中国西北部、古くからシルクロードの要衝として栄えた甘粛省の省都、蘭州(らんしゅう)市。 市内を西から東へ母なる黄河が滔々と流れ、両岸に沿っておよそ20km近くに広がる街は、現在も西域や沿海の都市を結ぶ、交通の一大拠点として賑わいを見せます。

そんな蘭州の名物といえば、蘭州牛肉麺(蘭州拉麺)。蘭州と聞いて、80C(ハオチー)読者の皆さんならきっと真っ先に思い浮かんだのでは? 2018年6〜7月に、現地編日本編に分けて特集していたので、記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんね。

蘭州牛肉麺は注文ごとに作り分ける手延べの麺に牛肉のスープが肝。蘭州市「磨沟沿老字号牛肉面」の「牛肉面」。photo by Masala

事実、蘭州牛肉麺は「蘭州三大名片(蘭州を名刺で自己紹介するのに先ず挙がる3つの名物)」のひとつ。参考までに、1つ目は「一条河(黄河)」、2つ目は「一本书(中国の有名な雑誌『読者』のこと)3つ目が「一碗面(牛肉麺)」となっています。

蘭州の蘭州三大名片のひとつ、黄河といえば、羊の皮で作った筏の川下りも有名。
筏は羊の皮に空気を入れて膨らませたもの。発想がすごい。

そんな蘭州の街で営まれる牛肉麺店の数は、3,000軒を超えると言われるほど。皆それぞれの「マイベスト店」があるそうで、牛肉麺は朝ごはんや昼ごはんの定番。

また、蘭州には漢族のほか、回族をはじめ東郷(东乡:ドンシャン)族、撒拉(サラール)族など、イスラム信仰の少数民族が多く暮らしており、彼らの清真食(ハラルフード)に沿う牛肉麺は、皆が愛し、楽しめる料理なのです。

蘭州の冷やし中華「涼麺(凉面:リィァンミィェン)」

さて、日本では夏の到来とともに冷やし中華の始まりを感じるように、実は蘭州の牛肉麺館にも、夏季に登場する麺があります。その名は、涼麺(凉面:リィァンミィェン)

多くの麺館では、通年掲げるメニュー表にしっかりその名が書かれていますが、夏がやってくると店頭に涼麺専用の特設コーナーが現れたり、「新增凉面」と大きな張り紙で開始を告げたり、ガラリと夏体制へ。

蘭州市内の牛肉麺館「占国」西駅店。路面に面した左側に凉面(涼麺)ブースを設置。
「新增凉面」の張り紙あり。
左上の牛肉面(牛肉麺)に次いで2列目に並ぶ凉面(涼麺)。とはいえ提供は夏場限定です。
こちらの店も牛肉面(牛肉麺)に次いで二列目に凉面(涼麺)。
見にくいですが、こちらも二番目が凉面(涼麺)。メニューにあっても、作っていない時季は「没有(ありません)」といわれます。

ザムザム涼麺は、蘭州「素凉面」の豪華版!

そんな蘭州の夏の風物詩を味わえるのが〈パスポートなしで行ける中国〉というイメージが浸透ししつつある、西川口の「蘭州料理 ザムザムの泉」。こちらももちろん夏限定。野菜たっぷり、とろりとした餡かけ仕立ての麺となっています。

構成要素は、牛肉麺で使っているスープに、野菜、醤牛肉(煮込んだ牛肉)、寛韮葉(宽韭叶:ニラの葉より少し幅広の手打ちの平打ち麺)。他の牛肉麺は9種類の太さから選べますが、涼麺は寛韮葉指定です。

ザムザム涼麺1,800円(税込)。大盛はプラス100円。

今回の具は、ジャガイモ、ニンジン、セロリ、キクラゲ、ブロッコリー、厚揚げ、醤牛肉に、香菜、葉ニンニクをパラリ。とろみのあるゴマだれに、自家製辣油もサラッと回しかけてあります。卓上にもある辣油、黒酢をさらに加えるのもオススメ。

さて、全体をしっかり混ぜ合わせていただきましょう。豊富な野菜の香りや彩り、牛肉スープやゴマだれのコク、辣油や黒酢による辣と酸のアクセント。すべてが平打ち麺にしっかり絡みすくい上げられ、口へ運ばれます。うまみ要素の多彩さと一体感、それこそが蘭州涼麺の魅力。

