観光地だけど陸の孤島?本牧で中華を食べる

横浜で中華というと中華街、次いで伊勢佐木町界隈が中心。しかし三渓園ジャズの街として知られる本牧(ほんもく)にも、実はバリバリの四川料理店があります。

その店の名は『中国料理 香』。なぜここに足を運んだかと言うと、香料会社に勤める友人に「横浜方面で香り高い、本場っぽい中国料理を出してくれるお店に行きたい!」「なるべく中華のいろんな香りを体験したい!」とリクエストされ、諸条件を鑑みて、ここが真っ先に思いついたから。

というのも、同店の柴田順平オーナーシェフは、経堂でガチの四川料理を出している『蜀彩(しょくさい)』出身。

それ以前は、薬膳中華で有名な青山の『essence(エッセンス)』、包丁技と点心に特色がある、銀座は三笠会館の『揚州名菜 秦淮春』で修行。さらに中国江蘇省の店でも腕を磨いており、キレイ目の味わいも、香りで翻弄させる四川もデキるときているんです。

余談ですが、柴田さんは中国料理人仲間にも「柴ちゃん」と呼ばれる愛されキャラ。名前も『香』だし、ここを選ぶしかないでしょう…!

香辛料がお出迎え!貸切宴会ならではのおもてなし

ということで、この日は「香りのプロが柴田さんの料理を食べに行きます」と貸切でお願いしたところ、ドアを開けてびっくり。入口横のテーブルで私たちを出迎えてくれたのは、本日の料理に使った香辛料でした!

本日の香辛料。熱いアタックに、熱い想いで応えてくれてありがとうございます。
乾燥唐辛子もいろいろ。真ん中は漬物、泡辣椒(パオラージャオ)です。

テーマは香りのバリエーション!こんなにあった、四川の香り

本日のテーマは「香りのバリエーションを体感すること」。幹事としてはご一緒する皆さんに楽しんでほしいので、調味法や技法は事前に料理長とご相談。その上で料理はおまかせです。

そんな一品目は最近の中華の新定番であり、知名度も上がっている「よだれ鶏」でツカもうという作戦。こちらは『香』の前菜で活用している、甘やかな焙煎香のする辣油が決め手

韓国産の色がよく辛みの少ない唐辛子と、甘みのある朝天辣椒ベースにした辣油のため、色はよく辛さは控えめ。最初から辛過ぎると、後の味もわからなくなっちゃいますからね。さらにゴマやニンニクも豊かに香ります。

よだれ鶏(口水鶏)
元々は鶏(バイカンジー)という料理を、四川省出身の政治家であり文筆家の郭沫若が「思い出すとよだれが出る」と自著に記したことから、口水鶏(コウシュイジー:よだれ鶏)が通称として定着。

続いては四川料理の定番の調味法「魚香(ユイシャン)」の名を冠したそら豆。魚香というと、豚肉とチシャトウの炒めもの(魚香肉絲)や、ナスと挽き肉の炒め煮(魚香茄子)などが定番ですが、こちらは、豆板醤の原料にも使われる、乾燥そら豆を魚香味で調理しています。

ここでは豆板醤、にんにく、ねぎ、生姜、甘みと酸味に酒醸(中華甘酒)を用いており、炒めや煮込みの魚香に比べると、水気が少ない分、辛さも香りもよりエッジが効いています。水分の有無で、香りの立ち方もずいぶん変わりますね。

乾燥空豆の辛味和え(魚香蚕豆)
魚香蚕豆(乾燥空豆の辛味和え)。主食材の乾燥そら豆は、豆板醤の原料にもなるものです。

続いて、四川料理好きの方ならご存じ、椒麻(ジャオマー)を使った鮮やかな翡翠色のお料理。四川料理=赤、というイメージがあると、いい意味で裏切られます。

椒麻は、花椒と葱の青い部分を叩いて叩いて細かーくしたソース。今では万能ネギに花椒油、花椒などを加えてミキサーにかけるといった作り方も普及。

こちらのお料理のように、魚介類によく合いますね。葱の香ばしさとともに、最後まで爽やかな花椒の香りが口中を駆け抜けます。

帆立の葱山椒ソースがけ(椒麻鮮貝)
椒麻鮮貝(帆立の葱山椒ソースがけ)

そしていかにも前菜らしいのは、口の中を逃げ回る食感が楽しい酸辣涼粉(スヮンラーリャンフェン)。なんとこの春雨、自家製でとぅるんとぅるん。緑豆でんぷんを練り上げ、冷やし固めた後、薄くスライスしてゆでています。

そこに覆い被さるのは、醤油と黒酢をベースに、辣油を加えた酸辣ソース。黒酢でコクとさっぱり感を両立させており、時折口で弾けるピーナッツがいいアクセントに。酸味にほどよい辛味が加わると、食欲はさらに加速!

