休日平日問わず、いつ訪れても人でいっぱいの横浜中華街。今から約30年前、筆者が子供の頃は、中華街大通りこそ賑わっていましたが、関帝廟通りなど一本裏手に入れば、人もまばらで、住宅街の風情があったことを思い出します。

現在の横浜中華街。photo by shuttestock

当時は横浜中華街の中に住んでいた華僑も多く、彼らが普段使いする店も多々ありました。こういう店は、店のおじちゃん、お母さんや、他の馴染みのお客さんとの会話も楽しいものです。そして、どこかゆるく、くつろいだ雰囲気があったものでした。

しかし近年は、こうした店がひとつ、またひとつ違う店に替わっており、業態変更していることも少なくありません。では、古くから馴染みのお客さんが、昔の味を楽しむ場はどこなのでしょう。

その答えのひとつに、筆者が“裏中華街”と呼ぶ、横浜市南区の蒔田~井土ヶ谷エリアがあります。

井土ヶ谷に上海系フリーダム中華現る

例えば、横浜中華街の「四五六菜館」。市場通りに本館を構える上海料理系の老舗で、中華街の中に3店舗を構えています。しかし、この店にルーツを持つ味を伝えるのは、中華街だけではありません。井土ヶ谷にもあるのです。

そのひとつが「上海料理 孫特家(そんとくや)」。ここは「四五六菜館」のオーナーシェフ、孫関義さんが、奥様と元総料理長で営む店。店名には上海料理とありますが、外看板やメニューを見ると、ルーマニア料理と、ルーマニアワインを置いています。

「上海料理 孫特家」外観

なぜなら、孫さんの奥様、ブーリャ・ダニエラさんはルーマニア出身。サービスや一部の料理の仕込みも担当されているそうで、いい意味で中華業態こだわりすぎないところに、昔ながらの横浜中華街のセンスを感じます。筆者が子供の頃に感じていた、いい意味で“ゆるーい”中華街の匂いです。

となれば、中華とルーマニア産ワインを楽しみたくなるもの。まずは前菜に白油鶏(蒸し鶏のネギ添え)です。

白油鶏(蒸し鶏のネギ添え)800円

こちらは新鮮な鶏を上手に火入れしており、フレッシュな風味。かつ、軟らかに仕上げてあり、上海に長くいた家人も大絶賛の一皿。合わせてもらった白ワインは、キリッとしつつもフルーティー。白油鶏の繊細な味わいによく合います。

そして写真では伝わりにくいのですが、実はこの鶏、4人以上でたっぷりシェアできるボリューム。盛りのよさもまた、横浜オールド中華スタイルでしょうか。2人連れなら、この一皿とごはんだけで確実におなか一杯です。

続いてはこちら。何の料理だと思いますか?

孫麻婆豆腐 1,500円

一見、麻婆豆腐かと思いきや、オーナーの名を冠した孫麻婆豆腐です。

辛いものを好まない家人が所望したのでオーダーしたところ、これがびっくり、慣れ親しんだ四川風でも広東風でもない麻婆豆腐。

豆腐の上にはローストしたカシューナッツが散らされており、肉はひき肉ではなく、牛肉を細かくカットしてあります。ザーサイや干しエビも入っており、食感、香りなどが重なり、立体的な味わいですね。

シェフの創意が入った料理なので、食べ慣れた麻婆豆腐とは違って気に入らないと思う人がいるかもしれません。でも、筆者は好きなタイプ。土鍋でグツグツと煮立った状態で運ばれてくるのもそそります。

こちらの土鍋も、ゆうに4人分あるボリューム感。いやあ、2品続けて盛りがいい!

合わせた赤ワインは果実味豊富で、孫麻婆豆腐の味に馴染んだ舌をリフレッシュさせてくれるよう。

ルーマニア出身の奥様が仕込む家庭料理

この2品を食べている間、客は私たち2人だけだったのですが、そろそろ終わろうかという頃、常連さんが続々と入店してきました。

すると皆さん、シェフと厨房の小窓経由で挨拶したり、近況を話したりといい雰囲気。見ていると、なんだかこちらまで楽しく、ぐっと居心地がよくなってきます。

サービスを担当している奥様は、チャーミングでテキパキとした接客が素敵。そこでメニューの最後に2品だけ並んでいる「ブーラ・ダニエラシェフおすすめ 東欧料理」も注文することにしました。

まずは、パプリカに挽き肉を詰めてトマトソースで煮込んだ「トルトット・パプリカ」です。

トルトット・パプリカ(パプリカの豚ひき肉詰め トマトソース煮込み)600円

こちらはハンガリーやルーマニアをはじめ、東欧を中心に親しまれている一品。口でほどけるふわっとした挽き肉に、上海名菜「獅子頭」を感じたのは気のせいでしょうか。こちらもボリューム感は4人向けです。

肉の断面に獅子頭を感じます。

続くもう一品は「グラーシュ」。こちらも東欧で親しまれている料理で、牛肉煮込みスープです。

グラーシュ(牛肉と野菜の煮込みスープ・パン付き)1,600円

どこかロシアのボルシチにも近いですね。その昔、中国で洋食といえばロシア料理・東欧料理。20世紀に中国に暮らした人は、懐かしさも感じると思います。

ルーマニアワインのセレクションが充実。
壁のディスプレイには、ルーマニアワインと紹興酒の両方が。世界平和。

ゆるーい異国感こそ、横浜オールド中華スタイル

どの料理もゆうに4人前はあるところ、2人で4品+4杯のワインを楽しんだため、最後にはお腹パンパンに。腹をさすりつつ、ベルトをゆるめてお会計をしてみると、思ったよりも安くてびっくりしました。

それにしても、この店に漂うゆるーい異国の雰囲気たるや。やっぱりここは、横浜中華街時代からの馴染みの客向けなんですね。また、「家族経営で、自分たちが作れる美味しいものを提供したい」というオーナーシェフのやりがいを実現している印象もありました。

横浜中華街にもいい店はありますが、井土ヶ谷、蒔田界隈の「裏中華街」もやっぱりいい。この店の徒歩圏内には、ワンタン&餃子の回でご紹介した「公珠」や、自家製麺やきそばの名店「廣東楼」もあります。中華街が混んでいるときは、こちらに移動するのもいい考えですよ。

今回ご紹介したお店

上海料理 孫特家(そんとくや)
住所:横浜市南区井土ヶ谷中町4(MAP
TEL:045-515-4210
営業時間:17:00-22:00(ランチは不定期営業です。電話でご確認ください)
木曜定休(年末年始等長期休暇あり)


text & photo:ぴーたん
ライフワークのアジア樹林文化の研究の一環として、台湾・中国・ベトナム・マレーシアを回って飲食文化も研究。10数年前の勤務先で、江西省井岡山に片道切符で送り込まれたことを機に、中国料理の魅力に目覚め、会社を辞めて北京に自費留学。帰国後もオーセンティックな中国料理を求めて、横浜をはじめ、アジア各国の華僑と美味しいものについて情報交換をしている。