甘くて酸っぱい甘酢味は、世界各地で愛される味わいだ。日本なら、すしに欠かせないガリは生姜の甘酢漬けだし、ベトナムのサンドイッチ、バインミーに欠かせないなますも甘酢風味。欧米のピクルスも甘酢味が多い。

なかでも中国料理の甘酢味のバリエーションはかなりのものだ。日本で最も知られる中華の甘酢味といえば酢豚。中国語でこの味付けは糖醋(táng cù:タンツー)と呼ばれ、読んで字の通り糖と酢を効かせた調理法となる。

昔から日本の中華として愛されてきた「酢豚」。photo by Tadashi Hayashi

しかしそれだけではない。フルーツをイメージした甘く爽やかな甘酢味や、発酵の酸味や辛みを加えた甘酢味など、中国料理には調味法として確立された、さまざまな“味のかたち”がある。

言い換えると、普段何気なく食べていて甘酢と思っていない味でも、甘酢という大きな道の上に、それぞれ調味料や薬味のバランスを変えた調理法があるとも言える。

そこで先日、中華の甘酢を再確認するため、四川の甘酢味の中から、魚香(yú xiāng:ユィシィァン)、荔枝(lì zhī:リージー:ライチの意味)、糖醋(táng cù:タンツー)、そして酢をメインにした調理法で醋溜(cù liù:ツーリィウ)を食べ比べさせてもらった。

お願いしたのは中國菜 四川 雲蓉(ユンロン)の北村和人オーナーシェフ。実際に四川料理にはいろんな種類の酢を用いるが、今回は食べ比べしやすいよう、山西省特産の山西老陳醋、ミツカンの穀物酢のみ使っていただいた。

それぞれの料理は、どんなバランスで甘酢味を描いているのだろうか。

魚香:ユィシィァン|発酵唐辛子の旨みと辛みが味の要!咸甜酸辣のバランスがとれた甘酢味

魚香(ユィシィァン)は、 泡辣椒(パオラージャオ:塩水に漬けて発酵させた唐辛子の漬物)の旨みと辛みが味の要となる甘酢味だ。

四川省には泡菜(漬物)を名物にしている店もある。写真は円卓に泡辣椒をディスプレイしていた四川省眉山市东坡区の「眉州东坡酒楼」。

甘酢といっても甘味や酸味が全面に出るのではなく、発酵した唐辛子のフルーティーな香り、ほのかな酸味と甘味、辛みと塩味があり、料理そのものに重たさが出ないようなさじ加減が特徴だ。

【魚香の味のかたち】
味|咸(塩味)甜(甘み)酸(酸味)辣(辛み)のすべてを備える
香り|葱、生姜、にんにくの香りがしっかり
要点|泡辣椒(塩水に漬けて発酵させた唐辛子の漬物)を用いる
料理|凉菜・熱菜両方あり

作っていただいたのは、野菜で一品、海鮮で一品。まず、野菜料理は夏らしくヘチマを使った魚香絲瓜(ユィシィアンスーグァ:へちまの魚香味)である。

調味の材料は、泡辣椒、砂糖、塩、醤油、黒酢(山西老陳酢)、酒。薬味は生姜、大蒜、葱。素揚げしたへちまに絡む魚香風味の餡は、1mmにも満たないと思われるほど細かく切り揃えられた薬味が効いていて、魚香の爽やかさと香りを支えている。

では同じ魚香でも主材料が違えば、まったく同じ味付けになるかというとそうではない。もう一品は、魚香風味のソースをかけた魚香鮮蠔(ユィシィァンシェンハオ:牡蠣の魚香味)だ。

魚香鮮蠔(牡蠣の魚香味)。甘長唐辛子、マコモタケ、枝豆、黄ニラなどがあしらわれ、見た目にも美しい。

衣を付けて揚げた生牡蠣をがぶりといくと、衣からじゅわぁっと甘酢味が染み出てくる。素材のうまみと餡の甘酢がが口中で一体となり、口中で新たな一つの味わいが生まれる。

こちらは泡辣椒だけでなく、泡子姜、豆板醤を加えて味を調えています」と北村さん。泡子姜は新生姜を発酵させた漬物で、四川省ではよく使われる食材。この泡子姜が入ることでフルーティーさが増す。

また、豆板醤は味噌の一種だ。豆板醤が入ることでコクが増し、衣との相性がより高まるのだろう。野菜の魚香料理とは異なるバランスながら、食材に合わせて魚香のイメージを保つのがプロの技といえそうだ。

ちなみに、調味の材料に魚は使わないのに魚香という、ちょっと変わった名前の由来は、漬け汁の中に生きている鮒を入れ、その香りが移った泡辣椒を使ったからとか、川魚の生臭みをとる調味法だったとか、さらに他の説もある。

