これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を伝える連載です。 ◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。 |
ライター:酒徒(しゅと)何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。北京・広州・上海と移り住んだ十年の中国生活を経て、このたび帰国。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下』を更新中。Twitter:@shutozennin |
今月の「中国全省食巡り」は、四川省の省都・成都市からお送りする。日本では三国志の蜀の都として有名で、蜀の宰相・諸葛亮とその主君・劉備を祭った武侯祠には、多くの日本人観光客が訪れる。
詩聖と讃えられる唐代の詩人・杜甫が多くの名作を生み出した土地でもあり、彼が暮らした草庵の跡地は杜甫草堂として整備され、市民の憩いの場となっている。
古来、「天府の国」と呼ばれ、肥沃な土地と豊富な物産を讃えられてきた土地だ。だが、盆地ゆえに雲が多く、一年を通して太陽が出る日が非常に少ない。俗に「蜀犬日に吠ゆ(四川の犬はたまに日が差すと怪しんで吠える)」と言われる所以である。湿度も高いため、夏は蒸し暑く、冬は冷え込みが厳しい。

そのような気候で暮らすにあたり、日々の食事で発汗を促進して体内の湿気・寒気を払うため、四川料理は香辛料を多用するようになったと言われている。なかでもその効能を強く持つ唐辛子と花椒(中国山椒)は、四川料理に欠かせないものだ。他地域の者にとっては劇物のような味付けにも、ちゃんと理由があるのである。

四川料理ほど、この十数年で日本での存在感が増した料理もあるまい。今や唐辛子と花椒がしっかり効いた本場風の麻婆豆腐を出す店が随分と増えたし、麻辣(マーラー)という言葉が普通に通じるようになった。四川フェス(四川料理のフェスティバル)などというものが毎年開催されるようになるなんて、二十数年前、成都で初めて本場の四川料理を食べて悲鳴を上げていた頃には想像もできなかった。
そんな中、この連載でどの料理を採り上げるかは随分と悩んだ。麻婆豆腐だって成都に初めて行く人にとっては食べるべき料理には違いないが、「本場は麻辣がもっと激しいですよー」と書いてみたところで、あまり面白くはなる気はしない。

そこで思い出したのは、連載第一回で掲げた以下の選定基準だ。
・その料理のことを思い出すだけで、僕が思わずニヤけてしまうもの
・その地域にもう一度行くとしたら、僕が必ず食べたいもの(実際に食べているもの)
・その料理への思いが高じて、僕が自分でも作って食べたいと思うもの(実際に作っているもの)
ということで、自分の好みを前面に押し出しつつも、まだ日本では馴染みが少なくて、成都まで行かないと体験できないものを選んでみたつもりだ。刺激的な料理も出るけれど、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。
そよぐ緑と木漏れ日と。ゆるりと楽しむ成都の茶座(青空茶館)

四川省が舞台となれば真っ赤な料理が並ぶと予想していた方には肩透かしになるが、僕が成都と言われて真っ先に思い出すのは、茶座(チャーズオ)のことだ。茶座とは成都のあちこちにある青空茶館のことで、大きめの公園や寺院には大抵併設されている。茶館と言っても敷地内にテーブルや椅子が並べてあるだけだが、この茶座こそが成都市民の憩いの場なのだ。
多くの市民が、朝から茶座に集い、日がな一日のんびり過ごす。多くの中国人が「成都は生活のリズムがゆっくりしている」と評するが、茶座はそのイメージを代表するものだろう。
客はまずカウンターで好きな茶葉を選び、料金を払う。その茶葉が入った蓋碗(蓋付きの湯飲み)を持って好きな席に座れば、店員がやってきて湯を注いでくれる。茶葉は、竹叶青(ジューイエチン)や毛峰(マオフォン)といった緑茶のほか、緑茶にジャスミンの花で香りを付けた花毛峰(ホアマオフォン)なども人気だ。

