この記事は、四川省の省都・成都市の文化情報発信サイトGo Chengduの連載「川菜一番」の日本語版です(中国語版はこちら)。「外国人が見た四川料理」をテーマに、80C編集のサトタカが成都の美食を日中のメディアで発信します。

2年近く続くコロナ禍の影響か、発酵食品に関心を持つ人は少なくない。

『日本食糧新聞』(2021年9月24日)によれば、「コロナ禍の健康意識の高まりを背景にヨーグルト・乳酸菌飲料は2020年度を通じて大きく市場を拡大した」とある。また、日本の伝統的な漬物・糠漬けを手軽にできる『無印良品』の「発酵ぬかどこ」の売れ行きが好調というニュースも複数のメディアで報道されていた。

味噌やキムチなどの発酵食品づくりや、それらを使ったオンライン調理レッスン、発酵関連コミュニティもSNSでよく見かける。自己や家族の健康管理と巣ごもり需要を経て、発酵食品の自家製は、よりメジャーな楽しみになりつつあるのだ。

泡菜は糠なし糠漬けのようなもの。塩水でつくるシンプルな漬物

発酵食品をつくるということは、言い換えれば自宅で食用の菌を育てることでもある。そしてそれは、料理をする四川人なら日常的にやっている。泡菜(パオツァイ|pàocài)づくりだ。

泡菜は、3~7%くらいの塩水に野菜を漬けて、乳酸発酵させた漬けものをいう。名前の由来は、漬けるという意味の中国語、浸泡(ジンパオ|jìnpào)。四川省をはじめ、比較的温暖な西南地方ではおなじみの味で、成都市なら家庭の台所はもちろん、スーパーの漬けもの売り場、庶民的な食堂から高級レストランに至るまで、食に関わる場所ならほぼどこでも目にする。

レストランで前菜に出された、赤大根、新生姜、唐辛子、チシャトウの泡菜。
スーパーマーケットの漬けもの売り場。手前は唐辛子の泡菜、上段には新生姜やささげの泡菜が並ぶ。
成都の鍋魁店の厨房にある泡菜の壺。鍋魁には使わないが、賄いの料理に泡菜が活躍する。

泡菜にする野菜は、大根、新生姜、コールラビ、苦瓜、きゅうり、いんげん、ささげ、キャベツなど四季折々。乳酸発酵で生まれるほのかな酸味とまろやかなうまみは、そのまま食べておいしいだけでなく、料理に入れても抜群の存在感を放つ

「うちではいつも泡菜があります。酸豆角はカットした状態でタッパーに入れてあって、炒飯にして食べたり、そのままごはんに乗せて食べたりしますね」

「料理をあまりしない母でも、泡菜だけは作っていました。今の若い人は市場やスーパーで買う人もいると思いますが、母親世代ならだいたい作っているんじゃないですか」

そんな話を成都在住や四川省出身の友人に聞くと、泡菜の身近さを実感する。それとともに、思い出すのが日本の糠漬けだ。泡菜は3~7%、糠漬けは6~8%ほどの塩分濃度で漬けられており、どちらも植物性乳酸菌が豊富に含まれる。野菜を漬け続けることで、母水(泡菜を漬ける塩水)または漬け床が育ち、風味が増していくのも共通点だ。

泡菜は、いってみれば糠を使わない糠漬けのようなもの。違いは、糠があるかないか、かき混ぜるかかき混ぜないか。両国のウェブサイトを検索すると、どうすればおいしく漬かるか、なぜ失敗したかというQ&Aや記事がたくさん出てきて、試行錯誤しながらおいしいものをつくろうとする意欲が見える。かたちは違っても、悩みと目的は同じなのだ。

ちなみにこの夏、80C(ハオチー)で作り方をご紹介した酸豆角(スァンドウジャオ)は、長尺のささげを使った泡菜である。

ささげ独特のもきゅ、ぽりっとした歯ごたえと、ジュッと滲み出る発酵の酸味は唯一無二。酸豆角、挽き肉、唐辛子、にんにく、生姜にたらっと醤油を少々加えて炒めただけで、すっぱ旨くてクセになるごはんの友ができてしまうのだから、一度作るとやめられない。

酸豆角炒肉末。発酵させたささげさえあれば、難しいことはなにもない。

ごはんの友、酒の友、食材、そして調味料に!家の泡菜最強説

それにしても、なぜこれほどまでに成都では泡菜が一般家庭に定着しているのだろう。思うに、理由は3つある。

ひとつは、身近な材料で簡単にできること。主材料は野菜、湯冷まし、塩。そこに加える香辛料や酒はそれぞれだが、よくあるのは花椒、唐辛子、白酒。塩も含めて、いずれも四川でとれるものだ。

ふたつ目の理由は、そのままでも加熱しても食べられていること。日本の漬物は非加熱で食べることが多いが、泡菜は炒めものや煮込み、汁ものなどの食材兼調味料にもなり、非常に用途が広い。

例えば四川料理を代表する甘酢味・魚香(ユイシァン)には、唐辛子の泡菜=泡辣椒(パオラージャオ)が欠かせない。葱、生姜、大蒜といった薬味の香気と、泡辣椒の辛さと酸味が効いたフルーティーで軽やかな甘酢味は、泡辣椒なしでは描けない。