涼麺という文字の印象から、冷やし麺のイメージがわきそうですが、実際はほんのり温か。実際「凉」という文字には「涼しい・冷たい」のほか「暖かいと寒いの中間のやや幅広い温度域をさす」意味も含まれているようです(参照:weblio白水社中国語辞典)。

ちなみに、蘭州の涼麺は具がグッと絞られ、野菜は2~3種類、醤牛肉は入らない「素凉面(素涼麺)」が基本形。こちらは一見シンプルななかにも、蘭州涼麺に含むべき3つの役割となる ①香り(セロリなど)、②彩り(ニンジンなど)、③厚み・ボリューム(ジャガイモ・麺の量など)を満たしています。

一方、「ザムザムの泉」の涼麺は、これら3つの要素が幾重にも重なった、華やか且つリッチな仕上がり。醤牛肉や牛肉麺のスープはもちろん、使用する牛肉は全て国産ハラール肉です。

牛肉麺だけじゃない!回族の伝統家庭料理も続々

「ザムザムの泉」の開業のきっかけを作り、店長を務め、提供する料理の提案や調理を一手に背負っているのは、蘭州出身の馬暁萍(マーシァォピン)さん。インパクト大な店名は、イスラムの聖地メッカ(マッカ)のモスクにある泉の名称からとったそうです。

店は麺打ちを担当する弟さんと姉弟での経営。弟さんは、麺打ちの合間に流暢な日本語でよく話しかけてくれることもあり、つい弟さんが店主と思ってしまいそうに。

店長の馬暁萍(マーシァォピン)さん。

麺料理と併せてメニューに並ぶ、回族の家庭料理も見逃せません。「ザムザム手作り餃子」はニラと牛肉の餡。やや小ぶりなサイズが食べやすく、結局大量に食べ尽くしてしまいそうな勢いで箸が止まらなくなることでしょう。

「ザムザム手作り餃子」7個950円(税込)。

「ザムザム手作り肉まん」は4個1,600円(税込)で牛肉麺のスープ付き。ニンジンと牛肉の餡で、生地は天然酵母で発酵させています。餡の味付けがサッパリめなので、卓上の黒酢や自家製辣油をつけたりかけたりするのが現地流。

「ザムザム手作り肉まん」4個1,600円(税込)、スープ付き。
中はニンジンと牛肉の餡入り。辣油と黒酢をつけていただきます。

肉まんの呼称は「河州包子(フーヂョウバオズ)」。河州とは甘粛省南部、蘭州市街から南西へおよそ130kmにある臨夏回族自治州のこと。「彩陶之郷(彩文土器のふるさと)」としても名を馳せ、黄河文化が早期から発展したところとしても知られます。

馬さんご姉弟のお母さんの故郷はこの河州だそう。お姉さんの暁萍(シァォピン)さんは、お母さんから回族の料理を教わったことで料理上手となり、回族の伝統的な家庭料理に精通することに。来日前、蘭州ではその腕前と知識を活かし、甘粛省保育院で調理師を務めたり、レストランでの管理業務全般に携わっていたご経験もお持ちです。

さらに暁萍さんのパワーを炸裂させるべく、まかないとテストを兼ね、回族の伝統的なデザートも時折登場。すでに2回姿を現したのが「八宝醪糟(バーバオラオザオ)」。

八宝醪糟(バーバオラオザオ)。

こちらは自家製酒醸、ピーナッツ、クコ、棗、干し葡萄、白&黒胡麻のあったかスープデザート。涼麺もそうですが、料理のほどよい温かさが、冷房に浸りがちの夏の体にじんわり心地よく沁み渡ります。

2020年の涼麺の提供は、9月20日頃までの予定です。「蘭州牛肉麺はもう食べた!」という方も、蘭州を再び旅するように、涼麺や回族の家庭料理を食べに足を運んでみてくださいね。


蘭州料理 ザムザムの泉

埼玉県川口市西川口3-32-9 メゾン里山1階東側(MAP
TEL:048-299-4628
営業時間:11:00-15:00 17:00-21:00
営業日:金土日祝
定休日:月火水木

★新顔のデザート情報、営業時間の変更、つぶやき担当の弟さんの想いなどなど随時更新されているTwitterアカウント @zamzamnoizumi もぜひチェックを!


text & photo :アイチー(愛吃)
中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう』主宰。日本の中華のなかでも、中国人シェフが腕を振るい、郷土の味が味わえる“現地系”に精通。『ハーバー・ビジネス・オンライン』でも執筆中。