これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を伝える連載です。 ◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。 |
ライター:酒徒(しゅと) 何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。北京・広州・上海と移り住んだ十年の中国生活を経て、このたび帰国。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下』を更新中。Twitter:@shutozennin |
冒頭から突然のご報告となるが、「中国全省食巡り」は今回が最終回となる。
最後に満を持して採り上げるのは、貴州省貴陽市。我が愛しの貴州料理がテーマだ。しかし、貴州料理と聞いて、料理のイメージが湧く人は恐らくわずかだろう。それは中国本土でも同様で、中国人ですら貴州料理を食べたことがある人は少ないと思う。こうした知名度の低さは、この土地の風土と歴史に由来している。
貴州は、俗に「天に三日の晴天なし、地に三里の平地なし」と言われる。雨が多い気候と山がちな地形を言い表したもので、省都の貴陽の名は滅多に太陽が見えないところから名付けられている。省内人口の4割を少数民族が占めているのも大きな特徴で、苗(ミャオ)族や侗(トン)族を筆頭として49もの少数民族が暮らしているという。
それは、中国の長い歴史の中で少数民族が住みにくい土地へと追いやられていった結果でもある。新中国成立後も貴州省の経済発展は遅々として進まず、長らく貧しい省の代名詞のように扱われてきた。失礼極まりない表現だと思うが、先の俗語に続けて「人に三分の金なし」という言い方もあるほどだ。
では、そのような土地の料理をなぜ「満を持して」採り上げるのか。それは貴州料理が僕の人生を変えたと言っても過言ではない存在だからだ。
二十代の頃に初めて貴州料理を食べた僕は、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。頭の中にあった「中華料理」の概念とは、何から何まで違う味。日本ではもちろん、中国の他都市でも全く触れたことのなかった味に接して、「これも中華料理なのか!自分の味覚が広がっていくのを感じるぞ!」と興奮したことを今も覚えている。
大都会の高級料理にではなく、地方の郷土料理にこそ自分が求める感動があるのではないか。そう感じて、以前にも増して中国の地方で食べ歩くようになったのだから、誇張ではなく、僕の人生に大きな影響を与えたのである。
しかし、地理的にも経済的にも貧しい土地に、そんなに旨いものがあるのか?そう思う方も多かろう。だが、時として制約は工夫を生み、他所にはない花を咲かせることがある。貴州の場合、食材の量にも種類にも限りがあり、貴重な食材を長く保存しておかねばならなかった環境が、独特の発酵食文化をはぐくむことになった。
貴州の苗族には、「三日も酸っぱいものを食べないと、足取りがおぼつかなくなる」という言葉がある。ここでいう酸っぱいものとは、発酵食品の酸味である。また、侗族も「酸っぱいものなしでは生きられない」と言われ、三酸(サンスァン)という名物料理がある。これは魚と豚肉とアヒル肉の三種の唐辛子漬けの総称で、甕の中で何十年も寝かせた熟成ものまである。「発酵の酸味」は、貴州料理を理解する上での最重要キーワードだ。
痩せた土地でも育つ唐辛子を多用する点も貴州料理の特徴で、用途に合わせて辛さや香りが異なる唐辛子を使い分ける。調理法も様々で、生のままでも使うし、熟成発酵させたり干して炙ったりしたのを調味料として使うこともある。その辛さへのこだわりについては、「四川人は辛さを恐れない、貴州人は辛くないことを恐れる」などという俗語があるほどだ。
しかし、決して辛さ一辺倒の料理ではない。四川料理の魅力が辛さと痺れの融合だとするなら、貴州料理の魅力は辛さと発酵の酸味の融合と言えるだろう。その複雑で奥深い味わいは、中国広しといえど唯一無二だと思っている。
今回の記事を通して貴州料理に興味を持ってくれる人がひとりでも増えればいいなと思って、最終回の舞台に選んだ次第だ。是非とも最後までご覧ください!
