これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を伝える連載です。
◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。
ライター:酒徒(しゅと) 何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。北京・広州・上海と移り住んだ十年の中国生活を経て、このたび帰国。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下』を更新中。Twitter:@shutozennin

2019年最後の更新となる今回は、中国の首都・北京市からお送りする。十二世紀以降、金、元、明、清と代々の王朝が都を置いた古都だけあって、堂々たる風格を備えた都市だ。

陽光を受けて黄金色に輝く紫禁城の甍。抜けるような青空に映える瑠璃色の天壇。降りしきる雪より一層白い北海の白塔。遥かな地平まで延々と続く万里の長城。柳絮が舞い散る迷路のような胡同。その全てが絵になる。

紫禁城(故宮博物院)。初めて見たときは、どこまでも連なる甍に感動したなあ。(photo by shutterstock)

僕にとって、北京は中国で最も思い入れの強い都市だ。初めての中国旅行も、初めての中国留学も、出張も駐在も全て北京だった。そもそも僕が今ここで中華料理について書いているのだって、大学生のとき、北京で初めて食べた本場の料理の旨さに度肝を抜かれたことに端を発している。

北京の料理は甘味の少ない硬派な味付けで、塩・醤油・黒酢などをシンプルに用い、奇をてらうところがない。広東料理のような華やかさや四川料理のような激しさがないせいか、日本での知名度は低いが、素朴ながらも懐の深い味わいは、毎日食べても食べ飽きない。もし僕が「今後ずっと中国のひとつの都市の料理しか食べてはいけない」と言われたら、迷わず北京を選ぶだろう。

現在、北京の人口は2,200万人。その大多数は漢族で、少数民族の比率は数%に過ぎない。だが、この街にはかつて女真族、モンゴル族、満族といった漢族以外の王朝が栄え、多くのムスリム(イスラム教徒)が移り住んできたという歴史があり、その多民族性が漢族由来の料理に影響を与え、独自の料理を生んだ。

北京の名物料理には「清真菜(ムスリム料理)」がたくさんあるし、羊肉の存在感も際立っている。その街の歴史を舌で味わうのは、楽しいものだ。

都市開発で年々姿を消してゆく胡同(北京特有の古い路地)。2013年の撮影。(photo by shutterstock)

前回の記事を書き終えてからずっと、北京篇で何を採り上げるべきか、悩みに悩んだ。締め切りが迫り、書きたいものを全部書くのは無理とあきらめをつけてからも更に悩んだが、結果として、僕自身も大好きで、なおかつ初めて北京に行く人が食べても楽しい料理を選択できたのではないかと思う。二か月間の懊悩の成果が、皆さんのご期待に添えれば幸いだ。

食べるほどに多幸感!炸醤麺(ジャージャー麺)と搭褳火焼(北京式棒餃子)

北京は炸醤麺(ジャージャンミエン)の本場だ。

中国北方に位置する北京は、麺食文化圏に属する。ここでいう「麺食」とは小麦粉料理の総称で、いわゆる麺だけでなく、餃子や饅頭(マントウ)をはじめとして、とんでもなくたくさんの種類がある。

その中でも、北京に行ったらまず食べたいのが炸醤麺(ジャージャンミエン)。日本のジャージャー麺の源流だが、まるで別物だ。本場は、麺を出すスタイルからして違う。

冒頭の写真のように、茹でたての麺と肉味噌は別々に供される。それだけでなく、胡瓜・枝豆・もやし・人参・紅芯大根・芹菜の茎といった多彩な具も、全て別々の小皿に分けられている。店員は大きな盆でそれらをテーブルまで運び、客の目の前で小皿の具を麺が入った大きなどんぶり(その大きさゆえに「海碗」という)にチャチャチャッと投げ入れていくのだ。その目にも止まらぬ早業に、自然と期待が高まってくる。

店員のあんちゃんが、小気味よい音を立てながら小皿の具を碗に投げ入れていく。
色々な野菜が楽しめるのも、炸醤麺のよいところ。

炸醤麺の麺は、かん水を入れない素朴な太打ち麺だ。コシを重視しない中国麺文化の中にあって、この麺には讃岐うどんにも似たむっちりとしたコシがある。

麺の食べ方にも似たような区別があり、茹でたて熱々のいわゆる「あつ」に当たるのが「鍋挑(グゥォティァォ)」、水で締める「ひや」に当たるのが「過水(グゥォシュイ)」という。どちらが正統派なのかは北京人の間でも意見が分かれているようだが、初めてならば「あつ=鍋挑」をオススメしておく。

