辛いものが好きな皆さんは、唐辛子をガリッと齧ると、なにかスイッチが入って気持ちよくなる感覚を感じたことはありませんか?私はそれをノージルが分泌された!と認識しています。ノージルを漢字で書くと脳汁。すなわち脳内麻薬のようなものです。

格闘漫画の『刃牙(バキ)』シリーズがお好きな方は、主人公の範馬刃牙が耳をひねるだけでエンドルフィン(≒ノージル)を分泌させて「死に際の集中力」を発揮するシーン、覚えていますよね。刃牙が飛騨の山奥で、夜叉猿との死闘を経て会得したあの奥義です。

『グラップラー刃牙』37巻より。主人公の範馬刃牙は、耳をひねって(左上)エンドルフィンを放出し、死に際の集中力を発揮できる奥義を会得した。当記事では、この奥義を身につけなくても、近い感覚が得られる(と思う)料理を紹介する。 ©板垣恵介(秋田書店)1991

私がノージルに目覚めたのは、仕事で中国江蘇省に住んでいた2016年頃。当時は火鍋ブームなのか、辛い料理が少ないこの地にも雨後の筍のように四川・重慶風の火鍋屋が増え、気が付けば住居の徒歩圏内に5軒。家の目の前に、成都の有名な麻辣火鍋チェーン「小龙坎老火锅(小龍坎老火鍋)」が開店したときは、運命を感じたものです。

赴任当初はさほど辛いもの好きではなかったものの、火鍋屋で食べるセンマイ、ガチョウの腸、豚の脳味噌、鴨血などの美味しさが徐々にわかり、定期的に食べるようになった頃、ふと気がつきました。

「火鍋を食べていると、なんだか頭の中がスッキリして、テンション上がって気持ちいい!」

刃牙のように耳をひねるだけ…とはいきませんが、飛騨の山奥で夜叉猿と戦わずとも、お近くのレストラン(もしくはご自宅)で辛いものさえ食べればハイになれる。ノージルはコスパのよい、とてもお得な楽しみなのです。

ノージル分泌のメカニズムとは?

NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる!」の2019年4月19日の放送回まとめによれば、辛いものを食べると以下の仕組みで気持ちよくなり、ハマってしまうそうです。

・「辛い」は味覚ではなく「熱い」という感覚。
・本来は43度以上の熱に反応する口の中の受容体が、カプサイシンに反応する。
・脳は命の危険を感知し、脳内麻薬(βエンドルフィン)を分泌する。
・脳内麻薬は強い快感を引き起こし、痛みに耐えられるよう作用する。
・これを繰り返した結果、やみつきになってしまう。

命の危険!この反応を喜んでいるとは、冷静に見るとやばい感じがしますが、ランナーズハイと原理は近いようです。四川料理でいうところの爽(shuang:シュワン)=辛いものを食べて気持ちいい!という感覚も、これに当たるかと思います。

四川省や貴州省、湖南省などで見かける風景。photo by shutterstock

そこで本稿では、今年、私が東東京の中華を食べ歩く中で見つけたノージルがほとばしる店の料理を〈ノージル賞〉と称し、5つの賞をノージル分泌量(注:本人自覚による)の順にご紹介いたします。

ノージル生理・医学賞|唐辛子の使い方に刮目せよ!「貴州火鍋」の干拌粉(新小岩)

首都圏の中華ヲタの間では知られる、恐らく日本唯一の貴州料理専門店であるこちら。貴州省の中でも、唐辛子の一大産地として知られる遵義出身のお二人が切り盛りしており、「貴州人怕不辣(貴州人は辛くないことを恐れる)」を地で行く辛さが味わえます。

お客さんの希望と顔色に応じて辛さは加減してくれますが、基本的にはお通しからご飯ものまでほぼ全て唐辛子が入っており、ノージル源には事欠きません。干し納豆、ドクダミ、干し蕨など独特の食材や、酸菜、泡菜など発酵系の食材が多いのですが、ノージル的に注目すべきは唐辛子の使い方。

貴州火鍋の店内には唐辛子加工品販売コーナーがある(photo by サトタカ)

糟辣椒(ザオラージャオ:刻み発酵唐辛子)、泡辣椒(パオラージャオ:塩水漬け発酵唐辛子)、糍粑辣椒(ツーバーラージャオ:潰し練り唐辛子)、糊辣椒(フーラージャオ:焙煎唐辛子)と多様で、どれもただ辛いだけではなく、独特の風味と香りがあります。

そんな同店のメニューの中でも、圧倒的なノージルを出せる料理といえば、干拌粉(ガンバンフェン:汁なしライスヌードル)

