横浜で中華麺をいただくとしたら、真っ先に思いつくのが、もやしあんかけそばのサンマーメン(生碼麺)。そしてもうひとつ、それより知名度は劣るのですが、横浜ならではのあんかけ麺料理があります。

その名前はバンメン前回の巻揚もそうですが、これもまた歴史を受け継ぐ店でしか提供されなくなっている絶滅危惧種です。

しかし、バンメンとはいったい何なのでしょうか? 横浜の中華の歴史を語る上で外せないメニューながら、ネットやテレビではよく「謎の麺」と紹介されています。そこで横浜の老舗に尋ねてみると以下のように返ってきました。

「私の理解ではバンメンは‟拌麺”で汁なし和え麺です」(伊勢佐木町「龍鳳」)
「昔のメニューにありましたし、今でも作れます。宴会メニューをバンの難しい字”辦”で書いたことがありますね」(横浜中華街「大珍楼」)
「昔はうちでも出していました。美味しいですよ」(蒔田「廣東楼」)

やはりこれだけでは謎です。そこで実際に食べ歩いて味を確認しつつ、①横浜で提供している店のメニュー ②海外の資料 ③料理写真から共通点を探ることに。

そこから現時点でいえることは、横浜で主流のバンメンは〈ゆであげ麺に少しとろみのついた餡をかけるか、濃い目かつ少な目のスープに麺を入れたものがバンメンに相当している〉ということです。

定義、発祥、漢字表記など謎の多いメニューではありますが、考察は後述するとして、まずは筆者のお気に入りのバンメンをご紹介しましょう。

広州の老舗を彷彿とさせる自家製細麺が唯一無二「ウミガメ食堂」

キレイに整っていて活気のある店内。ガンガンとスープを炊く大きな寸胴。鶏の香りが立ち上るスープ。箸で手繰ればわかる、特徴的な細麺。ひと口食べれば飾り切りされた人参がちらりと顔を出し、ふた口と食べ進めれば「来てよかった」と思える店。それが「ウミガメ食堂」です。

ウミガメ食堂のバンメン。

特筆すべきは自家製の細麺。奥の製麺スペースで、店主のお父様が麺を打つ姿が見えることもあるこの麵は、他店とはひと味もふた味も違うコシと香り。細麺なのに、熱々のスープで簡単に伸びないのが不思議です。おかげで熱々のスープに入った盛りのよい麺を、急がずにじっくり味わうことができます。

ウミガメ食堂のバンメン。横浜の中華料理店の標準的な中華麺よりかなり細めで、唯一無二の細麺。

この細麺について、筆者と友人は「広州西関の路地裏にある老舗『呉財記』で食べた麺を思い出すね」とよく話します。日本では珍しい極細、歯ごたえの食感がそっくりです。

店の立地は横浜市内といってもニュータウンのセンター南駅が最寄り。横浜市営地下鉄ブルーラインでアクセスするため、近隣の方以外は少し行きにくいのですが、伝統的な味わいで、現代人の舌も満足させるこの店。わざわざ訪れて損はありません。

あんかけのやさしさと懐かしさ「神奈川 翠香園」

横浜中華街の「翠香園」は優れた中華菓子の宝庫ですが、東急東横線反町駅付近にある「神奈川 翠香園」にはバンメンの銘品があります。

こちらは店名からもわかる通り、中華街「翠香園」の親戚筋。店は近年移転したためとてもキレイ。ホールは奥さん、厨房では旦那さんと若い息子さんが二人できびきびと調理をしています。

気になるバンメンは、浅めのどんぶりにとろみのついた少なめのあんかけスープというビジュアル。具は茶色主体で懐かしさを感じます。

「神奈川 翠香園」のバンメンはクラシックな佇まい。

味わいは広東麺といわれる五目あんかけそばに近いのですが、スープが少ない分、アタマのあんかけの味がしっかり感じられます。また、スープの塩分が気になる年頃になると、スープを飲み干すことが難しい湯麺(スープに入った麺)よりも、スープが少なめのバンメンにやさしさを感じますね。

他におすすめしたいのが揚げ物メニュー。ホタテの揚げ物は海老のすり身が上にのり、味付けも火の通し方も絶妙。瓶ビールで春巻などををつまんでから、バンメンでシメるといった楽しみ方もいいですね。少人数でも気兼ねなく美食を楽しめる、街の名店です。

香り高い鶏スープ!旅情をそそる野毛の町中華「萬福」

古い店が残る大人のワンダーランド、野毛。飲み屋が多い印象があるかもしれませんが、このエリアにも素晴らしいバンメンを出す店があります。それがこの「萬福」。町中華に分類される店ではありますが、料理はさすが横浜と思わせるものがあります。

「萬福」外観。年季入ってます。

外観はかなり年季が入っていますが、料理の味わいは古びず、現代人も魅了する丁寧な仕事がここに。

バンメンは、紅い叉焼も、艶やかに仕上がったとろみ餡の野菜煮込みも、横浜の古い中華料理の見本のよう。運ばれるそばから香り高く、鼻腔を抜ける鶏スープの香りと、しっかりと煮込んだ野菜のうまみが印象に残ります。

「萬福」のバンメン。スープ側が強力な個性を持つため、麺は控えめな印象。運ばれるそばからふわっと香る匂いもお伝えしたいほど。

また、この店で味わえるのは料理だけではありません。店内に置いてある勝馬投票券や、料理を傍らに個々物思いに耽る老紳士たちと過ごす時間に、初めて訪れた方は‟小さな旅”を感じることができるはず。

先にご紹介した2店は若い後継者がおられますが、この「萬福」は高齢のベテラン勢で切り盛りされているため、今のうちに通っておくべき店でしょう。

バンメンとは何か?

