横浜中華街に行ったら、どこで何を食べればいい? 魂が震える本物の味はどこにある…? 当連載は、横浜で美味を求める読者に向けた横浜中華指南。伝統に培われた横浜の味と文化をご紹介します。
◆目指すゴールとコンセプトはコチラ(1回目の連載)でご覧ください。

2020年は1月25日が春節(旧正月)です。中国は24日~30日が春節休み。この時期に横浜中華街を訪れると、賑やかな雰囲気とともに、各店で春節にちなんだ料理を味わうことができます

そんな春節に先駆けて今回ご紹介するのが、盆菜(プーンチョイ:poon choi)です。

盆菜とは、珠江デルタ地域に伝わる客家の伝統食。お盆の中に縁起を担いだ食材をてんこもりにした豪快な料理です。

これを大勢で集まってもりもり食べ、家族や友人の結束(団団圓圓)を願うのですが、中に入る食材がまたすごい。

牡蠣(商売繁盛)、醤油鶏(吉を呼ぶ)、鮑(昔の銀のお金で縁起がいい)、干し貝柱(貨幣を意味する)をはじめとするお宝食材がザクザク入っており、どこか日本のおせち料理にも通じるものがあります。

「南粤美食」の貸切宴会で出してもらった盆菜。

日本では知名度の低い盆菜ですが、香港政府は盆菜を無形文化財、広東省は非物質文化遺産としてそれぞれ指定しています。

香港の飲食チェーン「大家楽」「美心」、果ては「ケンタッキーフライドチキン」までメニューに乗せていた…と聞けば、かなりポピュラーな存在ということがわかるのでは。

香港人の友人曰く、香港の田舎では旧暦の1月3日、親戚一同が祠に集まって盆菜を味わう村もあるのだそう。春節以外にも、清明節(4月5日前後)のお墓参り、中秋節(旧暦8月15日)、その他なにかお祝いがあれば「盆菜だ!」とばかりに仕出し宴会を頼む習慣もあるのだとか。

また、ハイテク製造業が集中する東莞市長安鎮も盆菜が名物料理。マレーシア、シンガポールなどの華人社会でも、祝い事の食事として知られています。

さてこの盆菜。食べるうちにほっと心が和むものがあるのは伝統料理の共通点でしょうか。広東省南部と日本は昔から海で繋がっていますから、どこか味の共通点があるのかもしれません。

そこで、今年は盆菜で広東の旧正月を満喫しようと、宴会を開くことにしました。

ごった煮にするべからず。縁起のいい数に重ねるべし。

盆菜の調理をお願いしたのは、横浜中華街の「南粤美食(なんえつびしょく)」。オーナーシェフの黄さんは客家出身ではありませんが、故郷の広東省中山市で何度も食べたことがある、とのこと。

盆菜の具にする魚の浮き袋を、油で揚げて戻す「南粤美食」の黄オーナーシェフ。当日の仕込みは早朝6時からスタート。ご家族によれば、一週間も前から、滅多に作れない料理にノリノリだったとか。

盆菜はその構造に特徴があり、てっぺんに高級食材が載り、底に大根、蓮根、豚の皮や湯葉など味を吸うものを配置します。その際、長長久久(末永く幸福が続きますように)の語呂合わせで6層か9層、または十全十美(非の打ちどころがない)の語呂合わせに準じて、食材を10層に重ねます。

また、食材は一度に煮るのではなく、各々調理してから盛り合わせ、それぞれ味がぼやけないように作られています。日本の炊合せと同じ手法ですね。

仕込み済の干し牡蠣(左)と干し椎茸(右)。

さらに、食べ始める時に下から火を入れるのもポイントです。そうすることで、上方に並ぶ高級食材のうまみをたっぷり湛えた汁が底の大根や蓮根に落ちていき、すべての食材が極上の風味に仕上がる設計になっているのです。

お宝を掘り起こす快感!広東の客家おせち「盆菜」大解剖

さて、できあがった10層の盆菜がこちら。さっそく上から順番にご紹介していきましょう。

これが盆菜の完成形。

髪菜。一番上に載っている食材です。黒々とした髪の毛に似ており、髪菜(fācài)を発財(fācái)にかけて、お金が儲かるよう縁起を担いだもの。味付けは干し牡蠣の戻し汁で。旨味を染み込ませてあり、少量ながら驚くほど滋味深いのです。

②醤油鶏。かつて横浜中華街のどの店でも出していたという料理ですが、今では注文する人がほとんどおらず、メニューに載らなくなったとか。今回は高級地鶏の名古屋コーチンを使用。

③鮑と干し貝柱。貨幣に似た形で、お金が儲かるように縁起を担いだ食材です。特に日本の干し貝柱は香港でも最上級品。一人一個ずつ戴きます。万が一コワモテの人の分を食べちゃったら…想像したくないですね。

④大海老。盆菜は広東省南部の沿岸部が発祥なので、おめでたい席に赤い蝦は欠かせません。大きな頭の中に蓄えられた海老味噌のうまみといったら!

⑤魚の浮き袋。鮑、なまこ、フカヒレと並ぶ高級乾物で、ゼラチン質が豊富。乾物を水で戻すか、油で揚げて戻しますが、ここでは油戻ししていました。気泡状になった浮き袋が、スープの旨味をガツッと吸い込みます。

盛り上がった分を食べ切ると、さらに下の段が見えてきました。みっしり!

干し牡蠣。一度ゆでてから乾燥させた大ぶりの牡蠣はアミノ酸が強く、中の肝がほろほろとして、カキフライで食べるそれとは全く別物。ちなみに盆菜の発祥エリアでもあり、日系企業の工場の密集地、深圳市宝安区沙井は、盆菜に欠かせない「金蠔」で有名です。筆者が働いていた当時は、うなぎや牡蠣の養殖場が海沿いにありました。

⑦冬菇(どんこ)。黄シェフが選んだのは静岡県産の干し椎茸。肉厚でぎゅっとうまみが詰まった日本の冬菇は中国で超高級品。中国が経済発展した現在では価格が高騰し、日本では大きなものが手に入りにくくなっているそうです。

⑧豚足の煮込み。豬手(中国語で豚足:zhūshǒu)と発音の似た就手(jiùshǒu)にかけて、望みやお金が手に入るよう願って食べる食材。この豚の煮込みが、盆菜の味わいの〈霊魂〉になるとか。

⑨魚のすり身団子。春節の料理に魚はマスト。魚(yú)と同じ発音の餘(yú:余)にかけて、余裕ある暮らしができるよう願掛けします。

⑩アヒル。昔の農村では、飼育に手間のかからないアヒル肉が好まれました。

最下層には旨味をたっぷり吸うおなじみの食材がみっしり。

⑪蓮根・大根。一番下に敷き詰めて、上から降りてくるうまみを吸収するようスタンバイ。これがあまりの旨さで参加者が奪い合うことになり、筆者はほんのちょっぴりしか大根をいただけませんでした。蓮根は先が見通せるように、大根は中国南方で菜頭(coi3tau4:広東語読み)。発音が似ている彩頭(coi2tau4:広東語読み)にかけて、幸先のよいことを意味します。

食べれば食べるほど、うまみの染みた食材が発掘される盆菜。

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