいろあります。
老酒とは?紹興酒とは?その定義と解釈
ところで、「黄酒」は耳にしたことがなくても、「老酒(らおちゅう)」という言葉を耳にしたことはありませんか?
この「老酒」とは、一般的には黄酒を長期熟成させた酒のこと(一部、白酒も)。どのぐらいの期間かというと、私が聞いたことがあるのは「3年以上」。ですが、国の明確な基準があるのかどうかはわかりません。
これに限らず、中国酒の定義は曖昧なものが多く、人によっていうことが違うことがあります。まあ、こうしたいい意味での「大雑把さ」も中国酒のよさ、と思うのですが前向きに見過ぎでしょうか。
一方で、紹興酒は基準が明確に定められています。よく「紹興酒は紹興市で造られた黄酒」という説明をよく見かけますが、厳密にはそれだけでは足りません。麹で用いる小麦の等級や、仕込み水など、国家が定めた基準をクリアして、初めて紹興酒(紹興黄酒)と銘打つことができます。
ゆえに、紹興で生産されていても、紹興酒として認められていないものもあります。では、何が本物の紹興酒なのかというと…
この緑の認定証がボトルか化粧箱についています。2020年4月現在、このマークをつけて紹興酒として出せるメーカーは15社ほど。こうしたことは意外と知られていないですよね。
今後、紹興酒の地位をより確立するなら、こうした基準を明確に出して、他の酒との差別化をしていったほうがいいように思っています。
紹興産オーガニック黄酒に紅曲の黄酒…。新星も続々!
さて、会場にはなじみの銘柄もある一方、初めて見る銘柄もいくつかありました。
まずひとつが、オーガニックで造っている紹興の黄酒「夢義」です。原料は全て有機栽培のものを使用し、紹興酒本来の伝統製法で製造しているそう。
一般的な紹興酒は、色出しのためにカラメルを加えて造られますが、「夢義」はカラメル無添加で色味はまさに黄金色。酒の味わいも衝撃的で、紹興酒よりも超ドライ。それでいて、穀物のふくよかさというかクリーミーさが後からガツンと感じられます。
ユニークなお酒ですし、飲み方やアレンジの提案もしっかり考えていて今後が楽しみなメーカー。実はこちらの酒蔵と、日本酒の酒蔵との業務提携パーティーが夜にあり、参加させてもらいました。その話は、また後日ご紹介しますね。
そしてもう一つは、天台山の黄酒「紅」。天台山は仏教の聖地として知られ、紹興市からさらに南方にあります。
「紅」は、丸みのある糯米と紅曲(紅麹のようなもの)を使って造られた黄酒。「曲」とは、酒や酢などに使う発酵種の総称で、醸造に欠かせません。
紅曲を使うと、味わいは麦曲(麦麹のようなもの)で作られた黄酒よりも爽快な味わいとなり、酒色も紅色になります。紹興酒と比べると、清く爽やかでほんのり甘酸っぱい。りんご酢のようなフレッシュな味わいで、冷やして楽しみたくなります。
黄酒がおもしろいのは、原料の種類が豊富で、香り、味わい、色合いなどの個性が他の酒以上に幅広いところ。日本酒はお米、ワインはブドウと、品種の違いこそあれ原料は大きく括られますが、黄酒は白もち米を主流としながらも、米、キビ、古代米、トウモロコシなど、さまざまな穀類が用いられます。
原料が変われば味わいも変わるのは当然で、年数の違いでの飲みくらべるより、はるかにその違いを感じ取りやすいでしょう。
ちなみに日本酒の酒蔵も招待されていたようで、日本酒コーナーが賑わっていました。ゆっくり見たかったのですが、中国黄酒博物館へ行ったり、ご縁があって会食に行ったりと、実質1時間ぐらいしかいられなかったため、泣く泣くこの場を後にしました。
黄酒は地酒。土地×穀物の個性が醸される
中国にはまだまだ見知らぬ面白い地酒がたくさんあるのだと体感できた紹興黄酒フェスティバル。できることなら1日かけて回りたいくらいでした。そうなると、終わる頃にはベロベロになっていそうですが、それはそれで最高です。
人がそれほど多くなく、自主的に参加する一般の人はあまりいないこともわかりました。たぶん、私が一番ワクワクしていたと思います(笑)。
そして、黄酒は家庭で呑むお酒として一般化されていないようにも感じます。事実「黄酒は料理酒だ」という中国人もいるほど。しかしユニークで地域性の高い酒文化であることは間違いなく、より広まり、発展していけば、ワインやビールにも劣らない文化できあがっていくのではないでしょうか。
中華は料理だけでなく、酒文化も大事にしていかなければならないと感じています。日本国内では黄酒が楽しめるお店はまだまだ少ないですが、東京を中心に少しずつ増えています。
次回は、オーガニック黄酒を造る酒蔵で開催されたパーティーのこと、そして温州市で出会った黄酒醸造見学の模様をお伝えしたいと思います。
text & photo :門倉郷史(かどくらさとし)
中華郷土料理店に9年在籍し、黄酒専門ECサイト「酒中旨仙(うません)」の仙長を兼任。退職後、中国酒専門ブログ「八-Hachi-」を運営。黄酒が楽しめる店、ひとり呑みができる中華料理店を紹介している。