日本人の米に匹敵する調理多様性と存在感!西安人の主食・饃(モー/馍/小麦粉で作られた主食)

西安の食を語る上で決して欠かすことができないのが、饃(モー)。西安人の主食である。
饃は、小麦粉をこねた生地を茹でる以外の方法で加熱したもので、かつ、中に餡が入っていない食品の総称だ。大きさや形状、生地を発酵させるか否か、焼く、蒸す、揚げるといった加熱方法によって、種類が分かれる。食感だけ見ても、カリカリのもの、ふわふわのもの、もっちりしたもの、カチコチのものなど実に様々で、それぞれ食べ方も異なるのが面白い。ここでは饃を使った料理の代表選手に触れよう。
まずは、陝西式ハンバーガー・肉夾饃(ロウジアモー)。焼いた円盤型の饃に切れ目を入れて、豚三枚肉をトロトロに煮込んで細かく刻んだ腊汁肉(ラージーロウ)を挟む。八角や桂皮のほか様々な香料の風味が効いた豚三枚肉は果てしなく柔らかく、香ばしい生地に煮汁が染みて、とても旨い。

肉夾饃に使われる饃は、白吉饃(バイジーモー)という。発酵促進のため砂糖を加えた生地が特徴で、薄く細長く伸ばした生地を端からぐるぐると巻き、上からつぶして底の広いお碗型に成形する。鉄板でまずお碗の底を焼き、底に焼き色が付いたらお碗を円盤型につぶして全体を焼き、反対側も焼く。こうすることで、独特の焼き目が付く。
焼きたての白吉饃は、小麦の風味が豊か。表面はカリッと香ばしく、中は程よくもっちりしていて、ナポリピッツァのコルニチョーネ(ふちの部分)を思わせる。単体で食べても、実に旨い。

続いては、泡饃(パオモー)だ。西安に行ったら必食の小吃で、手で細かくちぎった饃を熱々のスープに入れて食べる。スープには様々な種類があり、それぞれが西安人のソウルフードだと言っていい。
泡饃の饃は、飥飥饃(トゥオトゥオモー)と呼ばれる。円盤状にこねた生地を、鉄板の上で何度もひっくり返しながら焼き上げる。無発酵生地で作るもの(硬麺饃、定麺饃)と無発酵生地に発酵生地を混ぜるもの(軟麺饃)の二種類があり、前者の方が硬い。西安人は、スープの種類によって饃を使い分けるのである。


僕が度肝を抜かれたのは、饃を手でちぎる掰馍(バイモー)という行為そのものだ。饃をちぎる理由は、スープの味を饃に染み込みやすくするためであるが、ちぎる細かさが尋常ではない。
円盤状の饃をいくつかに割って、それぞれを内側から二つに割く。割いた塊を片手で持ち、もう片方の手で細かくちぎっていく。ちぎってちぎってちぎってちぎる。それはもう実に執拗で、直径10-15㎝の饃を小指の爪ほどのサイズにちぎってバラバラにするのである。
しかも、饃をちぎるのは、客の役目なのだ。飥飥饃(特に、無発酵生地)はみっしりと硬い。半分に折るにも力が要るし、それを細かくちぎるには指先に力を入れ続けねばならない。結構な重労働なのだが、西安人にとってはお茶の子さいさいで、みな周囲の仲間と談笑しながら、手元も見ずにすいすいとバイモーを進めていく。


完全にバイモーを終えるまで、どのくらいの時間がかかるのだろうか。「バイモー2時間、食べるのは十数分」なんて俗語もあるそうだが、それはさすがに大げさとして、西安人でも優に10分から20分はかけていたように思う。
そして、なんとも驚くべきことに、このバイモーの時間こそが、西安人の社交の手段なのだそうだ。彼らにとって、泡饃は毎朝のように食べるもの。馴染みの店で馴染みのメンツと顔を突き合わせて長々とバイモーをしていれば、会話が生まれるのは自然なことだと理解はできる。だが、酒や茶を飲むのではなく、パンのようなものをちぎることが社交の手段になるとは…。世の中は広いと思わされた次第だ。

西安を訪れた際は、是非ともバイモーに挑戦して欲しい。あらかじめちぎったものを準備している店もあるが、それは主に観光客向けだ。最初はへとへとになるだろうけど、みっしりとした饃を手でちぎる触感も、そこにかける時間すらも、泡饃の味のうちだと思えば、頑張れるはずだ。料理は舌だけで味わうものではないのである。
このように、単に主食だけの地位にとどまらず、社交の手段にすらなっている饃。他にも様々な饃(モー)があり、果てしない数の饃料理がある。単なる粉ものと侮るなかれ。饃の世界はかくも奥深い。では、バイモーの苦労はどのような形で報われるのか。それは次のページでご覧いただこう。
>陝西省西安で食べるべき料理3選③ ちぎってちぎって、ちぎった末にスープを吸って生まれるもちもちの食感!泡饃(パオモー/泡馍/モーのスープ煮)