「貴州火鍋」の干拌粉(ガンバンフェン)。中国で米の麺と言えば、雲南省の過橋米線、広西チワン族自治区の桂林米粉が知られていますが、両エリアに隣接する貴州でも米の麺が一般的。
左側が酸角豆、右側が辣子鶏のあいがけ。米粉(ミーフェン:ライスヌードル)のぴちぴち感もたまりません。

具は日によって若干異なりますが、貴州風の酸豆角(スァンドウジャオ:ササゲの漬物)と辣子鶏(ラーズージー:鶏肉の麻辣煮)がスタンダード。中辛でオーダーすれば普通に美味しいのですが、辛さが上振れした日には、一口啜るごとに頭皮から汗が吹き出し、鼻水が水のように滴るレベル。

食べている間は必死で辛さしか感じませんが、不思議と死闘を終えた後には、ノージルの余韻をだいぶ長く味わえます。お好みで、干し納豆や漬物など、他の料理の具材を載せても楽しめますよ。

様々な種類の辛さとそれに対する体の反応から、人体の神秘とノージルの奥深さを日々感じさせくれる功績に対し、ノージル生理学・医学賞を授与します!

ノージル物理学賞|いいか?これがノージルのバルブが開く音だ!「李湘潭 湘菜館」の酸豆角肉絲(錦糸町)

中国で辛い料理と言えば、四川料理、湖南料理、貴州料理が挙げられますが、日本でもメジャーになりつつある四川料理、中国でもマイナーな貴州料理と異なり、中国と日本で知名度・店舗数に最も差があるのが湖南料理かもしれません。

そんな東京でガチ湖南料理が楽しめる数少ない店のひとつが「李湘潭 湘菜館(りしょうたん しょうさいかん)」。取り上げるのは、代表的な湖南の家庭料理である酸豆角肉絲(スァンドウジャオロウスー:ササゲの漬物と細切り豚肉の炒めもの)です。

酸豆角肉絲(ササゲの漬物と細切り豚肉の炒めもの)

ササゲの漬物、昨今では家で自作する中華ヲタも増えてきていますね。こちらでは肉に合わせて長めに切ってあり、キュキュッと締まった歯応えと酸味が魅力。合間に生の唐辛子をガリっと噛めば、ノージルのバルブが開く感覚を味わえます。

塩気は強めなので、遠慮なくご飯を掻き込みましょう。もしお腹に余裕があれば、名物の手作り生米粉(ライスヌードル)も美味しいですよ。

ガツンとパワフルにノージルバルブを開いてくれるパンチ力に対し、ノージル物理学賞を授与します!

ノージル平和賞|重慶よりも盛りがいい!「王さん私家菜」の烤魚(御徒町)

普段は日本人向けの無難な定食なども出していますが、本領は本格的な四川料理屋をリーズナブルに出すところにある、御徒町駅にほど近いこちら。取り上げるのは、看板メニューの烤魚(カオユィ:焼き魚の麻辣煮込み)です。

盛りのよい烤魚。

烤魚は直訳すると「焼き魚」程度の意味ですが、見ての通り日本の焼き魚とは全く異なります。中国では重慶万州の名物として知られており、草魚などの川魚を開いて炭火でこんがり焼き、バットに乗せて各種具材と共に麻辣スープで煮込んでできあがり。しかしこの具材の盛りのよさは、中国でもなかなか見かけないレベルです。

川魚には川魚の食感のよさがありますが、特有の泥臭さが気になる方も多いはず。その点、こちらでは日本で水揚げした真鯛を使っているため心配無用。麻辣スープで煮られたじゃがいも、押し豆腐等も大変美味で、惜しみなく使われた花椒を齧れば、口内の痺れとともにノージルが広がります。なお烤魚だけでそれなりの量があるため、4人以上での訪問をおすすめします。

そして何を隠そう、店主の王さんは実は貴州人。今年、日本初?の貴州人同郷会が「貴州火鍋」で開かれ、横の繋がりが生まれた結果、貴州人も通うように。そこで貴州人のお客さん向けに辣子鶏、麻辣鴨血、麻辣香腸など激辛の貴州料理を出し始めたところ大変好評だったため、今後定番メニュー化するというではありませんか。さらなるノージルメニューが期待できる店として、今後も目が離せません。

ノージルのみならず豪快な盛りのよさでみんなから歓声と笑顔を引き出し、それを見て優しく微笑む店主の穏やかな人柄に対し、ノージル平和賞を授与します!

