麺を食べるとき、いつもは汁麺派の私ですが、夏は例外。食べて大汗をかく汁麺よりも、焼きそばを食べたくなります。それも自分では決して作れない、プロの技が光る中華の焼きそばです。

中華の焼きそばは、単に炒めるにとどまらず、麺そのものの風味や食感を引き出すための技が豊富。半分パリパリの焼き目がついたところが、餡でじわりと軟らかくなり、食感と味の変化を味わうのも、焼きそばならでは。

もちろん横浜を歩けば、魅力的な焼きそばに出合えます。夏の夕方、ビールと焼きそばが出合う至福の瞬間を探しに、足を延ばしてみませんか。

貝どっさり!滋味あふれる「鳳林」の「本日の貝の海鮮焼きそば」

横浜中華街で筆者一押しの焼きそばは、関帝廟通りにある小さな家族経営の店「鳳林」です。なぜならここの「貝焼きそば」は、平日の夜、心がすり減っているとき食べると、心身の回復に絶大な効果があるのです(自分比)。

「鳳林」外観。関帝廟通りにある。

餡にはいろんな種類の貝をこれでもか!というほど豪快に放り込んであり、見た目もいいのですが、そこから貝の身を一つずつほじりながら食べていると心癒されるのです。

大量の貝からにじみ出ているコハク酸の旨みは、夏に衰えがちな食欲を増すのにぴったり。これが白いテーブルクロスのかかった都心の高級中華で出てきたら、気分が盛り上がること間違いなし。もちろん、テーブルの向こう側で微笑んでいるのは美女です(笑)。

「鳳林」の「本日の貝の海鮮焼きそば」。いろんな種類の貝がてんこ盛りの贅沢。

さて、シーンは「鳳林」に戻ります。ここでは、横浜にも醸造所を構える「スプリングバレーブルワリー」のビールがお供。貝てんこ盛りの豪華な焼きそばを、クラフトビールを片手に独り占めする至福の瞬間は、この店だけの贅沢です。

そして食べ終わる頃、オーナーシェフのお兄さんが厨房から出てくると第二ラウンドの始まり。シェフおすすめの美味しいものの話が繰り出されると、食いしん坊としてはもう歯止めが効かない。「じゃ、今日仕込んだばっかりのシウマイ買って帰るわ」ということになったりするのもまた一興です。

魅力的なメニューがあるのにも関わらず、これを食べないとこの店に入った価値がないのではと思える貝焼きそば。これだけの種類の貝を、焼きそばのために買ってくるのは個人では到底無理と思います。「焼きそばなんて自分で作れる」という人であっても、食べに行く価値のある一皿ですよ。

オールド中華LOVERの理想郷「華香亭 本店」の「五目ヤキソバ」

夕暮れで辺りが薄暗くなる頃、本牧の閑静な住宅街にふわっと浮かび上がるような佇まい。「華香亭 本店」は、この地で100年続いている、横浜の重要文化財といってもいいお店です。

ガラスに書かれた味わいのある欧文は、基地の米兵さんのためのものだったのでしょうか。

店内がまた、博物館のレトロ展示室のような風格。大きな振り子時計やシーリングファン、立派な書が掲げられていて、ちらりと見える厨房も一幅の絵画の如し。横浜オールド中華ファンの理想の形が凝縮縮されているかのようです。

こちらの店で、私のおすすめは五目焼きそば。美しく艶やかに光る餡を口に運べば、穏やかな味付けでほっとする味。ビールをもう一杯。からしをつけて焼きそばをもう一口。この空間でゆっくりと店内と食事をするお客さんを眺めれば、昭和の文豪になったような気分です。

「華香亭 本店」の「五目ヤキソバ」。

開店してほどなく店内は活気に溢れ、お客さんはどんどん来ます。ですからこういう店で長っ尻はいけません。食べ終わり、茶碗に注がれたお茶を飲み切るまでの豊かな時間を過ごしたら、一息ついてゆるりと出かけましょう。

