中国料理FROM天台山!当企画は、2021年にオープンした中国浙江省の山岳リゾートホテル「星野リゾート 嘉助天台(かすけてんだい)」総料理長・山口祐介さんの中国食探訪記です。仏教の聖地・天台山から、ここに住み、食を生業として働く料理人の目線で見た《中国の食》をご紹介します。★1回目から読む方はこちらからどうぞ!

みなさんこんにちは、山口です。2021年2月から2年4ヵ月間、中国・浙江省台州市の山の上、天台での仕事と暮らしを経験し、2023年の夏、帰国することになりました。

その間、図らずもコロナ禍で海外から来ることは難しくなってしまったのは残念でしたが、予想だにしなかった動きもありました。この数年で、台州料理が中国の料理業界でトレンドになっていったのです。

正直なところ、僕がここに来た頃は「台州にいます」といっても、日本人はもちろん、同じ省内の浙江省に住む中国人でさえ「どこ?」と言われる、知名度の低い場所でした。

しかし、近年は台州料理を出す店が北京や上海などの大都市にオープンし、ミシュランの星を獲得したり、台州料理ができる料理人の引き合いが強くなっています。縁あって台州に来ましたが、僕は今現在、日本一台州料理に詳しい日本人料理人といえるかもしれません…!

幸い、中国への渡航はビザが解禁され、往来が回復しつつあります。そこで近い将来、台州に来たいと思っている方のために、シリーズ総まとめとして、台州で食べるべき郷土料理とソウルフードの小吃を前編・後編に分けてご紹介します。

鮮度&ラード命!東シナ海の鮮魚の煮込み「家焼魚(ジャーシャオユィ)」

まず、なにをおいても台州で必ず食べてほしいものといえば、東シナ海沿岸で水揚げされる新鮮な魚介類です。

特にこの地でトップクラスの人気を誇るのが、フウセイやキグチ(黄鱼|黄魚)、マナガツオ(鲳鱼|鯧魚)、タチウオ(帯鱼|帯魚)。中でもスーパースター級の魚といえば天然ものの大きなフウセイ、大黄魚(ダーファンユィ|dàhuángyú)です。

フウセイやキグチはイシモチと同じニベ科の魚の一種で、腹部を中心に、明るい黄色みを帯びているのが特徴です。しかし、イシモチとは価格が段違い。

例えば、台州を代表する高級店「新荣記(シンロンジー|新荣记)」で、近海で釣った野生大黄魚(天然のフウセイ)を注文すると、1斤1,000元~2,000元(500g約17,000円~34,000円)という値段も珍しくありません。この値付けからも、いかにこの魚が地元で大事にされているかがわかります。

「新荣記」の臨海本店にて、野生の中黄魚。魚は現物を見ながら選べます。価格は1斤1,580元(日本円で500g31,600円相当:2023年7月現在)。

1尾180万円相当も!台州人が愛してやまない黄魚とは?

そんな黄魚は、大きく3種類に分けられます。まず、最も高価なのが、浙江省寧波から台州の沿岸で1本釣りされた天然もの(野生大黄魚)。

これらは1尾3斤(1.5kg)はある大物も多々。ちょっと耳を疑うかもしれませんが、高級レストランで食べると1斤(500g)30,000元(約60万円)、つまり1尾180万円相当の価格がつきます。日本の感覚ではちょっと信じられないですよね。

およそ3斤(1.5kg)くらいの野生大黄魚(天然もののフウセイ)。唇、腹、ヒレが黄色みを帯びているのが特徴です。

次に高価なのが、天然に近い環境で、深海で養殖された黄魚です(半野生黄魚)。こちらは浙江省寧波から台州沿岸にある小島のそばで育てられており、天然に比べるとぐっと手の届きやすい価格になります。

