もくじ
1 日本有数のふかひれ生産地・気仙沼
2 菅原市長が語る「鮫と気仙沼」
3 鮫の水揚げ深夜二時
4 船頭はすごいよ – 延縄漁の男たち
5 大漁そして入札!
6 「鮫のひれ」が「ふかひれ」になるまで
7 真っ黒な鮫のひれが、真っ白に!?
8 干した時間もおいしさの一部!奥深い乾物の世界
9 シェフの手間を肩代わり!戻し済ふかひれ
10 ふかひれだけじゃない!鮫肉も中華に!
11 スープも具もまるごと鮫!驚きの鮫ラーメン誕生

宮城県の北東端にある気仙沼市は、日本有数の水産都市。三陸海岸での沿岸漁業、牡蠣やホタテなどの養殖漁業、そして世界三大漁場に数えられる三陸沖での沖合漁業のみならず、世界中の海を対象にした遠洋漁業の拠点として、大きな役割を担ってきた街です。

そんな東北の海の玄関口・気仙沼市の市長を務める菅原茂さんは、東京水産大学(現 東京海洋大学)を卒業後、大手商社で魚の買い付けや水産会社経営を経て、2010年に気仙沼市長に就任した経歴の持ち主。水産に深く関わってきた市長から見て、気仙沼にとって鮫とはどんな存在なのでしょうか。

尋ねてみると、「人食い鮫の映画もあるように、凶暴で危険なイメージがある人も少なくないと思いますが、気仙沼で鮫を怖いと思っている人は極めて稀なのではないでしょうか。地元の人たちにとっては鮫=食べるもの。水産関係者でなくとも、鮫は気仙沼の人たちが昔から付き合ってきた身近な存在です」と菅原市長。

気仙沼市
三陸海岸南部にある気仙沼市。人口は約6万9千人。(2012年6月末日の住民登録人口)

気仙沼市長 菅原茂さん
気仙沼市長 菅原茂さん

「また、鮫といえば食用のみならず、皮をなめしてかばんや財布にもできることをご存知ですか。

私の母は昭和6年生まれですが、戦前戦後の時代には、鮫皮の靴を履いていたといいます。食用にしてもいろいろあって、アブラツノ鮫は切り身にして焼いて食べていましたし、毛鹿鮫(もうかざめ)の心臓は「ホシ」と呼ばれて酒のつまみに。毛鹿鮫の肝臓からは肝油も取れますし、吉切鮫(よしきりざめ)の身ははんぺんなどの練り製品になります。

それと昔から、このあたりの結婚式では『化粧かまぼこ』を引き出物にするのが風習でしてね。B5版くらいの大きなかまぼこに、鯛などの縁起模様があしらわれたものですが、これにも昔は鮫のすり身を使っていました。また、ふかひれも大事な生産物で、近年は特に首都圏の方にとって魅力のある観光資源になっています(菅原市長)」。

つまり、鮫は部位ごとに様々に活用されてきた歴史もあり、郷土の味としても受け継がれていたんですね。

はじけるような勢い
手前に並ぶのが毛鹿鮫、奥の山が吉切鮫。6月末、鮫大漁の気仙沼港です。

ちなみに気仙沼市には「三大日本一」があるんです。まずは意外と知られていないところで、「イカの塩辛」の生産量が日本一。そして夏に最盛期を迎える「生鮮カツオの水揚げ」は15年間連続日本一。そしてご存知、「鮫の水揚げ」日本一です。しかしなぜ気仙沼ではこれほどまでに、鮫が水揚げされるようになったのでしょう。

尋ねてみると、「その背景には、マグロ延縄船の普及が関係しています。気仙沼では元々カツオ漁がさかんでしたが、カツオが釣れないオフシーズンに、マグロの延縄漁をするようになったんです。マグロのいる場所では鮫も一緒に釣れやすいのが定説。つまり、マグロとともに鮫も多く水揚げされるようになったんです」と菅原市長。

その一方で気になるのが、近年、吉切鮫が国際自然保護連合会の準絶滅危惧種に指定され、鮫漁が環境活動家のターゲットになってきていることです。しかしこれには、菅原市長も疑問があるそう。

「資源の減少に警鐘を鳴らすことは必要ですし、漁業者も資源管理は重視すべきです。しかし、陸上動物ならいざ知らず、大洋に広く分布し、日に見えない海中に生息する魚類を、人間が行う漁業で根絶やしにすることは事実上不可能なこと。絶減危惧という言葉が実態に合っているのか疑間です。

確かに、鮫は産卵数が少なく、慎重に資源管理をすべき魚類ではあります。ですが、私たちが利用している吉切鮫などに比べれば、むしろ人類の方がこの地球上で早く絶減する可能性が高いのではないでしょうか」。
市長

「気仙沼市の復興計画の副題は“海と生きる”です。私たちは自然に対して畏怖・畏敬の念を持ち、海の恵みを大事にしながらこの街で生きてきました。資源管理の大切さは、身にしみて体験してきています。漁業管理とは違うテーブルで議論することの間違いを国際的に理解してもらい、鯨のような不毛の議論に巻き込まれることは避けなければなりません(菅原市長)」。

気仙沼では今年の6月、気仙沼遠洋漁業協同組合などの主催により、『気仙沼と世界の鮫漁業に関するシンポジウム』が開催されていますが、そこでは資源評価や国際規制に従って鮫漁をしていることや、鮫資源全体を有効活用していることについて、現地からもっと発信していく必要があると訴えていました。

中華を愛する者としては、いつか鮫も捕鯨問題のようになってしまい、鮫が永遠に食卓に上がらなくなるのは本当に寂しいことです。気仙沼の水産加工業の復興のためにも、海の安全が守られるとともに、鮫と気仙沼のいい関係が続いてほしい…。そう感じた菅原市長のインタビューでした。市長、お忙しい中ありがとうございました!

 

 

さて、メディアによっては「残酷」いうイメージで描かれることもある鮫漁ですが、実際の漁はどんな感じなのでしょうか。次回はマグロと鮫の両方を追う、延縄船の海の男に密着します。

 

NEXT TRAVEL > 鮫の水揚げ深夜二時

 


構成・文 佐藤貴子(ことばデザイン)
撮影   菅野勝男(LiVE ONE)