ちなみに本牧は、横浜中華街からバスで10分くらいの距離ですが、観光地とは全く異なる雰囲気をもつ街です。往年は米軍基地があり、六本木よりも華やかな音楽シーンが繰り広げられていたとも。今やその面影はほぼありませんが、往時の残り香を感じるようなお店はいくつもあります。

また、山手から本牧は老華僑が多く住む街。以前は山手中華学校もこのあたりにあったので、老華僑たちの心はこのエリアにあると言っても過言ではないかもしれません。

少し早めの時間なら、腹ごなしに夜の山手を歩き、港の夜景を見てから南京町、いや、横浜中華街を冷やかして、ホテルニューグランドのバーで一杯。この店を訪れたら、往年に思いを馳せ、豊かな横浜時間をお過ごしください。

裏中華街・蒔田の超老舗「廣東楼」の輝ける「海鮮焼麺」

横浜中華街から少し離れた本牧とともに、華僑が多く住んでいるのが蒔田や井土ヶ谷です。先月ご紹介した餃子とワンタンの名店「公珠」もこのあたり。観光地化した中華街から出て店を開いた方も少なくなく、味にうるさい華僑やハマっ子の舌を唸らす店が何軒もある、まさに横浜の“裏中華街”がこの界隈といえるでしょう。

そのエリアで、今回ご紹介するのは「廣東楼(かんとんろう)」。華僑の老夫婦とシェフが切り盛りする、蒔田で古くから愛されている名店です。

店名を掲げた書の堂々たる貫禄。外観も立派です。

こちらの店の硬麺(揚げ麺)は、昔ながらの麺打ち機で作った自家製麺。最初はパリッと軽快で、甘みと香りが口の中いっぱいに広がります。それが食べ進めていくうちに美味い餡を吸ってしんなりとし、味わい深さを増すのがニクイ。

筆者は焼きそばに練りがらしを付けないほうなのですが、ここはそれがおだやかな味なので、付けて楽しむのもいいと感じます。

「廣東楼」の「海鮮焼麺」。

汁麺は、熱いスープで麺が伸びないよう、一刻も早く食べなければと焦りますが、かた焼きそばはあえてゆっくり食べる、この余裕がよいですね。一人で食べるなら汁麺ですが、友人と話しながら食べるのもかた焼きそばに軍配が上がります。

横浜の華僑の店の多くはあえて宣伝していませんが、店での自家製麺や、製麺所に自店仕様を特注している店は少なくありません。お店としては美味しいものを提供したいというごく自然なことだと考えているようですが、食べる側がこれに気づき、もっと評価されていいものでしょう。

ちなみにここは行くなら今のうち。なぜなら息子さんが香港に出店して成功したため、この店はオーナー夫妻が気力、体力ともに続けられる限りで「いまでは宴会も少なくなってねぇ」とはご主人の談。

本牧や蒔田まで足を延ばしていただける方がどれだけいるかはわかりませんが、横浜中華の魅力と奥深さを知りたいなら、ぜひ訪れてほしい名店です。

今回ご紹介したお店

鳳林(ほうりん)
住所:神奈川県横浜市中区山下町187(MAP
TEL:045-662-2225
営業時間:11:00~15:00/17:00~20:30(L.O)
水曜定休

華香亭(かこうてい)本店
住所:神奈川県横浜市中区本郷町3-64(MAP
TEL:045-621-8250
営業時間:11:30~14:00/17:30~21:00
木曜定休

廣東楼(かんとんろう)
住所:神奈川県横浜市南区榎町2-62(MAP
TEL:045-731-2021
営業時間:11:00~22:00
火曜定休


text & photo:ぴーたん
ライフワークのアジア樹林文化の研究の一環として、台湾・中国・ベトナム・マレーシアを回って飲食文化も研究。10数年前の勤務先で、江西省井岡山に片道切符で送り込まれたことを機に、中国料理の魅力に目覚め、会社を辞めて北京に自費留学。帰国後もオーセンティックな中国料理を求めて、横浜をはじめ、アジア各国の華僑と美味しいものについて情報交換をしている。