横浜中華街に行ったら、どこで何を食べればいい? 魂が震える本物の味はどこにある…? 当連載は、横浜で美味を求める読者に向けた横浜中華指南。伝統に培われた横浜の味と文化をご紹介します。 ◆目指すゴールとコンセプトはコチラ(1回目の連載)でご覧ください。 |
横浜で上海蟹を食べ尽くそう!
朝晩に秋風を感じ始めたら、そろそろ上海蟹の季節到来です。上海蟹は“九雌十雄”、すなわち旧暦9月は雌、10月は雄が食べごろ。太陽暦にすると、雌が10月上旬~11月中旬くらい、雄は11月中旬から12月。特に11月中旬は雌雄ともにしっかり成長し、おいしくなる時期です。
上海蟹の産地は、上海市の西側、蘇州市およびその近郊が中心。以前は最高級ブランドの陽澄湖産が日本でも多く見られましたが、今では値上がりしてしまったため、近隣の湖で収獲された蟹も増えました。
また、日本での上海蟹の知名度が上がるにつれ、都内でも予約をすると上海蟹が食べられる店が増えてました。しかし、当日ふらりと行っても食べられるのは、上海料理を掲げている人気店か、少し高級な店が多いのではないのでしょうか。
ところが秋の横浜中華街では「上海蟹フェア」と銘打って、上海系の店も広東系の店も、街の至るところところで上海蟹の文字が踊っています。さすがは中華美食の街。定番は蒸し上海蟹や、酔っぱらい蟹、上海蟹味噌入りの小籠包、蟹味噌豆腐など。こんな料理が当日思い立って食べられるのは、横浜中華街ならでは、といえるでしょう。
言うまでもなく、前以って店を予約し、上海蟹のおまかせコースをお願いするのもおすすめですよ。ちなみに私は毎年、中華街大通りにある広東料理店で、広東宴会料理に強い実力店、大珍楼で上海蟹の宴会を開いています。今回はそちらのおまかせコースをご紹介します。
大珍楼のおまかせ上海蟹コースを一挙紹介!
宴のはじまりは、最も色気のある上海蟹の食べ方「酔蟹」で
上海蟹の宴会で最初に登場するのが、蟹の紹興酒漬け、通称“酔っ払い蟹”。話梅(干し梅)が入った紹興酒の甘みと香り、杏のような色合いの味噌、黒くなった内子(卵)の旨味がどかーんと絡み合い、やや強めの塩味ととともに、旨味が洪水のように押し寄せる秋の味覚です。
蟹の身は、まるで葡萄の果実がとろけるような食感と、生の蟹の熟成した旨味がものすごく色っぽい。舌が溶けそうになるとはまさにこのこと。 アルコール分も感じますが、飲めない人でも楽しめるはず。これなくして上海蟹料理は語れません。
圧倒的な力強さ!上海蟹味噌×フカヒレの最強コンビ
フカヒレが上海蟹の味噌の味をまとって生まれる、圧倒的な力強さが味わえる料理。フカヒレの長い繊維を口の中でほぐしていく感触といったら、麺にして麺に非ず、フカヒレ以外では出せない食べ心地です。
この豪快なソースごと白いご飯にかけてレンゲでカレーのごとくガツガツと掻き込みたい…!食べるたびにそんな気持ちが加速。ただ、コースは先が長いので、ここは我慢、我慢。
意外すぎるほど上品!上海蟹の概念を変える、衝撃の蒸しスープ
大珍楼は広東料理店ですので、広東料理のしきたりに則り、スープは料理の初めの方に出てきます。そしてスープに最も食材費を突っ込むのが広東流。同店のスペシャリテ、上海蟹を大きな器ごと蒸して仕上げたスープです。
深い琥珀色のスープは、蟹独特の臭みは感じられず、甘みと旨味だけが凝縮したような不思議な味わい。干し龍眼もその味を支えます。ものすごく濃厚な味だと思っていた上海蟹が、スープになると意外すぎるほど上品な方向に激変しています。
特に日本人は甘みの残るスープに慣れていないのですが、広東など南方系の人は甘い味わいも大好き。 どうやったらこんな不思議な味にまとめられるのか、これは日本人の発想では作れませんね。筆者は数年に一度のペースで飲んでいますが、だんだんと洗練されてきている気がします。
日本人の“もったいない精神”からすると、スープの中の蟹の身をほじくらなきゃ損だと思うのですが、結果として、がっかりするほど完璧に味がスープに移っていることに気づきます。これもまた広東流ですね。
大根餅をこれ以上ないほどパワフルに!上海蟹と大根餅の炒め