四川省にある「川菜博物館」のディスプレイ。説明はなかったが、鮒と唐辛子を一緒に付けた甕で、魚香を伝えているものと思われる。Photo by Tsutomu Kosugi

ちなみに北村さんは、昨年自店で泡魚海椒(魚と一緒に漬け込んだ四川唐辛子)を仕込んだという。もちろん魚は鮒。乳酸発酵したら魚は取り出すそうで、使ってみると、通常の泡辣椒と「そんなに大きな違いはなかった」とか。

魚香の代表的な料理は魚香肉絲(肉の細切り魚香風味)魚香茄子(ナスの魚香風味)。他にもいろいろあるが、いずれもごはんにもお酒にもよく合う味付けだ。比較的豆板醤が強い店もあるが、それもまた個性。この二文字を見つけたら、発酵唐辛子の風味を感じながら味わってみよう。

荔枝:リージー|ライチを入れずにライチの味!フルーティー甘酢味

荔枝(リージー)とは中国語でライチのこと。白い果肉を口に入れれば、瑞々しく爽やかな果汁があふれ、ほのかな酸味とともに口中に甘みが満ちる。あの楊貴妃をも魅了した果物だ。

ライチの果実。台湾台中市内にて撮影。
もぎたての果実は実に瑞々しい。

この風味をイメージした味わいが荔枝(リージー)味。これもまた、四川省の伝統的な甘酢味の一つに数えられる。

【荔枝の味のかたち】
味|ライチに似せた味。酸(酸味)と甜(甘み)。咸(塩味)と鮮(うまみ)もしっかり。
香り|フルーティー
要点|味のバランスは酢>糖
料理|熱菜。少ないが涼菜もある

そんな荔枝味といえばこれ!という料理が、鍋巴肉片(グゥオバーロウピィェン:豚肉の薄切りが入ったおこげ)だ。

豚肉と野菜たっぷりの餡をおこげの上に回しかけると、カリカリのおこげがジジーーーッと音を立てて甘酢を吸い込んでいくその瞬間から、胃袋を掴まれてしまう一品である。

調味の材料は、山西老陳酢、砂糖、醤油、糖色(中華のカラメル)、塩、酒。薬味は生姜、葱、大蒜。荔枝味のポイントは、甘味よりもまず酸味が感じられるよう風味を整え、後からじわりと甘さが出てくること。薬味の辛みは出過ぎないようにし、醤油やカラメルは色合いの調整に留める程度で、突出しないようにする。魚香との大きな違いは、辛みがないことだ。

ライチは主に中国大陸の南方や台湾などで多く穫れる果物だが、実は四川省にも合江荔枝という晩生のライチがある。ライチを入れずにライチの味を表現するこの調味法は、偶然生まれたのか、それとも意図的に作り上げたものなのか。調べてみたが、答えは見つからなかった。

鍋巴肉片(豚肉の薄切りが入ったおこげ)。時節柄夏野菜入り。

荔枝味の料理は、豚肉のほかにもレバーや鶏肉、イカ、魚の薄切りなどが用いられる。食材を滑らかな食感に整えてから調理されることが多いので、全体的に餡かけやくず引きした料理が多い。

ちなみにすべての中国料理店のおこげ料理が荔枝味というわけではない。むしろ醤油味または塩味のほうが多いはず。荔枝味を味わいたいなら、四川料理の専門店でリクエストしてみよう。

糖醋:タンツー|甘酢味ど真ん中!酢豚や鯉の甘酢餡かけの味

多くの人がイメージする中華の「甘酢」といえば糖醋(タンツー)。酢豚や鯉の甘酢餡かけ、肉団子の甘酢餡かけなど、文字通り甘み(糖)と酸っぱさ(醋)を合わせた味付けだ。

【糖醋の味のかたち】
味|甜(甘み)酸(酸味)が濃厚。ベースに咸(塩味)と鮮(うまみ)がある
香り|甘酸っぱい
要点|甘み>酸味
料理|熱菜、凉菜、小吃

どちらかというと、甘酢味は餡を絡める料理の方が日本では知られているが、中国ではニンニクの芽や瓜を和えたものや、らっきょうを付けたものなど凉菜(熱くない料理)もある。

今回北村さんに作っていただいたのは、糖醋脆皮魚(タンツーツイピーユィ:カリッと揚げた魚の甘酢餡かけ)。香ばしく表面を丸揚げされた魚の皮を割ると、中にはふっくらとした白い身。そこにボディのしっかりとした甘酢がかかれば、どんな食欲不振もたちまち治ってしまいそうだ。

オコゼを使った糖醋脆皮魚(カリッと揚げた魚の甘酢餡かけ)。『中国名菜集錦 四川Ⅱ』によると、この料理は香炸魚(シィアンヂャーユィ)という、小魚をサクッと塩味に揚げた料理がベースになっている、とある。

