ごはんのおかずとして、日本の家庭でも親しまれている回鍋肉(ほいこーろう)。もともと四川料理だが、日本式と四川式は別物。食べ比べると、違う料理かと思うほど違う。
詳しくは「日本の回鍋肉と四川の回鍋肉はどう違う?」という記事で、回鍋肉が回鍋肉たる理由をご確認いただくとして、四川式の特徴をまとめると以下の4点になる。
・ゆでた皮付き豚の外モモ肉、または皮付きの豚バラ肉を使う。
・野菜は葉にんにくを使うことが多い。ただし賄いや家庭ではその旨ではない。
・調味料は豆瓣醤(とうばんじゃん)と豆豉(とうち)の味がしっかり。甘くない。
・皿の上は赤々として肉々しい。
食べれば一瞬でわかるのだが、この豆瓣醤・豆豉・甜麺醤という調味料のバランスが、どう転んでもご飯がすすみ、ビールがすすみ、またご飯がすすむ。料理は時代とともに変化していくが、飽きられずに長年受け継がれる味とは、まさにこういうものだろう。
ではこの味、どうやって作られるのだろうか。
成都で修行した北村和人さんに、ガチ回鍋肉のレシピを聞きました。
向かったのは、東京・吉祥寺の『中國菜 四川 雲蓉(ユンロン)』。オーナーシェフの北村和人さんは、四川省の省都・成都で修業し、現地で回鍋肉を食べ、つくり、その味を伝える料理人だ。
修行をしたのは『梓楠餐厅』と、四川伝統料理を出す名店『芙蓉凰花园酒樓』の二店。特に後者は、成都滞在中に現地料理雑誌の編集長と知り合い、頼み込んで奇跡的に働けることになった憧れの店だ。
四川人以外はなかなか厨房に入れない中、そこでしっかり鍋を振ってきた北村さん。帰国後は日本の四川料理の名店『飄香(ピャオシャン)』をはじめ数店舗で経験を積み、2018年に『雲蓉(ユンロン)』を開業した。
現在は四川で学んだ技をベースに北村流の料理を出すほか、在日四川人のリクエストで、四川省の“地方縛り”でコースを出すなど、他店ではなかなかできない料理にも応じている。そんな“四川の味”にがっちりコミットした北村さんの回鍋肉、否が応でも期待は高まる。レシピは以下の通りだ。
『中國菜 四川 雲蓉(ユンロン)』の回鍋肉レシピ
※コースの一品として出すときは8人前の分量。家のおかずなら3~4人前。
<主材料>
皮つき豚バラ肉 280g(※ゆでた状態で軽量。店では16スライス分)
葉にんにく 75g
<薬味>
にんにく 6g
<調味料>
醪糟(ラオザオ=酒醸:ちゅーにゃん) 25g(甘酒で代用可)
甜麺醤 6g
豆瓣醤(豆板醤) 25g
豆豉(トウチ) 10g
醤油 少々
紹興酒 大さじ1(ない場合は料理酒で代用可)
植物油(大豆油) 大さじ3
ラード 大さじ1(ラードがない場合は植物油で代用可)
<豚肉の下処理>
葱(青い部分)1本分
生姜 数片
花椒 数粒
四川式回鍋肉の主材料は、皮付き豚バラ肉と葉にんにく。北村さんは、越後もち豚の皮付き豚バラ肉を使用。調理後もやわらかな食感が保て、風味がよく、他の料理にも使いやすいからだどいう。
一方、葉にんにくは収穫時期が11月~5月で、それ以外の時期は冷凍品が主流。夏場はニラや万願寺唐辛子、ピーマンなどを使おう。
調味料は、豆瓣醤をメインに、豆豉(トウチ)、醪糟(ラオザオ=酒醸:ちゅーにゃん)、甜麺醤が脇を固める。
なかでも分量が多く、味を左右するのが豆瓣醤だ。それだけに、店ではこだわりもある。
「うちでは家常豆瓣醤、郫県豆瓣醤(ピーシェンドウバンジャン)、豆瓣(ドウバン:カビ付けして乾燥させたそら豆。現地ではこれが豆瓣醤のもととなる)、蒸したそら豆で仕込んだ自家製豆瓣醤などをブレンドし、油を加えてやわらかく使いやすい状態にしています」
さすがに家で4種ブレンドはなかなか真似できない。そこで使いやすさの観点からおすすめしたいのは、あらかじめ油が加えてある家常豆瓣醤。もし、郫県豆瓣醤を持っていたら、そこに発酵が浅めの豆瓣醤をブレンドしてもいいだろう。
それでは調理プロセスを追っていこう。
1:豚肉を塊のままゆで、常温まで冷ます。
最初にやるべきことは、豚肉の下ごしらえだ。鍋にねぎ、生姜、花椒を数粒入れて湯を沸かし、沸騰したところで豚バラ肉を塊のまま、中弱火で約15分ゆでる(500gの塊でゆでた場合)。この状態だと85%くらい火が通っている。肉塊を取り出したら、余熱で火を入れつつ、常温まで冷ます。
2:豚肉を薄切りにする。
豚肉が冷めたら、1枚1.5㎜~2㎜の厚さにカットする。熱いままだと肉汁が出てしまうし、切りにくいので必ず冷ましてから切るようにしよう。
「店でコースで出すときは、1人前2枚盛り付けています。今回は皿に4人前8枚で盛り付けたらちょっと寂しかったので、16枚でいきます」
3:香味野菜(葉にんにく・にんにく)を刻む。
葉にんにくは長さ5㎝、にんにくは叩き潰してから粗みじんに切る。にんにくは叩いて繊維を崩してから刻むと、加熱したとき口当たりがよくなる上、香りもよく立つ。