手間のかかる大根餅と、一度揚げた上海蟹とを炒め煮にして、上海蟹の風味を大根餅に移した贅沢な一品。大珍樓の大根餅は貝柱の旨みたっぷり。やや濃いめに味付けした大根餅の風味を上海蟹ががっちり受け止めるとともに、上海蟹の食材としてのパワーが料理にも感じられます。
蟹の風味に満ちたタレが大根餅に染み込めば、実に深い味わいに。これも炭水化物 on 炭水化物でご飯と一緒にがつんと行きたいところですが、先があるので我慢、我慢。
脇役なし!ホタテ、上海蟹味噌、ブロッコリーの甘美な出合い
大きな生ホタテに、巧みに火を通した料理は大珍楼の得意分野。最初は蟹味噌の味、続いて貝柱のぷりっとした食感、さらに歯を入れていけば、じゅわっと貝の旨味が広がります。 北海道や青森のようなホタテの名産地がある日本。これぞ日本ならではの中華料理になっていると思います。
さらに感動を与えてくれたのは、添えられたブロッコリー。これに上海蟹の味噌をつけると、青々した風味と味噌の深い味わいがしっかりと合わさり、旨いもの尽くしで旨味への反応が鈍っていた味蕾が再び目覚めたほど。決して高価でない野菜をこんなに引き立たせる素材はなかなかないのでは。
トーストが上海蟹で別物に…!香港テイストここにあり
香港ではトーストをはじめ、食パンをアレンジしたメニューを茶餐廳やレストランで見かけます。こちらもそんなローカル感満点のルックスで、食べるとしっかり蟹味噌の味というのがニクい点心です。
お皿の外側にある点心は、ひと口サイズの食パンに上海蟹味噌のペーストを載せ、イギリスのフライドブレッドのように表面をカリッと揚げてあります。 口に入れると、ザクッとした食感ののち、やや控え目に蟹味噌の味がじゅわっと到来。見た目よりも油っぽくなく、さすがのレストランクオリティです。
そしてお皿の内側にある白っぽい方は、戈渣(グゥァヂャ)と称されるもの。なかなか表現が難しいのですが、玉子豆腐を揚げ出しにしたような、中がとろりとした点心です。聞けば「太史式戈渣」という、広東の伝統的な料理をベースにしているそう。
聞くところによれば、戈渣は鍋炸(グゥォヂャ)という甜品に起源があり、清代の官僚で美食家の江太史によって塩味に改良されたもの。中国ハムと丸鶏でスープを取ったあと、卵の白身を加えケーキ状にし、鶏の白子を加えて最後に揚げて仕上げる料理ですが、ここでは白子を蟹味噌に替えていました。
作るのに手間がかかるため、昨今は現地でも提供する店が減り、珍しいものとなっているそうですが、こうした点心をさらりとメニューに入れるあたりに、厨房チームの実力を感じますね。
ついに登場、蒸し上海蟹!雄と雌、その違いは?
さて、ここまで来て、ついに、やっと蒸し上海蟹の登場です。今回の宴会で出していただいたものは、今、日本で手に入る最大クラスの雄蟹(240g前後)と、雄よりは身体が小さいものの、それでも十分大きく、内子をたっぷり蓄えた雌蟹(220g前後)。表面のテカリは、蟹からにじみ出ている脂分です。
手に持つと熱いですが、食べるなら熱いうち。特に雄は、冷めると白子の脂肪分が精彩を欠くため、すぐにかぶり付きましょう。ふんどし(殻の裏側にあり、雄は台形、雌は円型)を剥がしてから、甲羅を掴んでぐっと開ければ、黄色いカニ味噌の上に、半透明に輝く白子があります。ここは脂肪分と旨味が固まった部分。寒くなった時期の蟹は脂がすごいので、食べる方もきっとおでこがテカテカになるはずです。
白子を食べたら、続いて身をほぐしていただきましょう。上海蟹の大きさと個人差はありますが、一匹完食するのに20分くらいかかるのではないでしょうか。高級店だとほぐしてくれるサービスもありますが、私は上海っ子になった気分で、自分でほぐすのが好きです。
また、雌は割ると濃いオレンジ色の内子(卵)があります。「酔っ払い蟹」で黒くなっていた卵は、蒸すとこうも美しく濃厚な部位に変わるのです。雄雌2匹やっつけると、手を動かしたくなくなってきますね。
箸が、舌の動きが止まらない!上海蟹の寛粉和え
蒸し蟹が終わるといよいよ主食の部。皿一面に上海蟹味噌に覆われた不思議な一皿の登場です。いったいこの中は…?