ノージル文学賞|ノージルは一面の麻辣景色とともに!「翠雲」の毛血旺(上野)

今年8月にオープンして以来、煮えたぎる油の中で唐辛子と花椒が爆ぜる水煮魚(シュイジュユィ)、炎が燃え盛る練炭型醤油炒飯など、バエる写真がSNS上で話題となった「翠雲(すいうん)」。

上野の中華料理集積ビルの6Fにあり、店に入った途端、咽せるような花椒の香りと飛び交う中国語で、中国的な熱気がムンムン。中国人率の高さは今回紹介するお店の中でもトップクラスです。

看板メニューである鯉の水煮魚も美味しいのですが、今回取り上げるのは毛血旺(マオシュエワン:モツ類の麻辣煮込み)

毛血旺。埋め尽くされた唐辛子で中身が見えませんが、左下の方にちらりと見える、プリン状に固まった鴨の血が具です。

毛血旺とは、鴨血、センマイ、スパム、田うなぎ、イカ、チシャトウ、もやし等を火鍋の麻辣スープで辛く味付けし、最後に熱した油をジュワッと回しかける、重慶発祥の料理。中国の四川料理屋では定番メニューで、個人的に最も好きな四川料理です。

日本でも食べられないかと捜し歩きましたが、なかなか満足できるものが見つからず、こちらでようやく巡り合えたときは感動を覚えました。東京は火鍋屋も増え、上記材料も入手しやすくなって来ているので、今後毛血旺を出す店が増えていく事を祈っています。

なお、こちらのお店は全体的にしっかり辛いものの、普通に頼むと激辛ではないため、自ら唐辛子と花椒をバリバリ齧らない限り、ノージル度はじんわり滲出程度。辛いものを十分食べた後は、お口直しに黒蜜がかかった冰粉(ゼリー)もおいしいですよ。大皿料理がメインなので、訪問は少なくとも4人、できれば6人以上をおすすめします。

ノージルのみならず様々な趣向で視覚的にも楽しませてくれる創作性、このご時世にも国境の長いトンネルを抜けた気分を味わわせてくれる濃厚な中国ムードに対し、ノージル文学賞を授与します!

ノージル経済学賞|「加辣加麻」の呪文を唱えよ!「舒氏老媽蹄花」の四川冒菜(新小岩)

新小岩南口からルミエール商店街のアーケードを5分ほど歩くと、左手にいかにも中国的な看板が自然と目に入る「舒氏老媽蹄花(じょしろうまていか)」。しっかり現地系の四川料理店ですが、わかりやすい立地からか、日本人のお客さんも比較的多いように感じます。

新小岩駅前から続く「ルミエール商店街」(photo by サトタカ)

店名にある「蹄花」は豚足、「老媽蹄花」は豚足を白いんげん豆と共にトロトロになるまで煮込んだ料理のこと。こちらの看板メニューですが、成都名物なのに四川料理のイメージに反して全く辛くなく、日本のとんこつスープにも通じるやさしい味が特徴です。

一方で、ちゃんと辛い料理もあります。その中で、今回取り上げるのは四川冒菜(スーチュアンマオツァイ:麻辣煮込み)

四川冒菜

冒菜とは、麻辣スープで野菜を中心に煮込んだ、一人用の火鍋のようなもの。中国ではそこら中に冒菜の店があり、どこでも安く手早く食べられる手軽さは、日本で言う牛丼のような存在かも知れません。

こちらの冒菜の具材は、じゃがいも、レンコン、もやし、木耳、豆皮、スパム、豚肉、小エビなど。通常の辛さはさほどでもないので、ノージル目的であれば加辣加麻(ジャーラージャーマー:麻辣度アップ)の呪文をお忘れなく。激辛にはなりませんが、唐辛子と花椒をしっかり多めに入れてもらえ、必要十分な辛さが手に入ります。

冒菜はもともと一人用の料理ですが、こちらのお店では水煮肉片や酸菜魚など大皿系の料理も一人前で出してくれるのが嬉しいところ。一人でふらっと、気軽にノージルを出しに行くのに向いているお店と言えるでしょう。

予約なしに一人でふらっと行ける気軽さ、ビール片手にじんわりノージル出しても2,000円弱で済んでしまうコスパの良さに対し、ノージル経済学賞を授与します!

東東京はノージル源の宝庫!

私の生活エリアの関係もあり、東東京に偏ったノージル賞で恐縮ではありますが、事実、東東京は池袋や西川口に負けない現地系中華のホットスポットであり、ノージル源の宝庫でもあります。

「まだノージルを出した感覚を味わったことがない」という方は、ぜひ今回紹介したお店で鍛錬を積んでノージル体質を獲得し、「もうバリバリ出てるぜ!」と言う方は、2020年の〈ノージル納め〉、もしくは2021年の〈ノージル初め〉に訪れていただければ幸いです。


TEXT & PHOTO:アベシ
上海近郊の地方都市・常熟市へ4年間の駐在を経て、気が付けば現地の中国料理の虜に。帰国後、中国郷土料理とノージル体験を求めて食べ歩く。
画像提供:『グラップラー刃牙』©板垣恵介(秋田書店)1991