自家製春雨の黒酢ソース(酸辣涼粉)
酸辣涼粉(スゥァンラーリャンフェン)。自家製春雨の黒酢ソース。

さらに四川料理の前菜の定番、雲白肉(ユンバイロウ)も登場です。味の決め手は甜醤油(ティェンジャンヨウ)

醤油と砂糖をベースに、いろいろな作り方がありますが、『香』は八角、桂皮、葱、生姜を加えて香りを加えるタイプ。

こっくりと濃密に煮詰めるせいか、スパイスの角は皆無。甜醤油の芳醇な香りと甘味、丁寧に炒められたにんにくが豚と一体になって生まれる味わいこそ、この料理の唯一無二の魅力です。

ハーブ豚のにんにくソースがけ(雲白肉)
雲白肉(ハーブ豚のにんにくソースがけ)

で、ここらでガツンと辛みを効かせてくれたのが麻辣(マーラー)味のハチノス。花椒に唐辛子が加わると、重厚感のある香りが出ます。

皿の中には丸のままの花椒の粒が入っており、ガリッと噛むとしょわーーーっと痺れスイッチON。脳を覚醒させるとともに、唇に麻酔を効かせる、クセになる一品です。

麻辣肚絲(ハチノスの麻辣和え)
麻辣肚絲(ハチノスの麻辣和え)

こうして麻辣の一撃にクラクラさせておいて、舌休めできる料理も忘れてはいません。さっぱりとしたセロリに、さらにさっぱりとした香りを加えるのは木姜油(ムージャンヨウ)。これは貴州省名産・山蒼子(さんそうし)の香りを抽出した油で、香りはずばり、レモングラス

この2つが合わされば、無限にセロリが食べられそう。味付けは塩と酢でシンプルです。

木姜芹菜(セロリのさっぱり和え)
木姜芹菜(セロリのさっぱり和え)

続いてはインパクトのある内臓系。豚の大腸を下処理し、砕いたもち米にスパイスや豆板醤、香味野菜を加えてまぶし、味を染み込ませてからじっくりと蒸した一品です。

これは粉蒸(フェンジョン)という技法で、四川料理ではおなじみ。重慶市では格格とも呼ばれます。この一品は、大腸独特のクサ旨い感じに、包容力のあるスパイシーなもち米がハマっていました。

粉蒸大腸(大腸のスパイス入りもち米蒸し)
粉蒸大腸(大腸のスパイス入りもち米蒸し)

前菜といえば漬物も定番ですね。四川省でよく出るのは泡菜(パオツァイ)、乳酸発酵させた漬物ですが、ここでは醤油漬けのキュウリが登場。柴田シェフに尋ねると、中国で食べた料理を再現したそうです。

味の決め手は、1年間唐辛子を漬け込んだ唐辛子醤油。それにキュウリを漬け込んでいますが、ややしょっぱくなってしまったので、フレッシュなゴーヤを薄切りにして和えたとのこと。形は見えなくとも、香りと辛味は感じる唐辛子の使い方です。

醤黄瓜(キュウリの唐辛子醤油漬け)
醤黄瓜(キュウリの唐辛子醤油漬け)

ここで四川の香りからいったん離れて、広東の金沙(ジンシャ)の技法を使った料理が登場。金沙は、ニンニクをはじめとする香味野菜を揚げ、カリカリにしたパン粉と混ぜ合わせたもの。まさに金の砂のような調味料は海鮮料理とベストマッチ。

『香』では独自のアレンジで、バジル、パセリ、ターメリック、花椒、五香粉なども用いており、複雑な香りとインパクトのあるビジュアルにどよめきが。殻の軟らかい脱皮蟹(ソフトシェルクラブ)を使っており、金沙を蟹にのせ、香ばしさも食感も、バリバリと丸ごと味わえました。

金沙螃蟹(ソフトシェルクラブのスパイシーパン粉炒め)
金沙螃蟹(ソフトシェルクラブのスパイシーパン粉炒め)

で、ここまでが前菜です。中国料理の宴会ですと、前菜は8品並ぶことが多いのですが、ここではなんと10品。少人数でアラカルトで食べたら、ここまでもたどり着かなそうですが、大勢の宴会なら大丈夫。ここからが本番です。

澄んだ香り、乳酸発酵の香り、燻製香、辣油香…!まだまだ続く香りの洪水!