紅組白組、どっちが好き?腸旺麺と花渓牛肉粉(真紅のモツラーメンと純白の牛肉ライスヌードル)
まずは、貴陽を代表する麺料理を2つご紹介しよう。いずれも「貴陽でその麺を食べなければ貴陽に行ったことにならない」と言われるほどの知名度を誇り、美味しさの点でも甲乙つけがたい実力派だ。
紅組代表は、腸旺麺(チャンワンミェン)。豚骨や鶏ガラをベースにした真っ赤なスープの中には、日本のラーメンによく似たちぢれた卵麺が沈んでいる。青々とした葱が赤いスープに映えて、とても美しい。メインの具は脆哨、猪大腸、猪血旺という三種の神器で、その中の猪大「腸」と猪血「旺」が名前の由来になっている。腸旺は「常旺(常に盛ん)」と同音であり、縁起の良い名前でもある。
三種の神器の正体は、全て豚由来の食材だ。脆哨はカリカリに揚げたサイコロ状の豚肉で、猪大腸は茹でた豚のダイチョウ、猪血旺は豚の血プリン(豚の血を固めて蒸したもの)。なかなかパンチの効いた面子と言えよう。
早速、いただきます。まずは麺をたぐり上げ、フーフーと冷ます。これが重要。スープの表面を覆う真っ赤な油が保温の役目を果たし、麺もスープも熱々なのだ。頃合いを見て、ガバリとほお張る。てらてらと艶めかしく光るちぢれ麺にはスープがよくからむ。スープは意外にも穏やかな辛さで、コクが豊か。深みのある唐辛子の香りが鼻に抜けて、思わず陶然となる。
真っ赤な油は紅油(ホンヨウ)といって、唐辛子の辛味・色味・香りを油に移したものだ。四川など他地域でも見かけるが、貴州の場合、水で戻した干唐辛子と大蒜・生姜を臼で突いてペースト状にしたものをたっぷりの油で炒めて、紅油を作る。
因みに、このペースト状の唐辛子は糍粑辣椒(ツーバーラージャオ)と呼ばれ、辛味調味料として様々な貴州料理に用いられる。程よい辛さと豊かなコクは、貴州特産の唐辛子を使ってこそ得られるのだそうだ。
麺とスープを楽しんだら、三種の神器の出番だ。猪血旺はプリンとした舌触りが魅力。カリカリの脆哨はスープのコクを深める役割も果たしている。僕が一番好きなのは、猪大腸だ。花椒・八角・山奈(バンウコン)など様々な香辛料で煮込まれたダイチョウは、むっちょりとした旨味のカタマリだ。一口かじるごとに満足感が高まっていく。
見逃せないご馳走は、スープの中にひそんだ豆芽(豆もやし)である。程良く辛さを身にまとった豆もやしはシャキッと爽やかで、重量感のある面子が多い中で、全体のバランスを上手く整えてくれる。
多彩な具を順繰りに口に放り込み、その合間に麺とスープをすする。じんわりと辛さが効いてきて額に汗が浮かんでくるが、毎度それをぬぐう間も惜しくて、最後まで一気に食べ終えてしまう。
腸旺麺の向こうを張るのは、白組代表の花渓牛肉粉(ホァシーニウロウフェン)。貴陽市郊外の花渓が発祥の地で、牛肉粉とは牛肉がのった米粉(ライスヌードル)という意味である。
腸旺麺と比べると、一見、地味極まりない。牛骨ベースのスープは口当たりが優しく、辛味や酸味がはっきりした料理が多い貴州においては、意外とも言えるほどのあっさり味だ。
米粉は、中太の生。プリプリとして美味しいが、取り立てて特徴があるわけではない。だが、食べ進むにつれて、地味な見た目の裏に隠れた旨さが明らかになってくるのだ。
まず、具の牛バラ肉がいい。砂仁、草果、山奈、茴香(ウイキョウ)、香葉(月桂樹の葉)、陳皮、干唐辛子など多種多様な香辛料で煮込まれた牛バラ肉は、柔らかくて噛むほどに味が出る。
さりげなく入ったキャベツの漬物も、素晴らしい働きをする。それ単体でも爽やかな箸休めとして活躍しつつ、その酸味と旨味が徐々にスープに溶け込み、全体の味わいに変化と深みを与えてくれるのだ。そういう土台の上で、たっぷりの香菜が旨い。あの独特の香りが実に良いアクセントになる。
ひと通り味見を済ませたら、トッピングを試そう。専門店の卓上には花椒、醤油、黒酢などが置いてあって、自由に足せるようになっている。絶対に入れるべきなのが、貴州特有の煳辣椒面(フゥラージャオミェン)。干した赤唐辛子を焦げる寸前まで炙ってから擂ったもので、辛さはさほどでもないが、カツオ節にも似た独特の香りと旨味がある。貴州では一般的な調味料で、僕は煳辣椒面の香りをかぐと貴州を思い出す。
香りに誘われて、改めてスープをすすり、米粉をほおばる。最初は地味に思えた目の前の碗が、どんどん複雑味を帯びてくる。見た目からは想像できなかった味わいが次々に現れ、無我夢中になる。なんだこれ、妙にうまい…いや、むちゃむちゃうまいじゃないか…!そうやって、初見では見抜けなかった花渓牛肉粉の魅力に気付いたときには、この麺のとりこになっているはずだ。
さあ、どうだろう。腸旺麺と花渓牛肉粉、貴陽へ行ったらどちらの麺を食べるか、心は決まっただろうか。賢明な読者諸氏は、もちろん正解が分かっていることと思う。そう、正解は「選べないのでどちらも食べる」である。