「現地蘭州でも消えつつある伝統製法で作られた “記憶に残る、幼い頃に食べた味” を継承し、再現して、ここでしか食べることのできない味を追究したいんです」

以前、埼玉県西川口の「ザムザムの泉」に行ったことがあるなら、麺打ち&サービス担当だった店主の弟さんから、そんな声を耳にしたことがある方も少なくないことでしょう。

その店が、2020年10月31日を以って西川口での営業を終え、都内で店を開いたのは2021年1月5日のこと。ターミナル駅や繁華街でなく落ち着いた街がいいという希望のもと、数カ所候補があったなかから選ばれた街は広尾。

昨秋から移転準備を始めていましたが、予定以上に時間を要し、さらに開業を間近に届いた蘭州在住のお母さまの訃報。さまざまな困難を乗り越えて、この冬、店は夫婦揃って再スタートを切りました。

故郷の味を継承し、東京から価値を伝えたい。

“蘭州出身のわたしが幼い頃に食べた、記憶に残る味”
近年では現地蘭州でも姿を消しつつある、昔ながらの製法
ザムザムの泉が作る “逸品伝統牛肉麺”
本来の伝統製法を再現した自信の味を
どうぞご賞味くださいませ

蘭州料理 ザムザムの泉

これはメニュー巻末に綴られたメッセージ。長く愛した故郷の味だからこそ、その素晴らしさに対し、改めて価値を創出してみようという想いを感じます。そして、その想いかたちにしたものが、ザムザムの泉特製 逸品伝統牛肉麺。製法のこだわりも、メニューに記してあります。

  • 蘭州で40年超の人気をほこる名店の秘伝のレシピをもとに、常時18種類以上のスパイスを夏季・冬季それぞれの季節に適するよう配合しております。
  • 蘭州の回族に伝わる最も伝統的な手法を用い、水を加えずじっくりと8〜10時間煮込み、芳醇な牛肉スープを作り出します。この特別なこだわりのスープで、逸品伝統牛肉麺に欠かせない5要素のひとつ「二白(味わいしっかりしみ込んだ大根)」や「肉蛋双飛(煮込み牛肉とたまごのダブルトッピング)」の煮たまごを作っております。
  • ザムザムの泉は、スープへのこだわりだけでなく、麺も美味追求しております。
  • 入店のタイミングで生地を練り始め、何度も揉み繰り返し、仕上げには手延べするさまをご覧いただけます。最高のパフォーマンス、そして最高のコシと食感を提供いたします。
  • ザムザムの泉で提供する料理や調味料は、香醋(黒酢)以外、麺・涼菜・水餃子・甜品(デザート)・辣子(唐辛子油)全て心を込めて手作りしております。

逸品伝統牛肉麺をメインに据えたメニューは、3つのセットが柱。金城(蘭州の雅名)、玫瑰(メイグイ:蘭州の市花)、槐(蘭州の市樹)という3つのメニュー名に蘭州らしさがちりばめられている点も、中国地方菜を愛する視点として要チェック。牛肉麺だけでなく、料理や甜品もセットになっています。

しかし内容よりも先ず目に留まるのは、価格という方も多いでしょう。さまざまな憶測が飛ぶのも無理はありません。その価格に込められた意味を、前出の弟さんに尋ねてみました。

「スープ作りを任された料理人以外、同一店舗スタッフにすら明かされない、門外不出のレシピ。蘭州の老舗店を営む親族から、日本で店を持ち中国国内で競合しないことを約束し、レシピの継承を許されました。自分たちの財産であるそのレシピに加え、日本の良質な食材を活かし、記憶の味を再現したのです。

体そのものが欲し、補給したくなるようなご褒美薬膳スープに、スパイスのほか国産ハラール牛肉の使用量も増やし、より濃厚に。もしかしたら、記憶の味を超えるものになるかもしれない」

