中国料理の秋冬の風物詩といえば上海蟹。「菊黄蟹肥(菊の花の季節に蟹が肥える)」という言葉のとおり、10月半ばにもなると、市場(しじょう)には身の詰まった食べごろの蟹が出てきます。
本格的な入荷は9月下旬から始まっており、2021年、レストランでは10月第2週から提供を始めたところが多い模様。しかし上海蟹ってそもそもなんなの? なにをどう楽しむの? どこで食べるの? と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで80C(ハオチー)では、改めて上海蟹の基本的な情報と、上海蟹が食べられるお店についてご紹介します。
上海蟹とは何か?
そもそも上海蟹とは何なのか?というと、イワガニ科モクズガニ属のチュウゴクモクズガニです。
中国での正式名称は大闸蟹(大閘蟹|dazhaxie|ダージャーシエ)。爪の周りに藻のような毛がふさふさ生えていることから、毛蟹、老毛蟹とも呼ばれます。
主な産地は揚子江下流域の江蘇省、浙江省、上海の崇明島などが中心。昔から上海蟹をよく食べている方ですと、蘇州市の陽澄湖の名前をご存じの方もいることでしょう。
なぜ陽澄湖が名声を世にあらわしたのか。エサや藻の状態などさまざまな要因がありますが、その大きな理由は立地です。
上海蟹は産卵のために河口付近の海水域に移動し、幼生は汽水域で育ち、最終的に成体は淡水の湖などで暮らしますが、陽澄湖は河口まで動いていくのにほどよい移動距離があり、そのことが丈夫でおいしい上海蟹を育むと考えられていたのです。
しかしそれは天然の上海蟹の話。現在そのほとんどは養殖で、幼生、成体とそれぞれの時期に適した環境に安全に移動させながら、じっくりと育てられています。
2021年の上海蟹は豊漁!食べごろは?
気になる今年の上海蟹の市況ですが、「今年是一个丰收年(今年は豊作の年)」と発表しているのは、蘇州工業圓区陽澄湖大閘蟹行業協会の副会長。夏がそれほど熱くなく、台風の影響で水中に空気が循環したことも、良好な生育に影響しているようです。
また、「今年も昨年と変わらないタイミングで旬を迎えています。中国の国慶節(10月1日)に向けて現地では需要が高まっていき、国慶節を過ぎると、日本で輸入できる数量に余裕がでてきます」と話してくれたのは、日本に上海蟹を輸入している三明物産の大友兼一さん。
「現地では8月くらいでも食べられていますが、身体が大きくなり、肉や味噌、白子が充実してくるのは10月から12月。もともと丈夫な蟹ではありますが、日本に輸入されるのは、おいしさと空輸に耐える丈夫な体になっている時期ですので、その期間中であればどのタイミングで食べても大きな違いはないと考えます」(大友さん)。
空港からレストランへ直送!その理由は?
食べごろを迎えた上海蟹は、今も昔も生きたまま空輸されていますが、三明物産で取り扱う蟹は、空港から直接レストランへ直送されています。
その理由は、鮮度保持の目的もありますが、日本では平成18年(2006年)2月1日より環境庁によって特定外来生物に指定されており、基本的に飲食店で調理する目的以外に、生体の売買は禁じられているからです。
「こうした法的規制があるため、輸入をしている私たちも、オフィスで検品をしたり調理して食べることはできません。毎年蟹の輸入が始まると、レストランで料理してもらって味を確認します。
またコロナ禍の現在は、中国から出荷する際の検品時間帯なども細かく定められており、以前より労力がかかるようになりました。上海蟹は高価ですが、生きたまま空輸し、死に蟹はロスになることを思うと、実は大きな利幅があるわけではないんですよ」(大友さん)
もちろん輸入側の手間だけでなく、レストランでも蟹の加工には時間と技が必要です。それを思うと、とっておきの旬の味覚を届けたいという輸入企業とレストランの想い、そして日本で楽しみに待つ人たちの想いがあって成り立っているのが上海蟹料理といえます。
上海蟹の食べ方と、雄・雌の楽しみ方
そんな上海蟹の食べ方ですが、最もシンプルに、活上海蟹の風味が楽しめるのが蒸し蟹。雄と雌の見分け方は、腹に三角形のふんどし (生殖器の蓋板) がついているのが雄、何もなく丸いかたちをしているのが雌です。
上海蟹は輸入の段階で80g~220gくらいまで細かく選別されていますが、蒸し蟹に適するのは大きいもののほうが食べやすくおすすめ。蒸し上がった蟹は、丸い腹の殻の端に指を入れ、ガバリと開いて取り外したら、両手で蟹を持って殻ごと左右にバリッと割ります。そこからはただ一心不乱に齧りつくのみ。
なかでも真っ先に口にしたいのは熱々の味噌。ズワイガニ等と異なり、上海蟹の味噌は鮮やかな黄色で、日本に生息する同属異種のモクズガニよりも一段と濃厚な味わいが。
雌なら内子(卵巣)を持っており、蒸すと赤く固まり、ほっくりとした食感に。雄は蟹膏と呼ばれる半透明に輝く精巣があり、ねっとりと舌にまとわりつき、とろけるような味と食感が。雌、雄それぞれによさがあり、甲乙つけ難いものがあります。
続いて脚の肉は、関節の前後をハサミでカットし、細い部分と太い部分に分け、細い脚で太い脚の殻をずぶっと押すと、キレイに肉を抜くことができます。
よくわからないかもしれませんが、案じるよりやってみるが如し。きれいに身を取り出してくれる店もありますが、蒸したての最もおいしい状態で食べるならぜひ一度はご自分で!
