中国料理FROM天台山!当企画は、2021年にオープンした中国浙江省の山岳リゾートホテル「星野リゾート 嘉助天台(かすけてんだい)」総料理長・山口祐介さんの中国食探訪記です。仏教の聖地・天台山から、ここに住み、食を生業として働く料理人の目線で見た《中国の食》をご紹介します。★1回目から読む方はこちらからどうぞ!

里山に春の訪れを告げる筍。日本でも3月から5月にかけては新筍の季節ですね。日本では福岡、鹿児島、熊本など、筍の主要産地は南の方に多い印象ですが、僕が住んでいる天台も筍の産地として知られています。

第1回目の連載でもご紹介したとおり、笋茄(スゥンチェ|sǔnqié)と呼ばれる塩漬け干し筍はこの地域の特産品。新鮮な筍は1月初旬から冬筍として出回り、3月初旬からは春筍が麓の市場に並びます。

麓の市場にて。春筍は皮付きが1斤(500g)5~6元で売られています。
あらかじめ皮をむいて売っているものもあります。こちらは1斤(500g)12元くらいで販売中。
笋茄(スゥンチェ|sǔnqié)の干し場。春筍を塩漬けにした後、蒸し煮にしてから干します。質感はセミドライ。
笋茄。知らなければ、ぱっと見、筍には見えないかもしれませんね。

天台にきてよかったことのひとつが、このフレッシュな筍が当たり前のように食べられる環境です。

特に冬筍のおいしさは格別も格別。とうもろこしのような香りと甘み、サクサクとした食感があり、収穫したては本当に美味!ホテルの社員食堂では、筍と豚肉の炒め物などが何気なく出てきますが、これがものすごくおいしいのです。

しかし、筍を食べ過ぎると尿路結石になりやすいとか。それを知ってから、ひそかに食べすぎには注意しています…。

さて、市場で春筍を見かけるようになったので、筍掘りをしようという話になったのは3月上旬のこと。調理場で一緒に働いている項さんの実家がホテルから車で5分くらいの場所にあり、裏山が竹林だというので、さっそく皆で行ってきました。

冬と春では掘り方が違う!筍掘りの極意とは?

筍掘りは子供の頃に経験がありますが、やるのは実に数十年ぶり。ほぼすべて忘れた状態といってもいいでしょう。裏庭に行くと、筍掘り専用の鍬(くわ)が人数分用意されていました。

同じ厨房で働く項くんの実家の裏山。見渡す限り竹林という環境は天台はで珍しくありません。
筍掘り専用の鍬。これで筍を掘って掘って掘りまくるのだ!

家の人に掘り方のコツを訪ねると、竹は土の中に地下茎が網目状に這っており、その地下茎からひょろっと出てくる芽が筍となるそう。しかし、この芽は土の中に埋もれており、地表には見えません。

地表には枯れ葉があるので、鍬を左右に動かして枯れ葉をどかし、きっとここに芽があるはずだ…!と思う場所を鍬でブルドーザーのように土を掘っていきますが、これがめちゃめちゃ難しい。

ざざーっと枯れ葉をさらっても、芽の気配もなく、ごく稀に芽がちらっと見える程度。一方、芽が地表に出ている筍は穫ってもおいしくないのだとか。

毛細血管のように土から飛び出ているのが筍の地下茎。その合間に筍が芽を出します。
しかし、小さすぎる…!
地下茎ごと掘り上げられた筍。

結局、2~3時間かけて、僕が穫った筍は1本だけ! 5人で掘って、戦利品はなんと、たったの7本という結果になりました。そこに項さんのおばあちゃんが来てひと言。

「春筍はまだ出てないよ」。

そう、僕たちが掘っていたのは冬筍だったんです。

では、市場に並んでいた筍は…? なんと、標高の低い麓の方で穫れたものだそう。標高800mもある天台の山林に、まだ筍の春は来ていなかったようです。

このサイズだと、皮をむいたら親指くらいにしかなりません。涙。

冬笋、春笋、雷笋。季節と地方で変化する筍の呼び名

ところで、さきほどの筍掘りの様子を見て「筍って、土から顔を出しているものを掘るんじゃないの?」と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

それは正解でもあり、間違いでもあります。なぜなら、冬は土の中に埋もれている白い筍を掘り、春は土から芽を出した、ずどんと太いものを掘るからです。どちらも日本でもおなじみの孟宗竹です。

ずんぐりと太く重たいのが春筍。麓の市場にて。

では、冬と春の筍はどう違うのでしょうか? この界隈では、筍は冬笋(ドンスン|冬筍)、春笋(チュンスン|春筍)、雷笋(レイスン|雷筍)と大きく3つに分けられています。