前菜の興奮をいったんリセットし、再び胃をととのえてくれるのは、烏骨鶏を使った薬膳スープ。ここでは烏骨鶏が出しガラにならないよう、長時間加熱せず、肉は肉として風味と食感を味わう趣向。

烏骨鶏に合わせた、生薬にもなる乾物は、党参(とうじん:人参の一種)、ハトムギ、茯苓(ぶくりょう)、黄精。時期的に肺と腎臓を養うための調合で、スープにしても漢方臭さはなし。具には生の白瓜、スープの旨みの補強には雲南ハムを加えて、すっきりしつつも肉の旨みを感じる味わいです。

烏骨鶏薬膳湯(ウコッケイの薬膳スープ)
烏骨鶏薬膳湯(ウコッケイの薬膳スープ)

続いては漬物を調味料にした料理が登場。特に四川省は泡菜(パオツァイ)と呼ばれる、乳酸発酵させた漬物が定番。大根、ニンジン、キャベツの泡菜を細かく刻み、背を割って加熱した“天使の海老”と、辛みを加えて炒め合わせています。

漬物の乳酸感、辣油の辛み、炒めた海老の香ばしさが一体となった複雑な香りは、かいでよし、食べてよし。ご参加のみなさんに「初めて食べる風味!」と驚いていただけました。

泡菜明蝦(“天使の海老”の四川漬物炒め)
泡菜明蝦(“天使の海老”の四川漬物炒め)

そして、辛くも痺れも酸っぱくもない、赤くない四川料理の代表格がこちら、樟茶鴨(ジャンチャーヤー)、アヒルの燻製です。日本ではおいしいアヒルは手に入りにくいので、鴨を使うことが多いですね。

この料理は、鴨の漬け汁となる香料塩水が重要で、使うほど味が熟れてくるという、まさに“秘伝の味”。ここでは海水より濃いくらいの塩水に、紅茶やスパイスを加え、生の鴨を1日漬けておくのがポイント。使った塩水は煮沸させ、灰汁を取り除いて2年ほど継ぎ足しながら使っているそう。伝統の技法ですが、それによって店それぞれの味が育ちます。

しっかり味のしみ込んだ鴨は桜で燻製にし、提供する前に皮を張らせるため、熱した油をかけて提供さされます。燻製の香りと、揚げた鴨の香ばしさだけでなく、漬け込んだ鴨のふくよかな旨みと香りが口に広がれば、幸福感も押し寄せる…!

この香りを「燻製といっても、スモーキーというより鰹節の薫香のよう」とコメントした方がいらしたのですが、なるほど言い得て妙。一度食べたら忘れられない味わいです。

樟茶鴨(鴨の燻製)
樟茶鴨(鴨の燻製)。
こちらが提供前の姿。

続いては、1980年代に作られた、比較的新しい四川料理となる沸騰魚でう。現地では川魚を用いますが、ここでは鯛。鯛の切り身、香りと味の異なる複数の唐辛子、花椒を熱した壺状の器に入れておき、ゲストの目の前でチンチンに熱した油を注ぎます

これはまるで卓上で香り高い辣油を作るようなもの。唐辛子を加熱した時に生まれる香りに食欲を刺激されつつ、壺の中に箸を入れれば、ふっくら、ふわりと火の通った鯛が…。

辛そうに見えてそう辛くはない、そして油っこそうに見えて油っこくない、まさに香りをいただく一品です。

沸騰魚(鯛の麻辣香煮)
沸騰魚(鯛の麻辣香煮)