調味の材料は、山西老陳醋、砂糖、醤油、塩。薬味は生姜、葱、大蒜。じっくりと味わってみると、糖醋味のベースにあるのは絶妙な塩気と食材のうまみ。その味付けを土台に、砂糖と酢をしっかり入れて濃厚な風味を作り上げている。

ちなみに糖醋味は、四川料理を代表する調味法に挙げられるものではあるが、中国各地で愛される味でもある。

例えば糖醋排骨(豚スペアリブの甘酢味)は、中国各地の家常菜(家庭料理)として親しまれている料理。地域によって少しずつ甘さの加減が異なり、店や料理によってはケチャップが入ることも。日本はもちろん、中国各地でも食べ比べが楽しい調味法だ。

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醋溜:ツゥリゥ|酸味があってとろりと滑らか。やわらかな風味を甘みでサポート

醋溜(cù liù:ツゥリゥ)は、四川料理特有の“味のかたち”ではないが、これもまた酢をメインにしながら、砂糖を加えた味付けが多く、甘酢味の一角を成している。

【醋溜の味のかたち】
味|しっかりした酸(酸味)に次いで甜(甘み)がある。餡が滑らかである。
香り|スッキリ
要点|酸味と滑らかなとろみ
料理|熱菜

醋(ツゥ)は酸っぱさ、溜(リゥ)はとろみ。味の骨子は酢の香りと、ほどよい辛み、やわらかい風味だ。作っていただいた料理は、肝腰合炒(豚レバーと豚マメの黒酢炒め)である。

肝腰合炒(豚レバーと豚マメの黒酢炒め)

調味の材料は、ミツカンの穀物酢と山西老陳醋、砂糖、醤油、塩。薬味は生姜、葱、大蒜、泡辣椒、泡子姜(新生姜を発酵させた漬物)。

驚いたのは、ファーストアタックのシャープな酸味。のちにほんのり甘味と塩味が来てスッと消える、キレのいいフィニッシュ。これはレバーやマメ(腎臓)のように、クセが強めの食材にぴったりの調整方法だ。

なお、醋溜で有名な料理は醋溜白菜(白菜の黒酢煮込み)。白菜メインのシンプルな料理で、うまみの素となる肉も魚も一切入らないが、無限に食べられるのではと思うほど箸が止まらない料理である。黒酢そのものに酸味とうまみがしっかりしており、後味がさっぱりしながらもコクがあるからだろう。

醋溜は、どちらかというと肉料理より野菜料理の方が、やわらかで甘めに仕上げられている店が多い印象がある。醋溜もまた、他の調味法・調理法同様、食材に応じていい塩梅に加減することが求められる技法だ。

甘酢道の学び|甘酢にはバリエーションがあり、甘酢ととろみは相性がいい

今回ご紹介した甘酢味は、魚香(ユィシィァン)、荔枝(リージー)、糖醋(タンツウ)、醋溜(ツゥリゥ)の4種類5皿。全体を通じて言えるのは、甘酢はとろみと相性がいいということ。

とろみをつけた調理法は、中国料理の技法で溜(リゥ)という。溜(リゥ)とは『中国料理技術体系烹調法』によると「材料のうまみ保持を目的とするさまざまな加熱を行い、材料に熱を通した後、くずびきしたあんをたっぷりからませて仕上げる調理技法の総称」だ。

この調理法は、材料のうまみと、あんの風味が口の中で一体となったとき、新しい味わいを生み出すことを狙ったものでもある。ゆえに甘酢味をはじめ、はっきりとした味付けでこそ際立つともいえ、とろみのある料理は甘酢味がキマる、ともいえる。

また、大きく甘酢味に分類されても、五味のなかでどの味わいが最初にきて、後(あと)味がどうなるか、泡辣椒を薬味で使うか具で使うか、辛みがあるかないかなどで調味法は異なる。

意識して食べてみると「あっ、これも甘酢だ」と気づくことも多々。創作中華などでも、基本の味をベースにアレンジしていることが多いので、尋ねてみると新たなヒントが見つかるかもしれない。

中国料理に親しみ、理解を深める方法のひとつとして、ぜひ甘酢センサーを働かせ、甘酢道を歩んでいただければ幸いである。

中國菜 四川 雲蓉(ユンロン)

住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-14-1(MAP
※JR中央線・井の頭線吉祥寺駅北口より徒歩6分(印章店「青雲堂」併設。東急裏エリア)
電話:0422-27-5988
営業時間:ランチ11:30~14:30(L.O.14:00)ディナー18:00~22:00(L.O.21:00)※6月下旬からの営業時間はお店にお問い合わせください。
定休日:火・水・木曜日ランチ
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参考書籍
『新中国料理大全四 四川料理』『本味 地道川味24』『中国名菜集錦 四川Ⅱ』『中国料理技術体系烹調法』


TEXT & PHOTO サトタカ(佐藤貴子)