冬筍は1月初旬から2月くらいまでで、土の中にあるため、白く軟らかく、ベビーコーンのような香りが特徴。春筍は3月から5月にかけて出てくるもので、成長が早く、2リットルのペットボトルほどあるものが収獲されます。

ちなみに金額は、春笋は冬笋の3分の1ほど。日本のスーパーなどに並ぶ、中国産の「水煮たけのこ」は、この孟宗竹の春笋が多い印象です。

一方、雷笋は春先に出る淡竹を意味します。なぜ雷笋というのか、厨房のメンバーに尋ねてみると、「雷は春の到来を告げるものです。雷で、冬眠していた虫や動物が起こされ、その頃出てきた筍を雷笋というのです」と、河北省出身で勉強家の宋さん。雷笋は、季節を映した言葉なんですね。

ちなみに、どの筍を春笋と呼ぶかは、同じ中国でも地域によって異なります。例えば、ここ天台で春笋といえば、地上から芽を出した太い孟宗竹ですが、上海近郊で春笋といえば節のある淡竹(はちく)のこと。上海に限らず、中国では春笋というと淡竹をイメージする方が多いようです。なぜなら、淡竹は春にしか出てこないからです。

シュッと長細く、剥くと中に節がしっかりあるのが破竹。

厨房ではいろんな地方の人がきているので、こうした認識の違いから、“会話のズレ”が生まれることもあります。

例えば先日、広東省出身の料理人が「春笋の節にエビのすり身を詰めて、煎り焼きにした料理をやりたい」と言い始めたのですが、地元・天台出身の料理人からは「どこにすり身を詰めるつもりなの?」とツッコミが。

前述の通り、上海をはじめ中国の多くの地域では春笋=淡竹ですが、天台では春笋=孟宗竹で、春の淡竹=雷笋です。それぞれ違う筍をイメージしているので、話がかみ合わないんですね。こんなとき、中国の広さと文化の違いを感じます。

外皮をむいた淡竹。ほっそりしています。
淡竹を半分に割るとこんな感じ。節の間の空洞長く、餡などを詰めやすく見えますね。

江南に春を告げるスープ・腌篤鮮(イドシ)

筍を使った中国料理はいろいろありますが、春先に、上海や江蘇省を中心とした江南地方で食べられる郷土料理に、腌篤鮮(腌笃鲜|イェンドゥシェン|yāndǔxiān|上海語でイドシ)があります。篤(笃)は上海語で“煮る”という意味。普通話(中国の標準語)の“炖(ドゥン|dùn)”がなまったという説がありますね。

この料理は、春笋、塩豚(咸肉)、新鮮な豚、結んだ押し豆腐(百叶結)を煮たスープのこと。二種類の豚ばら肉をしっかり炊くため、白濁しており、まろやかな味わいが特徴です。また、それらのうまみを吸った押し豆腐と、香り高い筍が入るのですから、もうこれ以上ない取り合わせでしょう。

腌篤鮮(腌笃鲜|イェンドゥシェン|上海語でイドシ)。上海や江蘇省蘇州あたりで作られる料理なので、筍は節のある破竹が定番です。

呼び名こそ違いますが、杭州の南肉春笋や、天台の雷笋咸肉湯笋焼肉とも)も同じような料理です。共通するのは、冬の間に仕込んだ塩豚と、春の到来を告げる筍の組み合わせ。江南の春は、この料理とともに訪れるといっても過言ではありません。

なお、中国の塩豚は、塩漬けしてから干したものと、干していないものがあり、腌篤鮮(イドシ)に使われるのは干した塩豚のほうです。日本の料理人でも塩豚を作る人はいると思いますが、仕上げの状態は好みの分かれるところ。僕は中がまだウェットで、セミドライな仕上がりが好みです。

作り方は、豚バラ肉全体に軽くフォークで穴をあけ、重量の5~7%の塩、しょうがの細切り、白酒とともにすり込み、ラップをかけて冷蔵庫で寝かせること3~4日。取り出して、フックにかけて3~4日間干すと、表面が乾いて、中はまだ水気がある状態となります。

天台の隣町・仙居の塩豚は「仙居咸肉」と呼ばれる地元の名物。肉と肉の間に塩の塊が見えます。これはかなり塩気が強いタイプですね。

美味が生まれる90分!山口式・腌篤鮮(イドシ)の作り方

食材は、僕の場合、咸肉(塩豚)、生の豚ばら肉、筍を主材料とし、百叶結(押し豆腐を結んだもの)、莴笋(チシャトウ)を副材料に、葱結(小ねぎを結んだもの)、生姜のスライス、紹興酒、白胡椒を使います。チシャトウは入れると香り高く、彩りよくなるのでおすすめです。

