「横浜のシウマイ発祥の地はね、ここ伊勢佐木町なんですよ」

筆者が通っている伊勢佐木町「龍鳳」のオーナーシェフから、たびたびそんな話を聞いていました。そこで興味を持ったのが、横浜シウマイのルーツです。

横浜の華僑に伝わる伝統的な焼売(しゅうまい)の多くは、広東語読みのsiu maaiに近い「シウマイ」と呼ばれているため、この回では、焼売を「シウマイ」と表記します。

 

伊勢佐木町にある「龍鳳」外観。

振り返ってみると、昭和40年代生まれで東京育ちの筆者にとって、横浜のシウマイといえば、横浜在住の伯母が買ってくる「崎陽軒」でした。

この味は子どもの自分にはちょっと濃い目で、グリーンピースは好きじゃない。でも、ひょうたん型の「ひょうちゃん」の陶器の醤油差しが嬉しくて、宝物だったことを思い出します。

「崎陽軒」の醤油入れにもなっている「ひょうちゃん」。いろいろな表情があるのが楽しい。

『ヨコハマ中華街 百味百店』(1985年刊 ※現在は絶版)や「順海閣」のホームページによると、「崎陽軒」のシウマイは、「順海閣」初代の御尊父・呉遇孫氏が「崎陽軒」の依頼で駅弁用に生み出したもの、とあります。

そんな「『崎陽軒』のルーツがあるらしい」と興味を持った親に連れられ、筆者も子供時代に一度だけ食べに行ったのが、市場通りにある「順海閣」。これが、子供心に「さすが」と思った逸品でした。

そこで今回、30年ぶりに訪れてみることにしました。

「崎陽軒」のシウマイゆかりの老舗「順海閣」

「順海閣」は、老舗のみが持つ独特の雰囲気がある店です。太い梁に柔らかな照明。ピカピカに磨き込まれた貫禄のある板張りの床。広東語で話すホールのお姐さんたちが和気藹々かつキビキビと働いています。

創業70年を超す「順海閣」の店内。

名物の「元祖シウマイ」をお願いすると「これから蒸すから少し時間がかかりますよ」とお姐さん。ええ、お茶でもビールでも飲みながらゆっくりと待ちましょう。

ステンレスのポットに白と赤のテーブル。昭和の雰囲気が鮮やかに残ります。

蒸籠の中を覗くと、手作り感あふれるシウマイが湯気を上げています。大きさは「崎陽軒」とほぼ同等に見えるので、もし同じ駅弁に入っていたら、気がつかないかもしれません。

ところが蒸したてをひと口食べれば、豚肉の味わい、葱、干しえび、貝柱がナチュラルに調和した味と香りにハッとします。これぞ横浜の広東風シウマイ。正統派の仕上がりです。

「順海閣」のシウマイ。

一方、「崎陽軒」との共通項は、ぷりぷりとした肉の弾力と、軽い食感ながら適度にむっちりとした仕上がり。そして「順海閣」のシウマイにはないものの「崎陽軒」にあるもの。それはグリンピースです。

しかしなぜ日本では、焼売にグリーンピースがあしらわれることがあるのでしょうか。

ネット上では諸説ありますが、『ヨコハマ中華街 百味百店』の中では「崎陽軒」の方も結局なぜだかわからない、という話。そこで、とある老華僑のシェフに聞いてみると、なるほど思う説明を得ました。

「終戦後、中国人は戦勝国民という扱いになり、進駐軍から缶詰のカット野菜やグリーンピースの缶詰配給(特配)があったんですよ。材料が乏しい時代だったから、それをシウマイの上にぱらり、チャーハンにぱらりと入れるようになったのがはじまりです」。

歴史的な時系列からいっても、腑に落ちる説明ではないでしょうか。

話は戻り、冷めても美味しい「崎陽軒」と、店で注文のたびに蒸して提供する「順海閣」。同じ職人から生まれたレシピが、100年後、これほど異なる存在感を放っていることに改めて驚きました。

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