特色深海黄魚、すなわち深海養殖の黄魚。地元のレストランで1尾168元(日本円で約3,360円相当:2023年7月現在)です。

最後に、台州のスーパーなどで売られているのが、近海の浅瀬で養殖された黄魚です。こちらは1斤(500g)60元(約1,200円)前後。発泡スチロールの箱に詰められ、中国各地に発送されているのはこの黄魚になります。

一般的な黄魚。
海鮮市場でトロ箱に入れられた黄魚。

では、どうやって天然か養殖かを見分けるのでしょうか。最も簡単な方法は、手ビレを頭側にひっくり返したときに、ヒレが魚の目にかかれば天然、短くてかからなければ養殖だと言われます。そういわれてみると、最初にご紹介した「野生大黄魚」の写真は手ビレが長いと思いませんか?

加えて、黄魚は大きさによって大黄魚、中黄魚、小黄魚と呼び分けられており、大きなものほど高くなります。思えば、台州の食材で、黄魚ほど細かく分類されているものはないかもしれませんね。

黄魚の定番の調理方法は家焼魚(ジャーシャオユィ)。台州式の魚の煮込みです。

なお、資源保護のため、この近海では定期的に禁漁期が設けられており、期間中は漁ができるエリアが制限されます。地元が誇る大事な海の幸ですから、このあたりの管理はしっかりしています。

家焼魚(ジャーシャオユィ)の作り方

これら黄魚をはじめ、東シナ海近海の鮮魚は定番の調理法があります。それは家焼魚(ジャーシャオユィ|jiāshāoyú|家烧鱼)、すなわち、台州の地元スタイルの煮込み料理です(家=地元式、焼=煮るという意味)。

家庭とレストランでは少し手のかけ方が異なりますが、家焼魚の作り方は至ってシンプル。まず、中華鍋に塊のままのにんにく、生姜、エシャロットまたは玉ねぎ入れてラードで炒め、そこに魚を入れて軽く煎り焼きます。

次いで、家庭なら熱湯、レストランなら熱々の魚の白湯(パイタン)スープを注いで強火で炊き、ラードと水分をしっかりと乳化させます。最後に乾燥唐辛子を1~2本入れて軽く味を引き締め、片栗粉などで留めずにサラッと仕上げたらできあがり。

口にすると、ふわっと軟らかな魚の身がほどけ、ラードと魚のうまみが溶け合ったスープが実に食欲をそそる、ザ・台州な一皿の完成です!

「新荣記」のマナガツオの家焼魚。煮込みスープはラードと魚のスープが乳化してコクのある風味に。手づくりの年糕(モチ)を添えています。Photo by Takako Sato

味が足りない?調理場で感じる中国各地の食の嗜好

この料理で目指す仕上がりは鮮嫩(シェンネン|xiānèn)、すなわち、素材のうまみが生きた軟らかな食感です。しかし、これを同じ中国でも東北地方のお客さんに出すと「味が足りない」と思われることがあります。

なぜなら、東北地方の魚の煮込みは、魚を一度揚げてから表面をスポンジ状にした後、調味料で煮込んで味を入れるのが基本。最後に片栗粉で煮汁を留めて、魚にしっかりと調味料の味を絡めます。

一方、台州では、魚は軽く煎り焼きにするのみで、片栗粉でとろみをつけることもありません。それは、この土地に鮮味(シェンウェイ|xiānwèi|素材のうまみ)を愛する文化、前出の鮮嫩(シェンネン)を良しとする文化があるからです。こうした違いを目の当たりにしたとき、中国大陸の広さ、そして地域による嗜好の違いを感じますね。

イシモチ(左)、マナガツオ(中)、カサゴ(奥)の家焼魚。レストランで雑魚と書いてある場合は、その日おまかせの魚の煮込みになります。

そもそも台州の中でも浙江省南方沿岸部の臨海、椒江あたりで育った人たちは「我こそが海鮮の味を知る者ぞ」というプライドを持っています。

それは地元出身の料理人も同じ。日々厨房で会話をしていると、「俺たちは海鮮で育ったぜ」という意識を随所で感じますし、営業前に「今日のお客さまは臨海の人だから」という話がでると、厨房がちょっとざわつくこともあるほど。