3店のバンメンをご覧いただくと、最初に掲げた〈ゆであげ麺に少しとろみのついた餡をかけるか、濃い目かつ少な目のスープに麺を入れたものがバンメンに相当〉するということがわかっていただけたかと思います。しかし、なぜこれがバンメンなのでしょうか。

横浜でバンメンを出しているのは広東華僑系の店が中心であることから、まずは香港の有名店、早茶(朝の飲茶)や伝統的な広東料理を味わえる、陸羽茶室」のメニューを見て見ましょう。

「陸羽茶室」のメニュー。下段の「飯麵小食」カテゴリの右から2つ目が「052 鮮菇蝦仁辦麵」。お値段210HKD(約3,000円)となかなか高級。

下段の「飯麵小食」カテゴリの右から2つ目に「052 鮮菇蝦仁辦麵」があります。料理の写真を見る限り、とろみあんかけそばといった風情です。

そして上海に本拠地を構えるroyalchinagroupの広東料理店「皇朝」のメニューではbraised noodle、すなわち「煮込み麺」で、これもまたとろみが見られます。

上海に本拠地を構えるroyalchinagroupの広東料理店「皇朝」のメニューより

香港や広東省では、汁の少ない麺料理に関して、撈麺(ローメン:極々少量の汁をかけた和えそば)」とバンメンは区別されており、汁の少ない順から多くなるにつれて「撈麵」「辦麵」「湯麵」と分類していると考えられます。

漢字表記の麺からはどうでしょう。バンメンの「音」に相当する表記は拌麺もしくは辦麺です。前者の「拌」は中国語で一般的に「まぜる、和える」という意味ですので、拌麺は和え麺になりますね。

一方、後者の「辦」は繁体字で「処理する、行う、準備する」という意味です(簡体字は「办」、日本語では「弁」)。この「辦」の字を分解すると「辛力辛」になり、『康熙字典』によると「致力也」、すなわち「ちからをいたすなり」という意味にとれます。

これは恐らく、高級広東料理店のメニューで時折見られる手法で、同音で画数の多い漢字を当て、格調高く見せた結果と推測します。中国では同じ発音で違う漢字を用いることはよくありますから、広東の昔の料理人が力強さを持つ同音の漢字を当てたのかもしれません。

本牧「華香亭本店」のバンメン。老舗の風格によく似合う

広東料理人の工夫の歴史をどんぶりに凝縮!? オールドスタイル横浜バンメン

バンメンの謎に迫る研究や記事は他にもありますが、横浜に渡来した広東人の辦麵が、汁の多い麺を好む日本人の嗜好にあわせて適応するかたちで、汁が多めのバンメンに姿を変えた、というのが筆者の推測です。

そして筆者の知る限り、現在横浜のバンメンは、中華街から離れた店で地元民に愛されて残り、観光地化した場所では少なくなっている模様。年配の料理人が作らなくなるその前に、実際に足を運び、口にし、そのルーツに思い巡らせてみると、より一層味わいが深まるのではないでしょうか。


文中でご紹介したお店

※緊急事態宣言および前後期間は、営業日や営業時間に変更がある場合があります。最新の情報は店に直接お問い合わせください。

ウミガメ食堂
住所:神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎中央24-12 ライオンズプラザ1F(MAP
TEL:045-508-9204
営業時間:11:15-15:00(現在は昼のみ。通常は夜営業あり)
水曜定休

神奈川 翠香園
住所:神奈川県横浜市神奈川区松本町2-19-3(MAP
TEL:045-594-6595
営業時間:ランチ11:30-14:00 ディナー18:00-21:30
月曜定休

萬福
住所:神奈川県横浜市中区宮川町2-20(MAP
TEL:045-241-7845
営業時間:11:00-20:00
水曜定休


参考資料
于逸堯專欄:辦麵與拌麵(広東語)
讀食時光:薑葱撈麵清淡柔和(広東語)


text & photo:ぴーたん
ライフワークのアジア樹林文化の研究の一環として、台湾・中国・ベトナム・マレーシアを回って飲食文化も研究。10数年前の勤務先で、江西省井岡山に片道切符で送り込まれたことを機に、中国料理の魅力に目覚め、会社を辞めて北京に自費留学。帰国後もオーセンティックな中国料理を求めて、横浜をはじめ、アジア各国の華僑と美味しいものについて情報交換をしている。