「蜜の味」の肉料理をはじめ、美麗な海老や肉塊に翻弄され、名句ならぬ「迷句」頻発!?

南極の塩の逆海老固めかな

●肉料理で一句

続いて円卓に登場したのは、「富貴火腿(中国ハムのハチミツ漬け)」。その味と調理法から「蜜汁火腿」とも表現される、湖南省を代表する名菜です。

火腿

この料理は、金華ハムに代表される中国式の火腿(ハム)を、砂糖や蜂蜜等を使った蜜で煮込み、それを繰り返すことで肉の塩分を抜き、甘味を染み込ませて作られるもの。食べるときは薄切りにし、中華風の蒸しパンや、極薄の食パンなどに挟んでいただきます。

春近し蜂蜜色の中華火腿 ぴざ子

「春近し・蜂蜜・火腿(ハム)と「は」の音を重ねたことで、リズム感が生み出されているのが秀逸。春の待ち遠しさと、蜂蜜色という言葉の取り合わせも絶妙です。この日は春の来る前の句会だったので、ぴざ子先生は冬の季語として「春近し」を入れました。季語を入れると中華句でありながら、俳句としても成立します。

火腿やまわたで包む蜜の味 こばら

添えられていた長方形のパンが、まるでハムの布団のように見えたことを詠んだ句。火腿をパンで挟むと、とろみのある蜜がじわっと染みてこれがまた旨い。2月に『蜜の味』を上梓された檀蜜さんにも、ぜひとも召し上がっていただきたいかと。

●海鮮料理で一句

そして続くは海鮮料理「鳳尾尾翅彩満堂」。日本語メニューでは「海老とホタテ貝、季節野菜の南極海流塩炒め」です。

鳳尾尾翅彩満堂

秦料理長によると、「南極海流塩」とは、南極と南オーストラリアを流れる南氷洋の海水を元に、18ヶ月間天日干しして作られた塩なのだそう。

また、お皿を180度回転させて裏側から見てみれば、ルタバカ、ロマネスコ、ター菜、芽キャベツ、レンコン、紅時雨大根、スナップえんどう…。色とりどりの野菜が花を添えます。

鳳尾尾翅彩満堂

そんな美しい野菜畑の中に屹立するのは、文字通り“海老反り”になった海老。そこで泥頭がプロレス技にかけて一句。

南極の塩の逆海老固めかな 泥頭

ともすると、俳句は堅苦しいもの、マジメなものという印象があるかもしれませんが、そのルーツは室町時代末期に起こった俳諧であり、滑稽さが身上です。これは、そんな元来の俳句らしい面白みこと「おかしみ」を感じさせてくれる句。「南極の塩」が料理の味だけでなく、句全体の印象を引き締めるのにも一役買っています。

逆エビ固め
本家本元の逆エビ固め。写真は’91年11月3日、新日本プロレス後楽園ホール大会第一試合の小島聡vs西村修(木杓所蔵)。

鯱に華を添えたりロマネスコ こばら

一方こばらは、エビを鯱(シャチホコ)に見立てて詠みました。野菜の中でも「ロマネスコ」が俳句の上五(かみご)または下五(しもご)にぴったりの五文字であることと、インパクトがあったことから、鯱に取り合わせた句です。

鯱
本家本元のシャチホコ @東京・湯島聖堂

ちなみにロマネスコとは、恐竜の背中のような花蕾が印象的な野菜。インパクトのあるビジュアルに感銘を受け、秦料理長が野菜ソムリエの資格を取るきっかけとなったのがこの野菜だったのだそう。カリフラワーとブロッコリーをかけ合わせて作られており、クセがなく食べやすい味です。最近は直売所やスーパーで見かけることもありますね。

ロマネスコ

●再び肉料理で一句

海老の「おかしみ俳句」が続いたところで、今度は白く大きな磁器のうつわが登場です。
目の前でフタが明けられると、そこにはシュウシュウと音を上げる湯気に包まれた「東坡肉(トンポウロウ)」が鎮座していました。

東坡肉

しかしこの湯気はいったいどこから…?というと、実は器の底に発熱材があるんですね。中を見てみると、使われているのは「エディックスーパーヒート」。これ、最近は防災用品としても注目されているアイテムで、けっこうパワーがあるんです。

これまで東坡肉は何度も食べたけど、こんな登場の仕方は一同初体験。料理もいいけど、プレゼンテーションもすごい。その感動で3句出ました。

器ごと故郷の来る東坡肉 漁太

湯気を上げて沸騰したまま運ばれてきた料理を見て、東坡肉が作られた故郷から熱々のまま、ここに運ばれてきたようだ…ということですね。ここでの「故郷」は、漁太の故郷ではなく、東坡肉の故郷のこと。東坡肉×故郷という言葉の合わせ方によって、しみじみとしてうまそうな雰囲気が醸し出されました。

東坡もこれなら忘れなかりけり 木杓

東坡肉(トンポウロウ)は北宋の詩人・蘇軾(スー・シー/そしょく)が考えたものとされ、料理名は彼の号(詩を発表する時の名前)である蘇東坡(スー・ドンポォ/そとうば)に由来します。

蘇東坡石像
蘇東坡石像 on Flickr

「蘇東坡が友人とのおしゃべりに夢中で、肉を煮ていたのを忘れてしまったことからこの料理が誕生したという逸話をベースに、このように目の前でグツグツと煮立っていたら、肉を煮ていることを忘れることはなかっただろう…ということを詠みました」とは木杓の弁。しかし、素直に解釈すると「こんな風に(湯気とともに)登場したら、東坡肉も印象に残りそう」という風にも読み取れます。

俳句はたった17音ゆえに、内容を盛り込み過ぎると意味不明になり、省略が多く語らなさすぎると伝わらないのが難しいところ。読み手に伝わり、共感されるにはどこをどう切り取るか、ということも大切です。

東坡肉地獄の釜の激りかな 泥頭

器の穴から湯気を噴出す器を「地獄の釜」と表現したおかしみのある句。「激り」は「たぎり」、湯が煮え立つ、沸騰するさまを言います。こちらはさしづめ「東坡肉の釜ゆで地獄」といったところか。

また、メインの東坡肉だけでなく、皿に残ったソースをぬぐって食べるための中華パンを詠んだ句もありました。

銀絲巻
しっかり写っておらず恐縮ですが、これですね。

銀絲捲割れば音色の出さうかな 漁太

銀絲捲(銀絲巻/インスーチュェン)とは、細く糸状にした生地をさらに大きな生地で包んだ小麦粉料理。内包した細い生地によって独特の弾力と食感が得られ、揚げてもおいしい点心です。
「インスーチュェンという音が、鈴の響きのようにきれいだなと思って」と漁太。東坡肉の名脇役を主役に、味や食感ではなく、発音そのものを表現したところに新鮮さがあります。聞き慣れない料理だからこそ生まれた句といえましょう。

そして料理は〆の麺料理、刀削麺へ…。なんと、実演付きです!

≫つづく:真っ直ぐに鍋へ飛びつく刀削麺

≫中華句会の遊び方
≫第1回中華句会「チャイニーズテラス ルウロン」編


Text:佐藤貴子(ことばデザイン)
Photo:佐藤貴子(ことばデザイン)、小杉勉