もくじ
1 日本有数のふかひれ生産地・気仙沼
2 菅原市長が語る「鮫と気仙沼」
3 鮫の水揚げ深夜二時
4 船頭はすごいよ – 延縄漁の男たち
5 大漁そして入札!
6 「鮫のひれ」が「ふかひれ」になるまで
7 真っ黒な鮫のひれが、真っ白に!?
8 干した時間もおいしさの一部!奥深い乾物の世界
9 シェフの手間を肩代わり!戻し済ふかひれ
10 ふかひれだけじゃない!鮫肉も中華に!
11 スープも具もまるごと鮫!驚きの鮫ラーメン誕生

前回の連載 では、鮫皮付きのまま天日干しした「原びれ」や、皮をむいて乾燥させた「スムキ」と呼ばれる乾物をご紹介しました。しかし、実は市場に流通しているほとんどのふかひれは乾物ではありません。

では、どんなカタチで…?といいますと、乾物を戻して、ふかひれを鍋で煮込む直前の状態に戻したもの、すなわち下処理済みの「戻し済」を仕入れるレストランがほとんどなのです。

それはなぜなのでしょう? 理由は大きく3つあります。

まず、乾物を戻す過程で、ふかひれはかなり強烈な臭いを発します。 また、ふかひれを戻すためには、水に浸したり、蒸したり、臭みを抜いたりと、下処理に最低でも約7日間は要します。 さらに、店によっては下処理に使うスペースが確保できないという、現代のレストラン事情も…。

ということで、こうした「3大困った」応えたカタチが、「戻し済」のふかひれなのです。

戻し済のふかひれこちらが戻し済のふかひれ。冷凍(写真左)や、レトルトの下味付(写真右)など、レストランの要望に応じてさまざまな形状に加工されています。

特に、レストランでこの「戻し済ふかひれ」のよさを実感するのは、結婚披露宴や大勢が一同に会する大宴会。
なぜなら、同じ形、同じ大きさ、重さのふかひれ姿煮を何十枚、百何十枚も自店で揃えるのは簡単なことではありません。枚数が揃ったとしても、調理して、皿に盛り付けた時の大きさを揃えることが難しいのです。
同じ乾物を戻しても、必ずしも想定どおりの大きさには戻らないのが天然素材。このくらいに戻る…とわかっていても、鮫の種類や状態、戻し方によって、歩留まりは変わってしまうもの…。

乾物と戻し済並列左がスムキ(鮫皮をむいて乾燥させたもの)で、右が戻し済。写真の毛鹿鮫の尾びれの場合、50gのスムキを戻すと、約150gの戻し済になります。

では、見た目の大きさ、そして重量を百何十枚も揃えるために、ふかひれメーカーはどうしているのでしょうか? 製造責任者の高橋元一さんに尋ねてみますと、

「供給すべき量の約5~6倍の原料を仕入れ、保有することで、そのニーズに応えています。大量保有は私たちにとってはリスクでもありますが、常に同じクオリティを保ち、提供するためには必要なこと。また、そうすることでいつでもお客様のご要望に応えられる体制を作っています」

とのこと。つまり、何枚もふかひれを作り、その中から選び抜くことで、同じ大きさ、重さ、形のふかひれを揃えているんです。

また、この戻し作業は、ふかひれの種類や干し具合、状態等によって下処理の方法を変えているそう。いい乾物を作るだけでなく、蒸したり、浸水させたりしながら、数字での管理と職人技の両方を成立させることで、思い描いた「戻し済」の姿へと導いていくのも彼らの重要な仕事です。

今日の水温
乾物の戻り方に大きな影響を与える水温管理も欠かせません。

 

パイツー浸水
姿煮にするふかひれは、一度蒸気を含ませることで、たんぱく質を変性させ、1本1本の繊維にぷりっとした弾力を出すのがポイント。その後、1週間程度浸水させたら「戻し済」です。

 

●ふかひれスープの原料はこうして作る

また、ふかひれスープの中に入っている、糸状のふかひれを「散翅(さんつー)」といいますが、これもまた、乾物より「戻し済」の方が圧倒的にニーズがあります。

手の上の散翅(さんつー)
散翅(さんつー)

なぜなら、「散翅(さんつー)」を戻し、1本1本の金糸(きんし)をバラバラにし、中の軟骨・血合い・塊を取り除くのにもまた、多大な工夫と労力を要するから。
例えばこちらをご覧ください。これは何をしているのか? というと…、

散翅餅つき

乾物の「散翅(さんつー)」を水に浸し、ボイルした後、餅つき機でバラバラにほぐしているんです!

「いろいろ試したんですが、これが一番よくほぐれるんですよね。ボイルして温かな散翅(さんつー)を餅つき機に入れると、固まらず、調理する時に余分な水が出ず、見た目の分量とほぼ変わらない状態で使えるんです」

と言うのは前出の高橋さん。まさか家庭用餅つき機が、ふかひれの製造に使われているとは…!

そしてもうワンシーンご紹介。これはいったい何をしているのでしょうか?

ピンセット

ふかひれを台の上に広げて…

ピンセット横から

ピンセットで、1本1本、ふかひれの中に混在する軟骨・血合い・塊を取り除いているんですね!

ピンセット寄り

ちなみに「ここは見学に来られた皆さんが、その細かさに驚く場所です」と高橋さん。ものすごい集中力が要りそうですが「慣れれば大丈夫」と職人のみなさんは頼もしい。

そしてこの後、再びボイルして、水で冷却して、脱水して…と続きますが、ともかく「散翅(さんつー)」の製造は工数が多い!

その上、「散翅(さんつー)」のラインナップは多種多様。太くてプリッとしたものから、細いもの、束になった固まり状で食感を追求したもの、お店のオーダーメイドブレンドなどの特注品も含めると、中華高橋水産では約50種類も製造しているのだとか。

散翅規準表
レストランの要望に応えるため、完成形を映した実物大写真と比較しながら、同じクオリティの散翅(さんつー)提供しています。

こうして手塩にかけて戻し、選別されたふかひれは、出荷前には再び、X線による探知機、金属探知機でも異物混入をチェック。確認に次ぐ確認を経て、レストランへと旅立っていきくのでした。

金属探知機

【次回予告】ところでヒレ以外の鮫はどこに行っちゃったの?とご心配の方。大丈夫です!ヒレだけとって、魚体は使わないなんてことはありません。ヒレはもちろん、皮、骨、身まで使えるのが鮫というもの。次回はヒレを切り取った後の身の行き先をご紹介します!NEXT TRAVEL > ふかひれだけじゃない!鮫肉も中華に!


構成・文 佐藤貴子(ことばデザイン)
撮影   菅野勝男(LiVE ONE)