鍋から取り出した、つやっつやの東坡肉(トンポーロウ)
中国料理FROM天台山!当企画は、2021年にオープンした中国浙江省の山岳リゾートホテル「星野リゾート 嘉助天台(かすけてんだい)」総料理長・山口祐介さんの中国食探訪記です。仏教の聖地・天台山から、ここに住み、食を生業として働く料理人の目線で見た《中国の食》をご紹介します。★1回目から読む方はこちらからどうぞ!

豚バラ肉を軟らかく煮た、豚の角煮。プルプルに煮込まれた皮はとろりとして、コラーゲン質と、脂身と赤身の層はふわりと口当たりがよく、甘口にこってりと煮込まれた味わいがたまらないですよね。

日本でも人気があるこの料理、中国では何というかご存知でしょうか。実は大きく2種類あるのです。

まず、ひとつは東坡肉(トンポーロウ。最近は中国語そのままをメニュー名として載せる店も増えましたが、少し前は「豚三枚肉の蒸し煮」「皮付き三枚肉のうま煮」「皮付きバラ肉の醤油煮込み」などと表記されていました。

そして、ちょっと中国料理に詳しい方なら、紅焼肉(ホンシャオロウ)という料理名を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか? 紅焼(ホンシャオ)とは赤茶色に煮込むという意味で、主に醤油煮込みが紅焼になります。

この2つのメニューは、日本語にするとどちらも豚の角煮です。しかし中国において、東坡肉と紅焼肉は似て非なる料理。大前提として、東坡肉は地方料理であり、紅焼肉は中国全土でみられるものです。今回は、そんな奥深い豚の角煮の世界についてご紹介しましょう。

豚さんの中に入っているのは、東坡肉なのか、それとも紅焼肉なのか?続きは本編で!

※注:東坡肉(东坡肉|dōngpōròu)は中国語読みで「ドンポーロウ」ですが、日本語検索に対応するため、当記事では「トンポーロウ」とフリガナをふります。

東坡肉(トンポーロウ)は中国のどこの地方の料理なのか?

まず、日本でもそこそこ知名度のある東坡肉(トンポーロウ)ですが、現在、中国では浙江省杭州市の名物料理として知られています。

西湖のそばにある「知味観 仁和寺甜店」の東坡肉。杭州の多くの店で、東坡肉は1個ずつ紫砂の小さな器に入ってでてきます。Photo by Takako Sato

杭州市は上海の南西に位置し、ネット通販「Taobao(タオバオ|淘宝網)」で知られるアリババや、中国最大の飲料メーカーである娃哈哈(ワハハ)などの本社がある都市です。世界遺産にもなっている風光明媚な西湖や、近郊でつくられる西湖龍井茶も有名で、中国江南地方を代表する観光都市でもあります。

東坡肉の名前の由来は、北宋の時代の役人であり、文人でもあった蘇東坡(そ・とうば|苏东坡|スードンポー|sūdōngpō)から。東坡は号であり、本名は蘇軾(そしょく)といいます。

蘇東坡は四川省眉山の生まれで、科挙に合格し、役人になってからは地方官を歴任した人物。杭州在任中は西湖に堤をつくり、橋をかけた功績があり、そのお礼に土地の人々から豚肉と紹興酒をもらい、煮込み料理にして振る舞った料理が東坡肉と呼ばれるようになった…というのが、東坡肉誕生の有名なエピソードです。

岩間一弘さんの著書『中国料理の世界史』を読むと、話の真偽には諸説あることがわかりますが、このストーリーが杭州の東坡肉を中国全土で有名にしたのは間違いないところ。しかし、杭州以外にも東坡肉を名物とする地域があるのです。

例えば、蘇東坡が生まれた土地である四川省眉山市や、赴任していた江蘇省徐州市、左遷させられていた湖北省黄州市(現在の黄岡市)など、彼の縁のある土地には東坡肉と呼ばれる料理が存在しています。それでもやはり多くの人がイメージするのは、東坡肉=杭州名菜。その土地に、ストーリーを伝える力があったからからでしょうね。現在は浙江十大名菜にもなっています。

ちなみに僕は中学1年生のとき、横浜中華街で初めて食べた東坡肉のあまりのおいしさに感動し、中国料理の道に進みました。それだけに、自分にとってはとても深い思い入れがある料理です。

紅焼肉(ホンシャオロウ)は中国全土でみられる豚の角煮

一方、紅焼肉(ホンシャオロウ)は、中国各地で食べられている豚の角煮です。紅焼は調理法のひとつ、肉は豚肉であるため、地域×家庭の数だけ紅焼肉があり、見た目や味に違いがあります