この価格には、ザムザムの泉のチャレンジ、そしてそれを日々積み重ねていく覚悟が表れているのですね。

新店は夫婦二人三脚。旦那さんが麺を打ち、奥さんが料理を作る。

麺を打つのは、昨年末に蘭州から日本へやってきたばかりの劉建忠さん。店主・馬暁萍さんの旦那さんで、新店はようやく夫婦揃った店になります。

選べる麺の太さは5種類。劉さんの日本での新生活、店の環境、新たに採用した小麦粉の扱いなど、それぞれ慣れてきたら、選択肢が増える可能性があるとか。

まずはそのまま何も足さず、スープをひと口味わったら、麺が固まるので早めに全体をかき混ぜましょう。途中から、自家製辣油や黒酢を好みで少しずつ足すのもオススメです。

上の写真は「槐〜Enju〜」(3,200円)と肉蛋双飛(煮込み牛肉と味玉のダブルトッピング)(600円)。肉蛋双飛は、それぞれ別皿にて提供されます。麺の碗に加えボリューム満点なパワフルな一杯に仕上げるもよし、そのまま少しずつ摘みながら麺を食べ進めてもよし。

右側にある蘭州開胃涼菜は、蘭州の牛肉麺店でもよく提供されている、主に野菜を使った小皿の冷菜。軽やかでありながらしっかりした味わいで胃が開き、逸品伝統牛肉麺とも好相性。

蘭州開胃涼菜はすべてのセットについています。内容は日よって異なります。

また、「金城〜Kinjo〜」(4,500円)に加わるのは、手工牛肉水餃(手作りの牛肉水餃子)。小ぶりながらも、ツルッとした喉越しとモチッとした食感の生地に、ミチっと包まれたニラと牛肉餡が、食べごたえ充分。

そして、蘭州甜品(デザート)は「金城〜Kinjo〜」と「玫瑰〜Meigui〜」(3,600円)に登場。

八宝醪糟(バーバオラオザオ:自家製酒醸、ナッツ、銀耳(白きくらげ)、ごまなどの温かなスープデザート)もしくは甜醅子(ティエンペイズ:発酵麦芽ドリンク)、さらには他の蘭州の伝統スイーツの試作もはじめたとのこと。

八宝醪糟(バーバオラオザオ)。

料理や甜品を担当するのは、以前より店主として腕を振るい、昨夏の記事にも登場した馬暁萍さん。涼菜や甜品の内容は、日によって変わるので、何が出てくるのかは当日のお楽しみです。

蘭州牛肉麺の新たな選択肢として。

いつもの流れなら「蘭州を旅するように、食べに行ってみてくださいね」と締めくくるところですが、今回はひと味異なります。

ー現地じゃ一碗7元で食べられているものではないか。夜明け前から店へ駆けつけ一日を”牛大(ニウダァ)”で始めるのではないかー

そのような声があることは覚悟の上で開いたこの店。それは蘭州人なら、百も承知の事実です。いうなれば、他のあらゆる料理やプロダクトにも個性と選択肢があるように、蘭州牛肉麺にも新たな選択肢が生まれたということ。体験するもしないも、蘭州牛肉麺を食べたいときにどれを選ぶかは個々の自由です。

いつかまた人々が世界を往来できるようになるときがきたら「広尾へ行き、ザムザムの泉で逸品伝統牛肉麺を食べる」が、旅先として東京を選ぶ目的になる可能性を秘めているかもしれません。


蘭州料理 ザムザムの泉

住所:東京都渋谷区広尾5-8-13 グランディール広尾1階
TEL:なし
営業時間:11:00-15:00、17:00-20:00(土曜16:00-20:00)
定休日:日・月

※営業時間は変更になる可能性があります。


text & photo :アイチー(愛吃)
中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう』主宰。日本の中華のなかでも、中国人シェフが腕を振るい、郷土の味が味わえる“現地系”に精通。『ハーバー・ビジネス・オンライン』でも執筆中。


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