つるつるぷるんっ!中国で最も有名な広西料理・桂林米粉(桂林式ライスヌードル)

桂林人のソウルフードと言えば、何をおいても桂林米粉である。桂林の街には犬も歩けば棒に当たる勢いで米粉専門店が建ち並んでいて、朝から晩まで大勢の客でにぎわっている。
米粉とは、米の麺だ。長江以南の稲作地域ではありふれた食べもので、地域ごとに独自の米粉文化がある。最も一般的なのは、切り口が丸型のもの。水を加えながら米を挽いて柔らかな餅のように成形したものを、ところてん式に熱湯の中へ押し出し、茹で固めて作る。生の米粉はつるつるぷるんとした舌触りが素晴らしく、早く日本にも普及しないかなあと昔から思っている。
因みに、日本でよく食べられているビーフンは、極細の米粉を乾燥させたものだ。そもそもビーフンという呼称は、米粉の閩南語(福建省南部の方言)での発音が基になっている。
数ある米粉の中でも、桂林米粉の知名度は抜きん出ている。その人気は今や全国区で、中国で最も有名な米粉だと言っても過言ではない。中国でもマイナーな広西チワン族料理の中では、間違いなく一番の出世頭だ。
ひとくちに桂林米粉と言っても、具の内容やスープのあるなしによって、様々な種類に分かれる。だから、店で「桂林米粉をください」と注文するのはうどん屋で「うどんをください」と言うのと同じで、少々間抜けだ。そういう間抜けな観光客(←初めて行ったときの僕)には、もっともスタンダードな米粉が供される。それが、鹵菜粉だ。桂林人にとって、米粉と言えばまずはこれになる。
湯にくぐらせて温めた米粉を碗に盛り、鹵水をかける。鹵水とは、牛骨や豚骨のスープと茴香(ウイキョウ)・草果(カルダモン)・桂皮(シナモン)など十数種の香辛料を煮詰めて作るタレで、桂林米粉の世界では、鹵水の味がその店の評価を決めると言われるほど重視されている。
具は極めてシンプルで、牛・豚の薄切り肉と揚げたピーナッツ程度。スープは全く入っていない。他地域で「桂林米粉」を頼むとほぼ確実にスープありのものが出されるが、本場ではスープなしが基本形なのだ。

しかし、ここからが本番。鹵菜粉は、この時点ではまだ完成していない。客が自分の好きなトッピングをのせて、好みの味に仕上げるところに醍醐味があるのだ。この点は、連載第2回の雲南省西双版納篇で紹介した米線と似ている。
トッピングの種類は店によって異なるが、代表的なものだけでも、酸筍(タケノコの漬物)、酸豆角(ササゲの漬物)、辣椒(生唐辛子)、酸辣椒(唐辛子の漬物)、辣椒粉(唐辛子の粉末)、辣椒醤(唐辛子ペースト)、黒酢、揚げ大豆、刻み葱、刻み香菜、酸蘿蔔(ダイコンの漬物)、酸南瓜苗(カボチャの茎の漬物)、酸黄瓜(キュウリの漬物)…と、実に多彩だ。

組み合わせや分量は、好みで決めればいい。ただ、決して忘れていけないのは、酸筍と酸豆角だ。酸筍の独特な発酵の香りと酸豆角の小気味よい食感があってこそ、鹵菜粉は旨い。酸筍の香りは、初めての人には臭く感じるかもしれないが、慣れればクセになる。酸筍がない桂林米粉なんて、花椒がかかっていない麻婆豆腐のようなものだと僕は思っている。

席に着いたら、鹵水やトッピングが米粉全体によく馴染むよう、ひたすら混ぜる。混ぜれば混ぜるほど旨くなるので、この手間を惜しんではいけない。すると、米粉の熱によって鹵水やトッピングの香りがほわほわと立ち昇り、強烈に食欲を刺激してくる。
あとは、食欲に突き動かされるがまま、むさぼるだけだ。つるつるぷるんとした米粉にパリポリ・シャクシャク・カリコリ・ムニムニ…と様々なトッピングの食感が加わって、口の中で賑やかなリズムを刻み出す。それに続いて、鹵水のほど良いコクや漬物たちの辛味・旨味・酸味・香ばしさ・発酵臭といったものが徐々に存在を主張してきて、互いにせめぎ合い、高め合い、混じり合っていく。

こうなるともう止まらない。毎回、まるで何かに憑りつかれたかのように、無我夢中で米粉を頬張る。そして、ふと我に返ったときには、米粉の最後の1本を名残惜しそうに箸でつまんでいる自分を発見するのだ。
米粉がなくなったら、店内に用意されている容器からスープを注ぎ、碗の内側にへばりついたトッピングや鹵水とともにすする。牛や豚の骨でとったスープはあっさりまろやかで、蕎麦のあとに飲む蕎麦湯のような安らぎを与えてくれる。そして、このスープを飲み終えたときが、本当の「ごちそうさま」になるわけだ。

もっともこれはひとつの食べ方であって、最初からスープを足す人や、途中で足す人もいる。だが、香りと刺激の奔流を堪能するには、スープなしが一番だと思う。これから桂林で米粉を食べる人は、まず鹵菜粉を注文し、是非とも最初はスープなしの旨さを感じてみて欲しい。

最後に、鹵菜粉以外の桂林米粉もさらりと紹介しておこう。馬肉粉(馬肉がのったあっさりスープ米粉)、牛腩粉(具が煮込み牛ばら肉)、叉焼粉(具がチャーシュー)、三鮮粉(具が三種)、酸辣粉(すっぱ辛いスープの米粉)、原湯粉(米粉を作った際の白濁した湯をスープにする米粉)、炒米粉(激辛炒め米粉)など、こちらはこちらでそれぞれに旨い。



あまりに旨いので、わずか3日の旅で12回も桂林米粉を食べてしまったこともあるが、それでも全く飽きないどころか、もっと食べたいという気持ちが高まったほどだ。
地元での浸透度といい、圧倒的な知名度といい、米粉というカテゴリの中でのブランド性といい、桂林米粉の立ち位置は、日本のうどん界における讃岐うどんのそれと似ているように思う。香川県に行って、讃岐うどんを食べない人はほとんどいないだろう。それと同じで、桂林に行ったら、是非とも桂林米粉を食べて欲しい。決して後悔はしないはずだ。