上海「圓苑(ユェンユェン)」の紅焼肉。上海伝統料理をモダンに盛り付けて出す店で、紅焼肉も名物のひとつ。photo by Takako Sato

例を挙げると、中国北方の紅焼肉は、八角の風味がしっかり効いていて、塩気がしっかりとして、あまり甘さがありません。また、八角のことを北方では大料(ダーリャオ)と呼びます。

広東省をはじめとする南方は、南乳(なんにゅう:豆腐を紅麹で発酵させた調味料)や柱候醤(ちゅうほうじゃん:香味野菜やごまを合わせた広東省の味噌)を入れて調理することが多いです。中国で広東料理店に入り、南乳の香りが漂ってくると広東を感じますね。

中南地方では、毛家紅焼肉という湖南料理が有名です。「毛」とは毛沢東の「毛」で、これは湖南省出身の毛沢東が愛した紅焼肉のこと。味付けのポイントは地元特産の湘譚醤油、氷砂糖、八角です。

そして僕のいる江南地方は、紹興酒をたっぷり使って作ります。本帮菜(ベンバンツァイ)と呼ばれる上海の地元の料理を出す店にいくと、ほとんどの店のメニューで紅焼肉が見られることから、この地域では非常に親しまれている料理だと感じます。僕はこの江南の味わいが一番好きですね。

東坡肉と紅焼肉。味や食感はどう違う?

東坡肉と紅焼肉がどういう豚の角煮なのかがわかったところで、実際に食べた印象の違いも気になりますよね。

まず、食べる側にとって東坡肉と紅焼肉の大きな違いは、脂を含んだ食感の違いといえます。東坡肉の方が脂を多く含んでいるのです

その理由は、東坡肉は肉塊を煮込んで味を付ける前に、焼かないから。先に焼くと脂が外に出て、硬く締まりますからね。

東坡肉の煮込み。下ゆでした肉を切ってから煮込みます。

一方、紅焼肉は多くの場合、肉の表面を焼いてから、煮込んで味を付けます。焼くことで脂が出て、肉のタンパク質をしっかり焼き固めてから味付けするので、仕上がったとき、肉を調味料で包んでいるような雰囲気が出てくるのです。

紅焼肉は一度肉の表面を焼いてから煮込みます。焼かずに煮る紅焼肉もありますが、僕の住んでいる江南地方では焼くのが当たり前ですね。

また、東坡肉は一晩おいても軟らかくおいしさが留まりますが、紅焼肉は、作りたてをすぐに食べたほうがおいしいと感じます。

自分なりに考えてみると、一度冷え固まった紅焼肉を蒸籠やレンジなどで温めると、揚げ焼きにして中に蓄えらえた水分が外にでてきてしまい、肉がぱさついてしまうからではないかと思います。そのため、店ではその日作った紅焼肉は翌日出すことはありません。家庭料理では問題ありませんが、レストランクオリティではあり得ません。

さらに東坡肉は1塊ずつ、小さな陶器の器で出されることが多いです。杭州の老舗「知味観」や「樓外樓」などはすべてこの提供方法ですね。

パカッとふたを開けると、中には東坡肉が。

写真のように1個ずつ提供する場合、厨房では、器に入れた状態でスタンバイしておき、オーダーが入ったら蒸して出します。蒸すと多少脂が出ますが、ごはんにのせて食べるなら、そのくらい脂がにじみ出た方がおいしいもの。店によっては、大皿に数個まとめて盛り付けるところもあります。

一方、紅焼肉は皿に山盛りで出てくることが多いです。おかずとしてつまんで食べるイメージですね。

豚の角煮のベストな状態を表現する四字熟語とは?

違いばかり紹介してきましたが、東坡肉と紅焼肉には共通点もあります。それは、煮上がった状態を示す端的な四字熟語です。

その言葉は、酥而不烂(酥而不爛|スーアルブーラン|sūérbùlàn)、肥而不腻(肥而不膩|フェイアルブーニー|féiérbùnì)。

歯切れがよいが煮崩れてはおらず、脂はあるがしつこくないという意味ですが、いかがでしょう? 食べたときの肉の食感を想像してみると、なるほど!と思いませんか?

さて、続編では東坡肉と紅焼肉、それぞれのレシピと作り方をご紹介しましょう。作っていただければ、僕が愛し、作り続けてきた江南地方の味わいが再現できます。

作らなくても、プロセス見ていると、さらに味や食感の違いがイメージできますよ。乞うご期待!

必読!東坡肉を巡る男の記録
山口さんが始めたブログ一衣帯水 中国在住料理長の中国あれこれにも東坡肉について熱く語る全5回が掲載されています。こちらもぜひご覧ください。

 

▶作り方の違いを知ろう!【後編|レシピあり】中国で「豚の角煮」は何という?東坡肉(トンポーロウ)と紅焼肉(ホンシャオロウ)|山口祐介の江南食巡り④


語り・写真:山口祐介
聞き手:サトタカ(佐藤貴子)