そして、サービスでもう一品作ってくれたのがこちら。沸騰魚で使った鯛の頭に、唐辛子の発酵調味料・剁椒(ドウジャオをのせて蒸した湖南料理です。

剁椒は韓国の唐辛子を塩水につけて発酵させた自家製。前に出た沸騰魚のスパイスが焙煎感があるのに対し、こちらは刻みにんにく、しょうが、葱、生唐辛子ベースの調味料で味付けしているため、フレッシュな印象で好対照。同じ白身魚の中国料理でも、こうも違う!と感じさせてくれました。

剁椒魚頭(鯛のおかしらの発酵唐辛子蒸し)
剁椒魚頭(鯛のおかしらの発酵唐辛子蒸し)

さあ、いよいよ料理は〆の流れ。(長くてすみません。しかし、大勢いるとたくさん食べられますよねー)みんなが大好きな水餃子です!

水餃子

その形を見てわかるとおり、柴田さんは餃子がうまい。以前いらした『秦淮春』は揚州料理店でしたが、揚州料理には技巧を凝らした素晴らしい点心がたくさんあり、この餃子もひとひねりあるのです。

聞けば、皮は薄力粉+強力粉、浮き粉、餅粉を加えているそう。それぞれ別々に練ってからひとつに合わせて寝かせており、もっちり感と上品な歯切れに驚きが。技が細かい…!

豚肩ロースと白菜というシンプルな餡に、生にんにく+醤油+辣油+乾燥唐辛子を煎った粉という中国的なタレでいただきます。

最近流行りの土鍋麻婆。皿盛りよりも果たしてよいのか?

こうして16品続いた料理のクライマックスは麻婆豆腐。やっぱり四川料理店にきたらみんなが食べたい料理です。ここで柴田さんから提案が。なんと「土鍋で出す麻婆豆腐と、皿に盛った麻婆豆腐を食べ比べてください」というのです。

『香』の柴田順平オーナーシェフ。

最近は麻婆豆腐発祥の店、成都の『陳麻婆豆腐』でも土鍋で麻婆豆腐が出るようになりましたが、元々麻婆豆腐は皿盛り。柴田さんは、その違いを感じてほしいというのです。

土鍋入り麻婆豆腐。

こちらが土鍋入り麻婆豆腐。熱しながら提供されるので、ファーストインプレッションの辣油香はしっかり。

皿盛りの麻婆豆腐。

一方こちらは皿盛りの麻婆豆腐。これが不思議。皿盛りの方が、土鍋入りより辣油の味わいをはっきりと感じるという声多数。皿の上で加熱が止まることで、より素材の味をはっきり感じられるからでしょうか。コーヒー、日本酒、ビール、ワインなどでも言われることですが、麻婆豆腐のような料理もまた、器と提供方法によって印象を変えるのだと、改めて感じました。

ちなみに柴田シェフご自身は、土鍋のニーズは感じつつも「皿に盛った方が、辣油の香りの広がり方がいい」と思っていたそうです。実はさらに、土鍋で辣油あり、辣油なしバージョンもあったのですが、「辣油があったほうがコクと、後に続くおいしさがある」と満場一致。

いつまでも熱々をとるか、香りの持続をとるか、ファーストインプレッションを優先するか、味わいの落ち着きを重視するか…。いろんな考え方がありますが、これは意外な発見でした。なんでも体験させていただかないと、気づかないものです。

こうして『香』の香りを味わう会は、杏仁豆腐で舌を沈めてお開きに。ち、ちなみにこの杏仁豆腐も、生クリームあり、なしバージョンが…!

個人的には、しっかりと油を使った中国料理を食べた後は、極めてさっぱり系の杏仁豆腐の方が好みですが、生クリーム派も多数。これがイタリアンやフレンチだと、どっしり甘いものを食べたくなるから不思議です。

さて、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。怒涛の食べ比べも、香りを味わうぞ!という意欲のある人が大勢揃い、また、そのリクエストに応えてくださるシェフ、サービスのみなさん、店という場があってこそ。

香りのプロたちもいろいろと得るものがあったようで、戻って中華フレーバーの試作をされたとのこと。チーム『香』のみなさん、ありがとうございました!

中国料理 香

住所:神奈川県横浜市中区本牧町1-46
TEL:045-622-6578
営業時間:ランチ11:30~14:00(L.O.)、ディナー17:30~21:00(L.O.)
月・火定休、土日ランチ営業なし(他、シェフ中国出張中につき連休あり)

 


text & photo 佐藤貴子