鮮度のいい魚介を使い、その持ち味を最高の状態で味わってもらうことこそ、台州人の誇りなのです。

白魚も青魚も甲殻類もいける!めくるめく家焼(ジャーシャオ)の世界

そんな台州ならではの家焼魚ですが、前出の通りフウセイ、キグチ、マナガツオをはじめ、サワラ、カサゴなど白身魚から青魚まで幅広い魚種が用いられています。

サワラの家焼魚。港町・三門の市場の近くで食べたもの。

魚だけでなく、蟹やエビなどの甲殻類もアリです。蟹は可食部分が少ないことから、汁をじゃがいもに吸わせるのが定番の組み合わせ。エビは赤色が際立つよう、料理人によっては水媽媽辣油(シュイマーマーラーヨウ:水妈妈辣油)と呼ばれる、辛くない辣油を入れてつくることも。もちろん、台州人なら死んでいる蟹やエビは“論外”ですよ。

家焼蟹。青蟹とじゃがいもの組み合わせです。
家焼蝦。水媽媽辣油を入れて煮ると、汁が乳化したときに赤みがかった色に仕上がります。

台州ではどの家の台所にも自家製のラードの入った壺がありますが、これこそが台州料理の味の決め手。また、同じ台州市内でも、山の上の天台にいくと、家焼は土焼(トゥシャオ|tǔshāo|土烧)という呼び方に変わり、山の中で獲れた渓流の魚、鮎などが用いられます。

土焼の意味は一緒で、地元の煮込みというニュアンスですね。機会があれば、同じ台州市内でも、山の上の天台と、台州市の中心地とで、家焼魚を食べ比べてみるのもいいでしょう。

極上品は指四本の太さの1本釣り!台州人が愛するタチウオ

家焼魚ではありませんが、冒頭で触れたタチウオも外せません。タチウオはフウセイやキグチ、マナガツオに負けず劣らず人気のある魚ですが、これだけは家焼魚にせず、大根とともに煮る(蘿蔔糸帯魚|萝卜丝带鱼)か、醤油煮込み(紅焼帯魚|红烧帯鱼)か、香ばしく揚げたり、煎り焼きにする(干煎帯魚|干煎带鱼)のが定番の食べ方です。

なかでも香ばしく煎り焼いた干煎帯魚(ガンジェンダイユィ)は、ぜひとも食べていただきたい一品。 サクッとクリスピーな食感と、ほろっとした真っ白な身のコントラストが身上で、料理人としては調理技術の試される一皿でもあります。

サクッとクリスピーな食感と、ほろっとした真っ白な身のコントラストがたまらない「新荣記」の黄金脆帯魚。photo by Takako Sato

もちろん台州ですから、新鮮なタチウオでなければ料理にはなりません。大人の指4本分の幅のあるものが極上とされ、小眼晴帯魚(小眼睛带鱼)と呼ばれる、目の小さなタチウオはさらに価値が上がります。

また、下の写真のような一本釣りの天然のタチウオは価格が2倍に。こうした基準がはっきりしているのも中国的で、この界隈ならではといえます。

一本釣りのタチウオ。口に釣り針が刺さっているのがその証明です。
台州では、タチウオは大人の指4本分の太さが食べて最もおいしいサイズと言われています。

気づけば台州の定番の魚料理、家焼魚(ジャーシャオユイ)だけでも語ることがたっぷりあったので、他の料理は後編にてご紹介したいと思います。

後編では、イソギンチャクの煮込み、独特の風味がクセになる白水洋豆腐、節句や人の集まりに欠かせないソウルフードの小吃を一挙公開。当連載の総集編です!

続けて読みたい>中華の真髄は郷土料理にあり!今注目される台州料理総まとめ[後編]山口祐介の江南食巡り⑧


語り・写真:山口祐介
聞き手:サトタカ(佐藤貴子)