塩豚と豚ばら肉の比率は1:1で同じ大きさにするなどといわれますが、塩豚の塩分濃度によって、比率は加減してもいいでしょう。塩豚の塩が強い場合は、ゆでこぼして塩抜きしてください。

作るプロセスは、まず、塩豚と生の豚ばら肉を一口サイズにカットして鍋の中に入れ、強火で炊いてアクを出します。そのアクを取り除いたら、中火で30分煮て、筍を加えてさらに30分、百叶結を入れてさらに30分。食べる少し前にチシャトウを入れてできあがり。煮込み時間はトータル90分が目安です。

火加減は、最初から最後まで中火以上で沸かしている状態をキープするのが肝心。時間や火加減は作る量にもよりますが、弱火だとスープが乳化しないので注意してくださいね。味付けは食べる前に、塩で微調整します。

生の豚ばら肉。
こちらが咸肉(塩豚)。市場で買った塩味の強いものなので、ゆでこぼしてから使っています。
今回は上海式に淡竹(天台では雷笋)を使います。もちろん孟宗竹でもOKです。
上から時計回りに、生の豚ばら肉、塩豚(咸肉)、生姜、小ねぎ、淡竹(雷笋)、豆腐、チシャトウ。
約90分中火で煮込めば、塩豚、生豚のうまみが溶け込んだ白濁スープのできあがり!

今回は雷笋でスープを作りましたが、新鮮な孟宗竹と破竹を食べ比べてみると、香りが全く違うことに気づきます。

破竹は、鼻から抜ける甘く清々しい香りが特徴。中国人の料理人に尋ねると「淡竹はスープに向いている」という人が多いのですが、淡竹の方が孟宗竹より筋っぽく、独特の香りを活かすとなると、煮込みよりスープが合うのだなと合点がいきます。一方、孟宗竹の春笋は大きく、カットすると断面が多くなるため、煮込んで味を含める料理や、炒めものに向いています。

ちなみにここ筍の産地で“アク抜き”という概念はありません。本当に新鮮なので、収穫して、切って、油通ししてそのまま炒めて使えるのです。アクを抜いたら、清々しい香りもだいぶ変わってしまいますね。

腌篤鮮(イドシ)と一緒に食べたい、春の野菜料理

腌篤鮮ができあがったら、いざ実食! 春野菜を使った料理や、じゃがいもの炒め煮、蒸し魚などと一緒に食べるのがおすすめです。

例えば、うまごやし(草頭|草头|ツァオトウ|cǎotóu)の炒めものに、大腸の醤油炒めをのせた草頭圏子(ツァオトウチュェンズ|cǎotóuquānzi)はぴったりの組み合わせ。江南地方でうまごやしといえば大腸、大腸といえばうまごやし。この組み合わせは定番中の定番です。

草頭圏子。レストランでは葉だけを摘んで炒めますが、こちらは家庭料理なので茎の部分もつけたまま炒めています。見た目からはわかりませんが、白酒の香りが決め手。大腸はゆでこぼし、醤油と砂糖でこってりと煮込みます。
うまごやしは、日本にいる全上海人と、日本にいた頃の僕が必死に探していた野菜。今ではすぐに手に入ります!

蒸し魚もこの地方らしく、キグチを使った雪笋蒸黄魚(シュェスンジェンファンユィ|xuěsǔnzhēnghuángyú)を作りました。江南地方で広く食べられている雪菜(カラシ菜系の漬物)と筍を塩味で炒め、魚の上にのせて蒸した料理です。蒸す前に、魚にも塩をすり込んでおき、塩味の蒸し汁ごと食卓へ!

また、じゃがいも料理もよく合います。下の写真は水で戻した梅干菜(からし菜系の葉の漬物)と唐辛子を油で炒め、そこに揚げた小芋、水、醤油、砂糖、オイスターソース、紹興酒を加えて、強火で水分を吸わせながら味を入れ、葉にんにくとともに炒めて仕上げた一皿。ホテルの社員食堂でよく出る料理で、とてもおいしいです。

奥の野菜料理は春菊に似た葉の炒め物。淡い春菊の味がします。右は太刀魚の醤油煮込みです。小芋は油で揚げ、周りをこんがりとさせるのがポイント。

市場に行って、季節の食材を見ると、ついあれこれ作りたくなってしまいます。日本もこれから春筍の季節。土佐煮や炊き込みごはんだけでなく、ぜひ塩豚と春筍の腌篤鮮(イドシ)も作ってみてくださいね。

※注:本文中のタケノコの表記は、日本語の文脈では「筍」、中国語として使用する場合は「笋」としています。

天台ローカルを味わい尽くす!「山口祐介の江南食巡り」シリーズバックナンバーはこちらから

語り・写真:山口祐介
聞き手:サトタカ(佐藤貴子)