日本の中国料理界のトップランナー、井桁良樹オーナーシェフが、古きよき四川料理を学ぶため、成都の名店に「弟子入り」した。

そして、現地で修行を断続的に続けながら、2018年9月13日に開業した店が老四川 飄香小院である。

六本木ヒルズ ウエストウォーク5Fにオープンした「老四川 飄香小院」外観。

開業にかける想いを、井桁シェフはこう話してくれた。

「店を13年間続けてきて、春夏秋冬ずっとメニューを考え続けてきたわけですが、『本来、私がやりたかった料理は何だろう?』と立ち止まって考えてみると、今の店名にも掲げている“老四川”、すなわち昔ながらの四川料理なんです」。

伝統的な四川料理と新しい四川料理の違いとは?

ところで“老四川”を語る前に、まずは四川料理について整理しておこう。その系統は、誤解を恐れず言うならば、大きく分けて3つある。ひとつは井桁シェフが志す、昔から伝わる四川料理(経典川菜)。もうひとつは90年代以降に生まれた、新しい四川料理(新派川菜)、そして各地の名物となっている地方料理だ。

まず、伝統的な料理として挙げられるのは、麻婆豆腐や魚香肉絲宮保鶏丁など、技法が確立されている料理の数々。日本に“おかず”として定着した家庭料理(家常川菜)といったら、わかりやすいかもしれない。

また、宴席を中心とした老舗の料理には、乾物のナマコやフカヒレを戻したふくよかな煮込み、うす味の上品なスープなど、今の日本人がイメージする”麻辣味”とは異なる、滋味深い料理も数多くある。

成都市「轩轩小院(軒軒小院)」の本家坛子肉(本家壇子肉:ベンジャータンズーロウ)。豚バラ肉を干し椎茸や栗と一緒に、甕でコトコト煮込む。とろけるような食感が後を引く。

一方、新派は1990年前後から創作され始めた、新しい四川料理を指す。他の地域の影響も受け、内陸の四川省ながら海鮮を取り入れた料理や、斬新なプレゼンテーションの料理、伝統的な料理をベースにアレンジした料理がこれに当たる。例えば、泡椒墨魚(パオジャオムォユー:新鮮なイカと漬物の炒め煮)などがそうだ。

重慶市の会員制レストラン「重庆当代芸术中心」の前菜。現代的なプレゼンテーションだ。

最後に地方料理。これは地方によってさまざまな特色があるが、代表的なものが江湖菜(ジャンフーツァイ)だろう。重慶発祥の料理で、見た目も味も豪快。カジュアルに楽しめる庶民的な料理が多く、人気を博している。

重慶市「歌乐山辣子鸡(歌楽山辣子鶏)」の看板料理・辣子鶏。日本では、揚げた鶏肉に唐辛子を炒め合わせたビジュアルだが、本場では山盛りの唐辛子に埋もれるようにして、親指の先ほどの鶏がある。

この中で「老四川 飄香小院」のメニューに並ぶのは、伝統的な四川料理だ。日本では知られざる珍しい料理もある一方、誰もが知っている青椒肉絲のような料理にも、井桁シェフが解釈して伝える味がある。

現代に生きる料理人が新しい料理を生み出す中、このチャレンジは時代に逆行しているかもしれない。しかし、そこに感じるのは「四川の伝統の味を継承する料理人として生きていく」という明確な意志だ。

80C(ハオチー)では、そんな井桁シェフの想いとともに、名店への「弟子入り」を通じて得たことを、新店の開業にあわせて伺った。

「老四川 飄香小院」をオープンさせた井桁良樹オーナーシェフ。手にしているのは「中国川菜松雲門派技藝傳承人」と書かれた、松雲門派弟子入りの証。2018年の1月、3月、5月と、断続的に成都に渡り、今も修行を続けている。

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