お湯の追加は、無料。一杯数元のお茶代だけで、蓋碗にお湯を足し足し何時間も居座れる。もちろん、「そろそろ席をお譲りください」などと急かされることもない。このシステムが、 茶座ならではのゆったりとした雰囲気を生み出している。

ぼーっとどこかを見ながらたたずむ孤独な老人あり。麻雀やトランプに夢中なおっさんおばちゃん集団あり。 何を話すでもなく、時おり茶をすする老夫婦あり。大きな笑い声を上げながら話に興じる若者たちあり。
平日でも「今は仕事する時間じゃないの?」という年代がいるのは気になるが、様々な人間模様を眺めているだけでも楽しい。もちろん、周りのことなど気にせず、自分自身がぼーっとしたり、仲間との会話を楽しんだりするのもまた良し、だ。
たまにうるさい客がいても、声が空に散るのであまり気にならない。タバコの煙や麻雀の牌の音も同じ。露天ならではの良さだ。露天だからクーラーなどはないのだが、蒸し暑い夏でも茶座は快適だ。木陰で熱い緑茶をすすって汗をかいたところに風が吹いてくると、不思議なほど涼を感じる。そういえば、緑茶には身体を冷やす効果があるとされているのだ。

大きな茶座には、小吃(軽食)を注文できるところもある。だが、茶座は持ち込みに寛容なので、あらかじめ果物や外の店でテイクアウトした料理を持ち込む客も多い。僕も毎回、枇杷や石榴といった季節の果物を仕入れてから茶座に向かうことにしている。


そうそう、もし茶座で細長い棒と音叉を手にうろうろしている男を見かけたら、是非声をかけてみよう。その男は、采耳師傅(耳かき師)。耳かきのプロだ。
二種の耳かき棒を自在に操って耳の奥の奥まで綺麗にしてくれるのだが、これがもう凄まじい手練手管。痛みと痒みと快感が織り成す三角形のド真ん中を巧みに突いてくるものだから、僕なんて年甲斐もなく「ほわあああ」と声を上げてしまった。音叉の使い方は、体験してみてのお楽しみとしておく。

そうだ、茶座の椅子にも触れておかねばならない。成都の茶座では、かなり高い確率で同じデザインの竹製の椅子が使われている。竹以外には一本の釘すら使わず、竹を曲げたり削ったりして組み合わせたもので、その座り心地の良さといったら、驚くべきものがある。
まず、竹ならではの丸み。椅子のどの部分をとっても、身体に刺さるような刺激がない。また、ひんやりした質感。蒸し暑い成都の夏でも、尻がじめつかない。そして、デザイン。背もたれや肘掛けの傾斜角度や座面の面積などが完璧で、どんなにもたれかかっても椅子から滑り落ちることがなく、クッションもないのに長時間座っても疲れない。
この竹椅子があるからこそ、みんな茶座に長居することができる。そう断言したい。僕なんてこの椅子に惚れ込み過ぎて、上海在住時に通販で買い求め、帰国後の今もまだ家で使っているほどである。この椅子に座って中国茶をすすれば、心は瞬時に成都の茶座まで飛ぶというわけだ。

湿った空気。たまに吹くそよ風。涼しげな木漏れ日。ほどよい喧騒。熱々のお茶。そういった些細なものの積み重なりが、何かをしているようで何もしていない時間を豊かに彩ってくれた。今振り返ると、持ち込んだ果物をかじりつつ、周りを真似てトランプに興じていたあの時が、何とも贅沢な時間だったと感じる。

麻辣三昧の食事で火照った身体をクールダウンさせる意味でも、茶座でのティータイムは癒しのひと時になるはずだ。パンダ見学や史跡巡りで忙しくなりがちな成都観光ではあるが、茶座の雰囲気を味わうか否かで成都という街の印象が大きく変わると思うので、是非お試し頂きたい。