4:鍋に油を入れる。
肉と野菜の下ごしらえが終わったら、炒めの工程に入る。中華鍋やウォックパンに大豆油とラードを入れて鍋肌にしっかりと回す。油は控えめよりも多めがいい。油が足りないと、仕上げに赤々とした辣油が皿に溜まらなくなり、四川の回鍋肉らしさが出てこないからだ。
参考までに、中華鍋を使うときは煙が出るまで熱してから油を入れよう。そうすると焦げつきが防げる。空焼きで温度が上がり過ぎたと思ったら、鍋を火から離し、少し冷ましてから油を入れればよい。
5:弱火で豚肉を煎り焼きにし、肉から脂を出す。
油を入れたら火を弱め、鍋の温度を下げる。そこにカットした豚肉をできるだけ被らないように並べ、豚肉の脂がじわりと出てくるまで表面を煎り焼きにする。
「肉を加熱するときは、強火はダメです。強火で焼いてはすぐ焦げてしまいますし、回鍋肉の理想の形と言われる灯盞窩(ドンジャンウォ:古代の灯篭の傘の形)にもなりません」
6:調味料とにんにくを加え、弱火で香りが立つまで炒める。
肉の脂が溶けてきて、皮の部分が少し縮んだら調味料を入れるサインだ。調味料を入れる順番は、醪糟(酒醸)と甜麺醤が先。加えたら、弱火のまま全体を軽く炒める。
続いて豆板醤、豆豉、にんにくを加え、弱火のまま炒める。
「にんにくは先に炒めず、調味料と同時に入れるのがポイントです。先に炒めると焦げてしまいます」
豆板醤とにんにくの香りが立ってきたら、全体をやさしく混ぜる。引き続き火力は弱めで、焦がさないように。
7:葉にんにくを加えて、ざっくり混ぜる。
肉が調味料と油をまとった状態になったら、ここからは一気に強火モードだ。まずは葉にんにくを一度にドサッ!
8:酒を加えて煽る。
酒を加えて、豚肉、調味料、葉にんにくを強火で炒める。時間は3~4秒!
9:醤油、砂糖を加えて煽る
さらに醤油をたらりと回しかけたら、強火のまま鍋を煽る。この時間も3秒だ。「仕上げの強火は、鍋で煽った香り、“鍋気(グォチー)”を引き出すためです」
じゅわあああ! 勢いよく食材が焼けて蒸発する音がしたら、サッと引き上げ皿へドン!
やっと会えたね回鍋肉!
どうだ!と言わんばかりに肉々しい、四川式の回鍋肉。がぶりといくと、豚バラ肉の肉汁と脂とともに、豆瓣醤と豆豉のうまみが口にジュワッと広がる。意外にも後味はふわりと丸い。これは醪糟(酒醸)と甜麺醤の甘味だろうか。
「躊躇せずに油をたっぷり使うのも、回鍋肉のポイントかもしれません」。そう北村さんが言う通り、皿には豚バラ肉の脂を孕んだ赤々とした辣油が溜まっている。そこに粗みじんのにんにくや豆豉が点在していて、これがまた白米を呼ぶのだ。気持ちを察してか、羽釜でごはんを炊いていてくれたので、遠慮せずにごはんにオン!
見ての通り、回鍋肉は豚肉を味わう料理である。最初は弱火で肉を煎り焼きにし、最後だけ強火で煽ったことで、肉のやわらかなうまみと香ばしさの両方が引き出されていた。そこに葉にんにくのしっかりとした食感と、ほの甘さがアクセントとなって箸を進ませる。
「本場の回鍋肉は、油はたっぷり使っても、油っこさを感じさせません。料理人やエリアによっては、油と水分を乳化させたり、片栗粉で止めたりする人もいますが、そうすると全く違う味わいになってしまいます。四川の回鍋肉は、具と油は乳化させず、しっかり分離しているので重たくならないんです」
皮付き豚バラ肉の入手と調味料不足の解決方法は?
多くの人が中華でイメージする片栗粉のとろみや、いきなり炎が立つような強火は、回鍋肉には不要だということがわかった。手順通りやれば心配不要。しかし「材料がないよ」と思った人もいるのでは?
まずは皮付き豚バラ肉をどうやって入手するか。方法としては、大きく2つある。1つは通販。もう1つは地元の精肉店や、少し大きめの精肉店に相談すること。
前者はデンマーク産やカナダ産など外国産の肉で冷凍が多く、後者は国産のチルドが手に入る場合がある。もちろん、皮がなくても同じように調理はできるが、同じように作ってみたい方はトライしてみよう。
また、調味料がなかなか揃わない場合はどうするか。これは、調味料の数を減らすか、代替することで対応できる。なぜなら、回鍋肉はレストランの料理であるとともに家庭料理でもあり、もっとシンプルに調理できるからだ。
その中でも、四川式の味に欠かせないのは豆瓣醤、豆豉、甜麺醤。これだけは揃えていただきたい。一方、なくても成立するのは醪糟(酒醸:ちゅーにゃん)とラードだ。醪糟は甘酒や少量の砂糖で代用し、ラードは植物油で代用する。
そこで次のページでは、北村さんが成都修行時代に食べていたという、よりシンプルな味付けで野菜が入った賄い回鍋肉と、店のスペシャリテのひとつ、あんこともち米入りの回鍋肉をご紹介しよう。回鍋肉のイメージを覆す、想定外のビジュアルが登場する。