別途渡される肉味噌は、豚肉を小さな賽の目に切って白葱や生姜と炒め揚げにし、甜面醤や黄醤(≒味噌)で味付けしたもので、香ばしさと旨味のカタマリである。好みの量を麺の上にのせて、碗の底からぐわしゃぐわしゃとかき混ぜる。真っ白な麺が肉味噌の黒に染まってぬらぬらと輝くころには、麺の熱で温まった肉味噌がぶわんぶわんと香り立ってくる。嗚呼、なんて官能的。

肉味噌オン!店によっては肉味噌が油っこすぎたりしょっぱすぎたりするので、少しずつ足してみるといい。
和え麺の鉄則で、混ぜれば混ぜるほど旨い。どうです、この輝き!

高まった食欲に突き動かされて麺をほおばれば、そのまま箸が止まらなくなる。ムチリとしているがブチリとは切れず、歯に馴染む感じの麺がとても旨い。焦がし葱の香りをまとった肉味噌のキリッとした塩気と甘味を感じさせない旨味がまた最高で、その硬派な土台の上で、シャキッ、ポリッ、シュクッと様々な具が小気味よい音を立てる。このシンプルで骨太な味わいは、和え麺のひとつの頂点だと思う。

一度食べ始めたら、もう止まらない。

一気呵成に食べ終えたら、麺湯(ミエンタン:麺を茹でた湯)をすするのを忘れずに。日本の蕎麦湯のようなものだが、「原湯化原食」といって、あるものの茹で汁を飲むとそのものの消化を助けると信じられているのだ。その真偽はともかく、やわらかな小麦の香りにホッとすること請け合いである。

ほんわりと小麦が香る麺湯。因みに、水餃子を茹でた湯は餃子湯(ジャオズタン)という。

さて、他にも僕が愛する北京の小麦粉料理はたくさんあるのだが、紙幅には限りがあるので、初北京の人に食べて欲しいもの&北京でないと食べられないものという視点で、あとひとつだけ紹介する。

それは、北京版棒餃子・火焼(ダーリエンフオシャオ)だ。搭褳という布製の細長い財布に形が似ているので、その名がある。要は春巻きみたいな形状の焼き餃子だが、香ばしく焼き上がった皮は黄金色に輝き、これで卓上が埋め尽くされる様子を見ると、僕はいつも多幸感に満たされる。

焼き色が食欲をそそりまくる搭褳火焼(ダーリエンフオシャオ)。

餡の多彩さも魅力で、豚肉・羊肉・牛肉・卵の四種のベースに様々な野菜を組み合わせるので、バリエーションは数十種類にも及ぶ。その組み合わせのどれもが身近な食材を使っているにもかかわらず、食べれば納得の旨さに仕上がっている点に中国の食文化の奥深さを感じる。

僕が好きな餡を厳選すると、猪肉茴香(豚肉xウイキョウ)、羊肉胡蘿蔔(羊肉xニンジン)、牛肉尖椒(牛肉x時たま激辛も混じる甘唐辛子)、鶏蛋西胡蘆(炒り卵xペポカボチャ)かな。ま、どれもハズレはないので、好きなのを頼めばいいと思う。

さあ、いただきます。厚過ぎず薄過ぎず、「カリッ」と「モチッ」を兼ね備えた皮の中には餡がぎっしり詰まっていて、噛めば肉汁がほとばしる。人類が焼き餃子に求めるものが完璧な形で再現されていて、果てしなくビールを呼ぶ。呑める主食とは正にこれのことだ。黒酢をたっぷりつけるといい具合に油を切ってくれて、いくらでも量をこなせる。

食べかけで恐縮だが、これは羊肉胡蘿蔔(羊肉xニンジン)。羊肉の風味と人参の甘味がベストマッチ。
いくらでも持ってこい!と叫びたくなる旨さ。ビールは、地元の燕京啤酒の中でも最も安い普啤で決まり!

日本の焼き餃子と比べるのもなんだが、皮自体の旨さが圧倒的で、多種多様な肉と野菜がいっぺんに楽しめて、後味が軽やかなので、僕の中ではこっちが完勝。食べるときはいつも無我夢中だ。餡にニンニクが入らないところも、食材ごとの香りや甘味をより繊細に味わうことに貢献している。

中国北方で餃子と言えば基本は水餃子で、それもむちゃむちゃ旨くて大好きなんだけど、この褡褳火焼もそれに勝るとも劣らぬ美味だ。特に、「やっぱ熱々の焼き餃子にビールでしょ!」という感覚で育つ我々日本人こそ、必ず一度は試すべき美味だと確信している。みなさんも、是非!

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