中国人オーナーシェフの店では、表に出ているメニューと、メニューにはない、いわゆる「裏メニュー」にかなりギャップがある場合がある。

つまりこういうことだ。店が日本人向けにメニュー化している麻婆豆腐やエビチリをランチセットで食べるのと、客が「料理長が本当に作りたい料理をおまかせで!」とお願いして食べるのとでは、まったく違う世界が体験できる可能性がある。

多くの場合、裏メニューは料理人が得意な料理だが、日本人に知名度が低く、表に出していても注文されない。荒川区にある「寶山道(バオシャンダオ)佳味旅遊」も例に漏れず、従来の「表メニュー」は店の本領ではなかった。

しかし、長年封印されてきたこの店の「裏メニュー」が、今まさに“オモテ化”されようとしている。それがまた、ちょっと他の店では見ないような名菜や、中国の西南地方の農家楽(農家レストラン)で食べるような田舎風の味わい、はたまた創作まで幅広く、気になる料理が目白押しなのだ。

「寶山道」外観。場所は都電荒川線の熊野前そば。こう言ってはなんだが、どこにでもありそうな町場の中国料理店。しかしその実力は…!

喉元過ぎれば臭さを忘れる!? うまみの塊・臭魚(チョウユィ)

まず、封印されていた料理のひとつが臭魚(チョウユィ|chòu yú)だ。料理名に「臭」とあるが、口にすると、焼いた魚皮の香ばしさと唐辛子の香りに、発酵した白身魚のふくよかな旨みがぐぐんと増幅され、臭いどころか漬け汁もろとも旨みの塊のような料理である。

臭魚(チョウユィ)。食べ終わった皿に米粉の麺を入れ、汁のうまみをまとわせて食べると美味。

臭魚は白身魚を塩水に2週間ほど漬け込み、発酵させて香りと旨みを醸成した魚料理。食べる直前に煎り焼きにし、香ばしさをまとわせ、生唐辛子と自店で発酵させた唐辛子・剁辣椒(ドゥオラージャオ)をたっぷり乗せて蒸し上げる。

自家製の剁辣椒(ドゥオラージャオ)。

この料理の本場となる中国湖南省や安徽省では、スズキ目の淡水魚・鱖魚(ケツギョ)で調理されるが、店でよく使うのはクロソイ。軟らかで上品な身が口の中でほろりとほどけた瞬間、きっと新たな中国料理の扉を開けた気持ちになるだろう。

スープが恐ろしいほど美味くなる!入れ子構造の猪肚包鶏(ヂュドゥバオジー)

そしてもうひとつ、ここで何気なく出された猪肚包鶏(ヂュドゥバオジー|zhū dǔ bāo jī)も、滅多にお目にかかれない料理だ。

猪肚包鶏(ヂュドゥバオジー)。見た目からして目を引く。

猪肚包鶏は広東客家料理で、豚の胃袋の中に丸鶏を詰め、その腹に蓮の実、枸杞、棗、木耳などを詰めてじっくりと煮込んで仕上げた料理。5時間ほど煮込まれた胃袋を割れば、中には丸鶏、さらにお宝のように薬膳食材がザックザク。

胃袋に包まれていることで、鶏肉全体に生薬の栄養と滋味が行き渡り、身はしっとり。器に湛えられた黄金色のスープを飲めば、どんな病気も治ってしまいそうだ。

猪肚包鶏(ヂュドゥバオジー)。黄金色のスープはおかわり必至!(余ればの話)

漬物も乾物もどんとこい!発酵の風味を味わう湖南農家菜の数々!

自店で乳酸発酵させた漬物や乾物、腊肉(ラーロウ:中華干し肉)などの保存食も、中国の料理上手なおばあちゃんの家に来ているかの如し。

自家製の漬物は、剁辣椒(ドゥオラージャオ:刻んで発酵させた赤唐辛子)、白辣椒(バイラージャオ:色が白っぽい唐辛子)、酸豆角(スゥァンドウジャオ:発酵ササゲ)、酸黄瓜(スゥアンファングァ:発酵きゅうり)など、調味料となり食材として生きるものが仕込まれており、これらが様々な料理に使われる。

白椒(バイジャオ)を漬けたもの。湖南料理の代表的な食材だ。

昨今、夏に自作する人も増えてきた酸豆角(発酵ササゲ)の炒めものは、キュッと締まった食感に爽やかな酸味、豚ひき肉のコクが相まっていくらでも食べられる飯の友。

酸豆角炒肉末(発酵ささげと豚挽き肉の炒めもの)。湖南、四川、貴州あたりでよく食べられる定番の家庭料理だ。

爽やかな旨みが感じられる白椒に、生の赤唐辛子、生の青唐辛子と三種類の唐辛子を使って香り高く炒めた白辣椒炒牛肉(バイラージャオチャオニウロウ)は、辛っ!でもウマ!で、ノージル放出必至の一皿。