前菜は酔蟹で。定番の料理は蟹黄豆腐や蟹黄小籠包
さらに雌の卵をとろりとした状態で楽しむなら、酔蟹(酔っ払い蟹)もおすすめです。これは生きたまま香辛料や香味野菜を入れた紹興酒に漬け込んだもの。紹興酒は江南(長江下流域)の地酒ですから、これぞ産地のマリアージュ。殻ごと盛られた蟹に吸い付き、ちゅるりといきましょう。
また、上海蟹の濃厚な味わいを活かした料理では、味噌と身とを合わせて餡かけにした蟹黄豆腐、上海蟹の味噌を使った蟹黄小籠包、ふかひれの上海蟹煮込みなどが定番。これなら手を汚すことないので、紹興酒を片手に、無限に食べられそうな気持ちになってしまうかもしれません。
上海蟹はここで食べる!
では、日本で上海蟹を食べるためにはどこに行けばいいのでしょう。ここではタイプ別に、大きく4つに分けてご紹介します。
①上海蟹を名物にしている店に行く
毎年上海蟹を秋冬の名物に掲げている店は間違いありません。例えば「中国飯店」グループや、自店で蟹の輸入も手がける「新世界菜館」グループです。また、昨年オープンした「蟹王府」は上海に本店を構える上海蟹の専門店です。
これらの店は、季節になるとコースはもちろん、アラカルトでも上海蟹の料理が選べるのが魅力。なかでも「中国飯店三田店」は、ランチにも上海蟹を使った汁そば、混ぜそば、焼きそば、かけごはん、あんかけ炒飯を2,500円から提供しています。昼にさくっと、旬の上海蟹を楽しめるなんていいじゃありませんか。
②上海蟹コースを設けている店に行く
オーナーシェフの店や、小規模な高級店で、今の時期に上海蟹のコース料理を提供している店も、落ち着いて味わうことができます。例えば「茶禅華」「神田 雲林」「Renge Equriosity(レンゲ)」「メゾン・ド・ユーロン」「慈華」などです。
上海蟹は蒸し蟹以外、料理にするまでに加工にかなりの手間と時間がかかり、香りも強いため、この時期のコースは結果的に上海蟹に精力が注ぎ込まれる店も少なくありません。食べるなら、こうした店で、思い切って蟹尽くしのコースで、一度に様々な食べ方を体験するのもいいものです。満足感が違います。
③よく行く中国料理店に相談する
通っている中国料理店がある方なら、シェフや支配人にリクエストするのも吉です。実際、常連さんにリクエストされてスポット的に仕入れるレストランもあります。
仕入れの都合から人数を集めなければいけない可能性もありますが、蒸し蟹と蟹黄豆腐(蟹味噌と豆腐の煮込み)をお願いするなど、代表的な食べ方をリクエストしてみてもいいでしょう。まずは何事も相談から。
④上海料理店や江南料理店、その地方出身のシェフが腕を振るう店にいく
上海料理や江南料理の看板を掲げている店、シェフや店主がその地方出身の方である場合、季節になると上海蟹を提供していることがあります。上海蟹は江南の味覚。四川料理店や東北料理店では食べられなくても、その地域の味を専門・得意とする店なら、上海蟹も扱う可能性が高くなります。
また、多彩な中国料理を提供しながらも、上海料理の調理技法をベースしている店、そうした店で修行したシェフがいる店でも、季節になると上海蟹を楽しめることが。例えば「Wakiya 一笑美茶楼」「胡桃茶家」「美林華飯店」などです。
TOKYO上海蟹MAP|2021
最後に、東京を中心に上海蟹料理を提供している店をまとめました。マップにリンクしている情報は、2021年の秋、お店のSNSや公式サイトから発信されたものです。提供期間や内容は各店異なりますので、直接ご確認をお願いします。
参考文献:『大闸蟹』上海锦绣文章出版社(2013年)
参考資料:2021年苏州阳澄湖大闸蟹上市信息
取材協力:三明物産株式会社
TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)