日本ではあまり見ないが、四川省ではよく見る魚香茄餅(ナスの魚香風味)。衣をつけて揚げたナスを、泡辣椒を使ったフルーティーな甘酢味、すなわち魚香味で調味する。
こちらも魚香茄餅。厚切りの茄子に、たっぷりの薬味と魚香味の甘酢餡がかかり、食欲を掻き立てる。
四川料理のおかずの定番、魚香肉絲。唐辛子の泡菜=泡辣椒で豚肉の細切りと筍を炒めている。

そして3つ目の理由は、泡菜さえあれば料理の味が決まること。前出の酸豆角なら、挽き肉や砂肝と炒めて食べるのが定番だが、酸豆角の塩気と酸味だけで、ほぼ調味料はいらない。あまりにもお手軽なので、料理嫌いにこそ泡菜づくりをおすすめしたいほどだ。

そもそも、四川には泡菜を漬けるための専用の壺・泡菜壇子(パオツァイタンズ|pàocài tánzǐ)がある。泡菜壇子は漬け込みに特化した合理的なかたちで、口が小さく、中がぽっこり膨らみ、口の周囲に水盤がついているのが特徴だ。

この水盤に水を張ってお碗状の蓋をすると、外気は壺の内部に入らないが、中で発生した炭酸ガスは外に放出することができるというすぐれもの。嫌気状態を好む乳酸菌にとって、外気と水盤で遮断された状態は生育にプラスになる上、産膜酵母やカビの発生が抑えられるメリットもある。

ずらりと並ぶ泡菜壇子。高さ20㎝くらいの小ぶりなものから、大人の腰高くらいの高さのものまである。
調理道具店の一角にも泡菜壇子が。遮光性のある陶器のものが定番だが、ディスプレイなどにも使いやすいガラス製のものもある。

ひと手間がおいしさを育む「卞氏菜根香」の泡菜づくり

さらに本場成都には、泡菜が名物の店もある。唐辛子の泡菜とイカを炒めた泡椒墨魚が人気を呼び、味の要となる泡菜が評判になった『卞氏菜根香』である。店に入ると、泡菜を漬ける専用の壺・泡菜壇子がずらりと並び壮観だ。

ディスプレイ用の泡菜壇子。
鮒が入った唐辛子の泡菜は、伝統的な魚香味に使われるとされる。
手前から、大根、唐辛子、青菜の泡菜。真ん中の二荆条は、泡辣椒に用いられる唐辛子の品種だ。

そんな名店の泡菜はどう作られているのだろうか。2018年当時、副料理長だった邹(ゾウ|鄒)さんにうかがった話では、「いい塩水を育てるためには、花椒、唐辛子、塩、湯冷まし、野菜くずが欠かせません」という。

「卞氏菜根香」の邹さん。取材は2018年。当時は新メニューの開発のため、毎月中国各地に赴き、料理の着想を得ていた。

なぜ野菜くずがいるかといえば、まず捨て漬けをして、「漬け地」の中の乳酸菌を育てるためだ。

こうして乳酸菌たっぷりの漬け地ができあがったら、漬ける野菜、花椒、唐辛子、塩、湯冷ましを入れて「本漬け」を開始する。いきなり野菜をつけても、深いうまみは生まれないというわけだ。

実際にみせてもらうと、ほんのりピンクで、ほぼ濁りがなくキレイな色。「この塩水で漬けた新生姜の泡菜を、炒めものに使うとすごくおいしいんですよ」と邹さん。これで鶏爪を漬けたおつまみも同店の人気商品となっている。

泡菜だけでなく、店の老塩水を買うこともできる。なんとうらやましい環境!
人気メニューの泡椒鶏爪に豚耳を追加してもらった。(写真は持ち帰り用)。

泡菜を使って、家の料理を手軽においしく

四川料理には、酸、甜、苦、辣(辛さ)、麻(しびれ)、鹹(塩気)などさまざまな風味の融合が特徴のひとつだが、泡菜を使い、花椒、唐辛子を肉や魚とともに調理すれば、これらの要素をいくつか併せ持った、華やかな味わいの料理をつくることができる。

特に調味料として使う泡菜の魅力は、塩漬けや醤にはない軽やかさ。ちなみに東京の我が家で漬けている泡菜には、水、塩、青花椒、唐辛子、沖縄の泡盛を使っている。日本の風土では、白酒よりも泡盛のほうが、香りが合うと感じるからだ。

今の季節は、血糖値の上昇を抑えるといわれる菊芋や、漬けた後に調味料として役立つ新生姜が発酵中。より一層寒くなったら、きめの細かい聖護院大根を入れようとか、漬ける野菜を考えるのもわくわくする。

漬物には国や地域を問わず、新鮮な野菜を長持ちさせる食の智恵がある。例えば、新鮮な野菜を日々劣化させない手段として、まずは泡菜にしてしまうというのもアリだ。四川の伝統と日本の食材を融合させれば、もっと“家中華”は楽しくなる。

我が家の泡菜壇子。菊芋は刻んで炒めようとか、新生姜は鍋に入れようなど考えると、冬の楽しみが広がってくる。

TEXT&PHOTO:サトタカ(佐藤貴子)