引っ張り出してみると、きしめん状の板春雨です。中国料理が好きな方で、火鍋好きな方なら、きっと食材として見たことがありますよね。
香港の有名店では、小麦で作られた麺や、卵を練り込んだ麺を上海蟹味噌和えにすることが多いのですが、大珍楼の会長が選び抜いた食材がこの粉条(板春雨)。口の中で逃げ回るような寛粉の食感が心地よく、舌で追いかけ回す間じゅう、蟹味噌の味がずっと楽しめます。
濃厚な味で、ともするとくどくなってしまう上海蟹を、最後まで食べ疲れないよう、淡白な春雨に合わせたのが腕の見せどころですね。
蟹点心のど真ん中!上海蟹味噌入り小籠包
最後に、かわいい蒸籠に入った小籠包が出てきました。こちらは中にほぐした上海蟹肉、上海蟹味噌、豚肉、春雨入り。蟹とともに肉肉しさも感じる小籠包でした。 皮の甘みと香り、続いて具が一体となって、閉じ込められたスープがじゅわっと口の中に広がる幸せを感じますね。
〆の定番・生姜茶を使ったデザートで医食同源
満腹になったところで、〆はデザート。通常、上海蟹を出す店では、最後に生姜茶を出すのがお決まり。蟹は身体を冷やす働きがあるため、生姜茶で温めようという発想です。
上海蟹宴会を成功させるコツ
いかがでしたでしょうか。こちらの上海蟹おまかせコースは8名以上の時価になります。時価と言っても、普通のサラリーマンが、夏の終わりからランチの外食回数を少々減らし、お弁当で貯金すれば手の届くお値段です。
こう見えて、都内の上海蟹で有名な高級店よりぐっとお手頃な価格で実現できるのが中華街の魅力。そして高級な料理ほど、そのクオリティは光ります。もしこの宴会を再現したい方がいらっしゃいましたら、食いしん坊を集めて、ぜひお店に相談してみてください。
私が思うに、中華の宴会幹事のコツは唯ひとつ。客は、料理のプロを信じてメニューを全てお店に任せる。このひと言に尽きます。 まだお店と仲よくなる前であれば、宴会の予約をいれた後、遅めランチやディナーの早い時間に2回くらいお店に顔を出せれば、お店側も安心してあなたのために仕込みができるはずです。
また、予算の都合があれば、予約時に食べたいものの写真を見せて「予算内でこの料理とこの料理を組み込んでください」とお願いしてもいいでしょう。
いずれにせよ、予算ぎりぎりまで頑張った材料・シェフの作りたい調理・提供するタイミングに至るまで、お店が全力を出してくれた料理を味わえば「コスパとは、支払額の絶対値ではなく納得感である」ということがおわかりいただけると思います。
禁断の味?柿×上海蟹通常、上海蟹のコースは生姜茶で〆ですが、すみません。もう一品ご紹介したい上海蟹料理があります。別の機会に食べた前菜なのですが、禁断の柿×上海蟹。 この組み合わせは体を冷やすという言い伝えは、日本だけでなく、中華圏でも同様とか。しかし、柿の爽やかな甘みが蟹肉の旨味を受け止め、冗談みたいに美味しいです。新鮮な柿がある、11月上旬までの限定メニューになります。気になる方はこちらもぜひ。 |
文中でご紹介した店
大珍楼(だいちんろう)
住所:神奈川県横浜市中区山下町143(MAP)
※中華街大通り
TEL:045-663-5477
営業時間:11:00〜22:00(L.O.21:00)
無休
text & photo:ぴーたん
ライフワークのアジア樹林文化の研究の一環として、台湾・中国・ベトナム・マレーシアを回って飲食文化も研究。10数年前の勤務先で、江西省井岡山に片道切符で送り込まれたことを機に、中国料理の魅力に目覚め、会社を辞めて北京に自費留学。帰国後もオーセンティックな中国料理を求めて、横浜をはじめ、アジア各国の華僑と美味しいものについて情報交換をしている。