豆腐なのに焦げた味?食べるほどクセになる白水洋豆腐(バイシュイヤンドウフ)

忘れもしない2019年、初めて出張で台州に来たときのことです。あるレストランの前に「白水洋豆腐(バイシュイヤンドウフ|báishuǐyángdòufǔ)」と書かれた看板があり、目が留まりました。同行者は僕を含めて3人。全員、地元の人ではありません。

地元の名物とあらば、注文したくなるのが人の性というもの。しかし、この豆腐料理をひと口食べて、僕は思わず顔をしかめました。当たっている味がするのです。

「当たっている」とは、豆腐が鍋底に当たり、料理人が意図せず焦がしてしまった、という意味です。一緒に食べた上司も「店に伝えたほうがいいんじゃないですか?」と困り顔。しかしもう1人同行していた揚州出身の料理人が「これは揚州にもあります。もともとこういう味ですよ」というじゃありませんか。

農家鹽鹵豆腐煲(农家盐卤豆腐煲)。白水洋豆腐の煮込みです。

調べてみると、白水洋とは台州の海沿い、臨海(临海)の地名で豆腐が名物。今では同じ浙江省の杭州、江蘇省の揚州はもちろん、さらに遠く離れた北京や四川でも食べられるようになっているようです。

また、白水洋豆腐は豆乳をにがりで固めた鹽鹵豆腐(盐卤豆腐)の一種で、濃度の高い豆乳を使い、大鍋で加熱して豆腐にする際、底に沈殿した成分が若干焦げ、独特の香りがつく、とあります。

なかでも長年これを作っている豆腐店では、豆腐を作る鍋そのものに豆乳の焦げたにおいがついているので、焦がさなくてもスモーキーな香りに仕上がるのだとか。

市場で売られている白水洋豆腐。
市場の豆腐店にある「白水洋盐卤豆腐」のサイン。

最初は「わざわざ当てた豆腐がなぜ人気に…」と思ったのものですが、人は慣れるものです。2021年10月、日本に一時帰国したとき、スモーキーな香りのない豆腐を物足りなく感じている自分がいました…。

暮らしてからわかったのですが、台州で食べる豆腐はすべてこの味です(皮蛋豆腐に使う充填豆腐は除く)。豆腐が焦げていると思ったのは最初だけ。数年暮らすと「豆腐ってこういうものだよね」となっていたんですね。

白水洋豆腐の量り売り風景。

この白水洋豆腐を使った料理は、僕のいたホテルのレストランでも人気で、よく注文されていました。

調理法はスープ煮が定番です。塩豚をラードで炒め、戻した干し椎茸、蝦干(加熱したエビを干したもの。大きな干しエビ)と一緒に豆腐を白湯(パイタン)で煮込みます。中弱火でおよそ4~5分煮たら、仕上げに葉にんにくを散らしてできあがり。

豆腐は包丁で切るのではなく、手で崩すのがポイント。スープがよく染み込みます。

豆腐はひと口大の大きさに手で割って、ゆでこぼしてから使うと、煮た時に断面から味がよく染み込んでとても美味。豆腐の豆の味とスープとが次第に混ざり合うと、絶妙な食感とうまみが味わえ、ああこれこれ!となります。台州料理店でこのメニューをみたら注文必須ですよ。

それにしても、このように素材重視で、どこか田舎っぽさもある素朴な台州料理が、なぜ中国の大都市でも人気の料理になりつつあるのでしょうか。それには立役者がいるのです。

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