中国ご当地麺の沼は深い。

甘粛省の蘭州牛肉麺や、陝西省のビャンビャン麺など、日本では中国手打ち麺が広まっているが、中国で小麦粉や蕎麦粉のみが麺になるわけではない。実はかなり多くの地域で食べられているのが、米粉(こめこ)の麺=米粉(ミーフェン)である。

例えば、貴州省や雲南省、広西チワン族自治区など、暖かい地方では米が主食。となると、麺も米の粉で作ることが珍しくない。当地の友人に言わせると「小麦粉の麺はちょっと重たいのよね」。かくして、南方では朝に昼に、ハーブや漬物などをトッピングして、軽やかに米粉が食べられているのだ。

鵝肉粉(ガチョウ肉入り米粉)。貴州省凯里にて。

貴州省六盤水出身の若きシェフが作るご当地米粉

米粉は各地に名物と言われるものがあるが、今回ご紹介するのは中国西南地方・貴州省の「辣子鶏拌粉(ラーズージーバンフェン:làzǐjībànfěn)」「羊肉粉(ヤンロウフェン:yángròufěn)」。店は大塚駅から南に歩いて徒歩約3分の『菊下楼』だ。

店はビルの2F。エレベーターで上がろう。

オーナーシェフの高源さんは、貴州省西部の六盤水市出身。実はこの店、開業時に郷土料理は出していなかったのだが、「雇っていた料理人が郷里に戻ってしまったことを機に、故郷の料理を出そう」と一念発起。

貴州省のソウルフード「辣子鶏(ラーズージー)」を使った「貴州辣子鶏拌粉」と、六盤水名物の「水城羊肉粉」を提供することにした。

貴州の辣子鶏はむちっと激辛、応用力抜群!

ちなみに「辣子鶏」というと「唐辛子の中に鶏のから揚げが埋もれているやつでしょ?」と思う方がいるかもしれない。

しかし同じ料理名でも、中国では地域によって調理法や味付けが変わることは珍しくない。事実、四川料理の辣子鶏はクリスピーだが、貴州料理の辣子鶏は、むちっとした鶏の炒め煮だ。

重慶市「歌楽山辣子鶏」の辣子鶏。唐辛子に埋もれている鶏をつまんで食べる料理。
貴州料理の辣子鶏。こちらはモミジをはじめ、鶏モツが入ったタイプ。
貴州料理の辣子鶏その2。こちらは干し筍入り。貴州料理における辣子鶏は「ごはんのおかず」ポジションということがわかっていただけるだろうか。

『菊下楼』の辣子鶏は現地同様、骨付きの鶏肉を一口サイズのぶつ切りにして香ばしく素揚げした後、糍粑辣椒(ツーバーラージャオ)と呼ばれるペースト状の唐辛子、にんにく、しょうが、花椒などで調味。

「こんなに使っていいの?」というくらい唐辛子とにんにくが容赦なく入っているが、それによって独特のうまみとコクがしっかりと感じられる。

貴州辣子鶏拌粉(きしゅうラーズージーバンフェン)850円。

また、たっぷりと使われた油も貴州式の辣子鶏の特徴のひとつ。この油にしっかり素材のうまみと香りが移っているので、米粉と混ぜるとしっかり滑らかに絡み、箸をぐいぐい進ませてくれるのだ。

ぶつ切りの鶏の骨を口の中で時々除けつつ、米粉とともに力いっぱいほおばれば、気分は貴州。辛さとにんにくの持続力もなかなかで、しばらくの間、口から胃袋にかけて彼の地にいるような感覚になる。

貴州辣子鶏拌粉(きしゅうラーズージーバンフェン)。「拌」とは「和える」という意味。このつや感、しなやかさは米粉の麺ならでは。小麦粉の麺に比べて軽やかだ。

ちなみに貴州省における辣子鶏は、家庭料理の常備菜的な存在。そのままごはんのお供にすることもあれば、豆腐や大根などを加えて煮直すこともあり、このように米粉と和えて楽しむこともできる。『菊下楼』には単品メニューもあるので、お持ち帰りもOKだ。

水城羊肉粉は味変しながら楽しもう!

そしてもう一品、六盤水名物の「水城羊肉粉(シュイチォンヤンロウフェン:shuǐchéngyángròufěn)」は、羊肉を塊のまま煮て、薄切りを米粉の上にのせたシンプルな一杯だ。

水城羊肉粉950円。貴州省では遵義(じゅんぎ)や黔西(けんせい)でも羊肉粉が名物だが、六盤水もまた名産地。朝ごはんの定番のメニューとなっている。

スープはかなりあっさりしているので、好みで香味野菜や漬物などを加えてもよし。自家製の唐辛子ペーストはなんと無料。お願いすると、別皿に盛ってくれる。

また、無塩発酵の高菜漬け(+50円)もおすすめだ。貴州に伝わる乳酸発酵食品で、穏やかな酸味が羊肉粉と相性ぴったり。なかなか他で見かけない一品なので、ぜひ試してみてほしい。

さらに、メニューに記載はないが、プラス500円で羊肉の追加もOKとのこと。しっとりと煮込まれた羊肉は後を引くおいしさ。羊肉好きは肉の追加もいってみよう。

自家製の唐辛子ペースト(写真中央)。塩味はほぼなく、辛さとコク増しに使える。左上が無塩発酵の高菜漬け。
無塩発酵の高菜漬けと羊のスープは相性がいい。

ちなみにこの店、席につくと大根の甘酢漬けがでてくるが、これは貴州の米粉専門店と同様だ(現地では自分で所定の場所に取りに行くのがスタンダード)。

最初は「この甘い大根漬けをつまむのか」と思うかもしれないが、唐辛子で胃がカッカと熱くなってきた頃がこの漬物の本領発揮。「辛い…!大根…!癒される…」というループで、唐辛子の“消火”に役立つ。甘い味付けが苦手な方でも、これは非常に意味ある一皿であることを覚えておきたい。

無塩発酵の漬物(左:50円)と大根の甘酢漬け(右:無料)。どちらも大事な名脇役。

『菊下楼』では、ほかにもクリスピーに揚げた豚肉を散らした「脆哨麺(ツイシャオミェン:cuìshàomiàn)」など貴州の街場で食べられるような米粉や、じゃがいもを潰したお焼き「洋芋粑粑(ヤンユゥバーバー:yángyùbābā)」などの小吃がメニューに並ぶ。

現在、米粉は広西チワン族自治区産のものを使っているそうだが、「ゆくゆくは店に米粉製造機を入れて、自家製米粉を出したいです」と共同経営者の韋楊さん。作りたてのぴゅるぴゅる、つるんとした米粉が食べられる日が楽しみだ。

明るく日差しの差し込む店内。中国人のお客さんが多い。
菊下楼

東京都豊島区南大塚3-51-5 HKアークビル2階(MAP
※JR大塚駅から徒歩約3分、都営荒川線大塚駅前駅から徒歩4分
営業時間 11:00-22:00
日曜定休

※営業時間やメニュー、価格等はご紹介した内容から変動することがあります。


TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)