湖南料理を代表するひと皿、白椒牛肉。唐辛子を複数使って色と風味を出すのは湖南や貴州などでよく用いられる手法。香菜の茎がいいアクセントに。

乾物使いもユニークだ。珍しいものでは、クチナシの花の乾物を水で戻してニラや剁辣椒と炒めた韭菜炒栀子花(ジウツァイチャオヂーズーファ)。クチナシの花は、どこかバナナの花にも似たふっくらとした口当たりで、中国南方へ心をいざなう。

韭菜炒栀子花(ニラとクチナシの花の炒めもの)。

さらに同じ胡瓜でも、干したり漬けたりすることで、まったく違った風味と食感を描き出す。

輪切りにして10日~1週間ほど乾燥させた胡瓜を豚肉と炒めた一皿は、凝縮された香りと食感が心地よく、酸味が出るまで漬けた酸黄瓜(スゥアンファングァ)は、調理前に塩抜きすることで、生にはないまったりとしたうまみを味わえる。

黄瓜炒肉(胡瓜と豚肉の炒めもの)。
酸黄瓜炒肉絲(発酵キュウリと豚肉の細切りの炒めもの)。

写真をご覧いただいたらわかると思うが、中国のガチの農家楽の料理よりも、洗練されていてキレイな佇まい。さすがは中国各地、各店を渡り歩いた料理人の仕事だ。

青椒炒油炸。油で揚げた豚肉をピーマンと炒め合わせた料理。揚げることでぐっと香ばしさが増し、うまみも凝縮される。
炒藕尖(蓮根の炒め)。蓮根の芽(芽ハス)の部分だけを、塩味で軽やかに炒めた一品。入荷があるとき限定。
モダンなラードごはん「豚レモンライス」はここでの創作。柑橘の香りもおいしさのひとつ。

中国を渡り歩いた料理人、王宝山の本気がここに。

だいぶ料理の紹介で引っ張ってしまったが、「寶山道 佳味旅遊」のオーナーシェフは王宝山(ワン バオシャン)氏。来日前は湖南省の省都・長沙で「老板農家楽」というレストランを開業し、17年間繁盛店として経営していた料理人だ。

「寶山道」の厨房にて。

生まれは中国東北地方、黒竜江省の哈爾濱(ハルビン)。料理の道を志してから、吉林省長春、遼寧省瀋陽、湖北省武漢、北京、河北省廊坊、福建省福州と北から南へ中国を渡り歩き、「老板農家楽」を開いてからも、広西チワン族自治区、広東省深圳などにも料理を求めて、貪欲に旅をしてきた経歴を持つ。

湖南の店で成功を収めながらも、来日したのは子どもの教育のため。2016年、荒川区の熊野前に「湘菜坊」という店を開き、日本人向けの中華を作っていたが、2021年、店名を「寶山道 佳味旅遊」に変え、いよいよ自身の“裏メニュー”を御開帳するに至ることとなった。

仕込み中の臭魚を掲げる王宝山。

なお、記事で紹介したような料理は、おまかせコース6,000円(消費税別・2名から要予約)で提供していく予定。料理は湖南料理を中心に、宝山が中国各地で吸収した料理も含めて全10~12品ほど。仕込みに時間がかかるものも多いため、基本的には3営業日前にメールでの予約で受け付ける。電話ではなくメールなので留意したい。

ここで味わえるのは、ずばり「中国を各地を旅した、料理のうまい中国人の料理」。まずはあれこれ考えず、出てくる料理に身を任せ、旅するように宝山ワールドを楽しもう。

★6,000円(消費税別)のおまかせコースは、平日の夜・土日祝の昼・夜のみ、2名以上から、当面はメールで予約を受け付けます。予約は希望日の3営業日前までにお願いします。

予約メール baoshandao2021@gmail.com
※ご紹介した料理がすべて盛り込まれるわけではなく、その時々で変わりますのでご留意ください。

寶山道(バオシャンダオ)佳味旅遊

東京都荒川区東尾久8-31-1(MAP
11:00-14:00 17:00-23:00(月~土) 11:30-22:00(日祝)
不定休
※営業時間は緊急事態宣言等の要請によって異なります。
TEL 03-6876-2638


TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)