これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を毎月伝える連載です。 ◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。 |
ライター:酒徒(しゅと)何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。中国生活は合計9年目に突入し、北京・広州を経て、現在は上海に在住。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下@上海』を更新中。Twitter:@shutozennin |
今月の舞台は、陝西省(せんせいしょう)の省都・西安市。かつて長安と呼ばれたこの街の歴史は、実に三千年以上に及ぶ。
紀元前12世紀に西周が都を置いて以来、13もの王朝がこの地を都とした。綿々と続く中国の歴史の中で、最も長い間、都であった都市である。シルクロードの東の最重要拠点としても栄え、唐代(7~10世紀)には世界最大の都市でもあったという。
市の中心部には明代の城壁が現在も保全されており、古都としての風格は十分。秦の始皇帝陵と兵馬俑坑、唐の玄宗が楊貴妃と遊んだ華清池、玄奘三蔵が西域から持ち帰った経典を蔵する大雁塔など、歴史遺産の宝庫でもあり、世界各地からの観光客が引きも切らない。
現在の人口は、約1,000万人。10世紀以降、都の座こそ他所に譲ってはいるが、今なお中国西北部最大の都市である。現代版シルクロード構想「一帯一路」では中枢都市のひとつに指定されており、今後も更なる発展が見込まれている。
では、西安で食べるべきものとはなにか。古都のイメージから豪華絢爛な宮廷料理を想像する人もいるかもしれないが、実のところ、西安の名物料理のほとんどが庶民的な小吃(軽食・おやつ)だ。陝西省は粉食文化圏なので、特に粉もの系の小吃が幅を利かせている。
どれも地味ではあるが、地味なものにこそ滋味がある。いざ現地で食べてみたところ、僕はその旨さと奥深さに驚かされた。中でも、とある粉ものを食べる過程が、西安人同士の社交の手段にまで昇華されていることを知ったときは、開いた口がふさがらなかった。
これだけでは何を言っているか分からないだろうから、是非本編を最後までどうぞ。中国が世界に誇る「千年古都」の不思議な食文化に、きっとあなたも魅了されるに違いない。
1)”ビャンビャン麺”として日本でも伝播中!biang biang麺(陝西式 超幅広ぶっかけうどん)
biang biang麺(ビアンビアンミエン)は、西安市を含む関中(地域名)の名物料理だ。
味よりも先に、名前に注目が集まりがちな料理である。なぜアルファベット表記なのか。それは、通常のフォントではbiangの字を表示できないからだ。
全57画(56画、58画とする説もある)。関中にのみ伝わる方言字で、こんなに複雑なのに、biang biang麺の名前にしか使われないという意味不明さである。この文字を書くための覚え歌が少なくとも6種類以上存在するそうだが、覚えても使い道がなさすぎてつらい。
この文字の成立過程には、謎が多い。封建時代の名もなき書生が作ったとか、秦の宰相・李斯が発明したとか、様々な説があるが、どれも後付け感が強い。近代以前の文献にこの文字が見当たらないことから、そう遠くない昔に麺屋が宣伝のために作り出したのではないかという説もあるほどだ。
読み方も独特だ。陝西方言特有の発音で、普通話(標準中国語)では発音できない。日本では「ビャンビャン麺」という表記が広まりつつあるが、片仮名で書くなら「ビアンビアン」の方が実際の音に近いようだ。
では、「ビアンビアン」が何を意味するかと言えば、これもはっきり分からない。基本的には擬音のようで、①麺を湯に放り込む音、②麺を咀嚼する音、③麺を打つ音、などの説がある。僕としては③の説が一番それらしく思えるが、どうだろう。
文字も発音も奇抜なので、近年、中国国内でも高い知名度を得ている。仮に昔の麺屋が宣伝のために作ったという説が正しいとするなら、そのマーケティング戦略は大成功を収めたと言えそうだ。
biang biang麺の特色は、麺の形状にある。まるで一反木綿のようで、きしめんより幅が広く、長い。結構な厚みがあり、歯応えはむっちりとしている。小麦粉を練った生地をいくつかの塊に分け、麺棒で牛の舌のような形にのしたあと、両端を手で引っ張って伸ばすのだそうだ。
食べ方は色々あって、汁麺にもするし、和え麺にもする。和え麺にかける具は、西紅柿炒蛋(トマトと卵の炒めもの)、腊汁肉(豚肉のトロトロ煮込み)、肉臊子(黒酢や漢方食材で炒め煮にした賽の目切りの豚肉)、炸醤(肉味噌)あたりが定番で、その全てをいっぺんにぶっかける豪華版もある。だが、僕のイチオシは、最もシンプルな「油潑(ヨウポー)」だ。
油潑とは「油をぶっかける」という意味だ。茹でたての麺を碗に盛り、その上に刻んだ葱、塩、醤油、黒酢などと共に陝西産の唐辛子粉をたっぷりとかける。そこに、煙が出るほど熱した菜種油をジュワーッとかけ回すのだ。碗からはパチパチッという音が鳴り響き、その音は碗が客のところに運ばれてくる段階でもまだ消えない。
碗から立ち昇るのは、香りの奔流だ。油の熱によってタレや薬味の香りが一気に高まり、鼻をくすぐる。碗の底から麺をかき混ぜると香りは更に強くなり、猛烈に食欲を刺激する。特筆すべきは、唐辛子粉の香りだ。陝西産の唐辛子は、辛味はそれほど強くない一方で、驚くほど華やかな香りを放つのである。
全体がまんべんなく混ざったら、一反木綿をガバリと頬張る。むっちりとした麺は、噛むたびに小麦の香りと甘味が広がる。その麺に菜種油の香ばしさ、醤油のコク、黒酢のまろやかな酸味、唐辛子粉の程よい辛味といったものがからみ、口の中に旨味が満ちていく。
油潑の具は至って質素で、せいぜい茹でた青菜と豆もやしが入る程度だ。だが、無念無想で箸を動かしているうちに、その質素さとは裏腹の満足感が身体一杯に広がっていく。毎回、気付けば碗は空になっているのである。
シンプルな味わいの油潑こそ、biang biang麺、ひいては西安の麺の魅力を最もストレートに味わえるのではないかと思っている。