[第3話]神田 雲林―じいちゃんの魔法は王道の技法!紅焼鹿筋(鹿のアキレス腱の醤油煮込み)で乾物の水戻しを油戻しを食べ比べる

第1話|JANU東京「虎景軒」|水分たっぷりの豆腐をどうやって「海鮮風炒飯」に?
第2話|南方中華料理 南三|君は羊の脳みそ派?それとも6種類の卵入り?ジャン的「蒸蛋(中華ちゃわん蒸し)」の世界
第3話|神田 雲林|じいちゃんの魔法は王道の技法!紅焼鹿筋(鹿のアキレス腱の醤油煮込み)で乾物の水戻しと油戻しを食べ比べる
第4話|なかの中華!Sai|1周回って新しい!XO醤炒めと中華風シャリアピンステーキの衝撃

中国料理を代表する高級食材といえば乾物だ。フカヒレやアワビ、なまこ、珍しいきのこ類など山海の珍味の乾物は、その価値の高さから”乾貨”とも称される。

「満漢全席」に登場する鹿のアキレス腱(鹿筋)もまたそのひとつ。第3話は、そんなる鹿のアキレス腱の戻し方が鍵となるストーリーだ。

鹿のアキレス腱(鹿筋)。1本25~40cmほどの長さがある

そもそも、中華の乾物の戻し方には2つの方法がある。水戻し(水溌)油戻し(油溌)だ。実はこの両者、戻した後の食感がまるで違う。

まず、水戻しは滑らかだ。乾物を水に浸し、水を取り替えながら4日間かけてじっくりと戻すことで、ねっとりとして、にゅるんと弾力のある食感に至らせることができる。

鹿のアキレス腱の水戻し。ぷるんとした雰囲気が伝わるだろうか

かたや、油戻しはコシのあるスポンジのようだ。鹿のアキレス腱の場合、3日間油に浸けたのち、低温の油に入れて徐々に温度上げながら乾物を膨らませていき、ここぞというタイミングで、熱々の油の中に冷水を何度もぶち込み、硬いところがなくなるまで完全に膨らませ切る。

熱した油に水をぶち込むのだから、危険極まりない。が、これもまたれっきとした中国料理伝統の技。その結果、乾物の中にたくさんの気泡が生じて、弾力のある海綿のような食感に至る。

鹿のアキレス腱の油戻し。このあと葱、生姜などを入れた湯で完全に油抜きをして食材の準備完了だ

そして、食材に穴がたくさんあるということは、スープや煮汁をたっぷりと吸える状態になっているともいえる。

言い換えれば、油戻しはアキレス腱や魚の浮き袋、豚皮のように、膠質(コラーゲン)が多く、食材そのものの味があまりなく、スープをまとわせて味わう乾物に適した技法なのだ。

乾物を廃油に浸けるのは正解なのか?成毛道場に学ぶ

作品では、ジャンに中国料理の基礎を徹底して叩き込んだ祖父・秋山階一郎が「紅焼鹿筋(ホンシャオルージン:鹿のアキレス腱の醤油煮込み)」の作り方をジャンに問うことから事件が始まる。

ジャンは水戻しの技法をすらすらと答えるが、それを聞いた階一郎は「そのやり方でできるのは『うまい料理』であって『秋山の料理』ではない! ワシはそれを1時間で作ることができるぞ」と一喝。「秋山の紅焼鹿筋は10日ほど廃油に鹿筋を浸け込むところから始まる」と、油戻しの技を披露する。

この技と料理を再現してもらったのは「神田雲林」の成毛幸雄オーナーシェフだ。入手困難な鹿のアキレス腱を戻し、そこから煮込み料理を作る料理人は、正直なところほぼいない。

しかし成毛シェフは、以前からリクエストがあれば自身の店で提供していた熟達者。この料理ならこの方しかいない!と門戸を叩いた。

鹿のアキレス腱を扱う成毛シェフ。シェフが腕をふるう「神田雲林」は2026年5月17日で20周年を迎えた

果たして「廃油に浸ける」はアリなのか。成毛シェフに問うてみると、「アリ」とのお答え。

「昔は廃油でやるというところもありました。油に浸けておいた後、新しい油で揚げて戻して、膨らんだらゆでこぼして油抜き。葱・生姜を入れた湯で下処理もするので、材料に匂いは残らないんですよ」

ちなみに廃油というと身体に悪そうな響きだが、店で新しい油に交換するタイミングの油であり、毒のようなものではない。その昔、たくさんの乾物を使った厨房では、浸けておくのにちょうどいい油だったのだろう。

油戻しは、まず、鹿のアキレス腱を油に浸しておくところから始まる

また「鹿のアキレス腱くらい大きくて硬い食材になると、油戻しより水戻しのほうが中まで軟らかく戻ります」と成毛シェフ。

そこで再現の際には、特別に水戻し・油戻しの両方で醤油煮込みを作っていただいた。

鹿のアキレス腱にはこの4つのツメのようなものが連なったパーツが必ずあるそうだ。「ニセモノも出回っていますが、これがあれば本物です」
左が油戻し、右が水戻し。左は食材の中に気泡が生じ、右はつるんとしているので一目瞭然だ
鍋を焼くようにしっかりと加熱して煮汁を詰めていく。油戻しならここで食材の中に煮汁が入り、水戻しであれば滑らかに煮汁が絡む
鹿のアキレス腱 水戻し(左)と油戻し(右)の2種食べ比べセット。歴代の皇帝もびっくりの食べ比べである

いざ、両者を食べ比べてみると、たしかに水戻しは滑らかで、くにゅっとした食感と、こっくりとした煮汁とが心地よく絡み合う。お互いが滑らかで、まるでシンクロする音楽のようだ。

対して油戻しは、揚げることで強制的に生じさせた気泡の中に煮汁を含むため、一口噛めば口中にうまみがじゅわっと広がっていく。

水と油。真逆の方法で戻すだけあって、その食感も真逆。思い返せばこの取材は、プロ向け料理教室のようだった。中華の伝統秘技に触れる、貴重なひとときであった。

じいちゃん、すまん。私は水戻し派だ

NEXT>[第4話]なかの中華!Sai|1周回って新しい!XO醤炒めと中華風シャリアピンステーキの衝撃