中国料理FROM天台山!当企画は、2021年にオープンした中国浙江省の山岳リゾートホテル「星野リゾート 嘉助天台(かすけてんだい)」総料理長・山口祐介さんの中国食探訪記です。仏教の聖地・天台山から、ここに住み、食を生業として働く料理人の目線で見た《中国の食》をご紹介します。

初めまして、山口です。一昨年から出張でたびたび中国に行っていたのですが、2021年2月から浙江省・天台山の「星野リゾート 嘉助天台」の総料理長として中国で働くことになりました。

新型コロナウイルスの影響で日本での足止めが長く、一時は行けなくなるかと思いましたが、2021年2月、ついにビザが下りたのです。今やっと、中国で鍋が振れる喜びを噛み締めています。

一方で、以前のように気軽に海外旅行に行けるようになるのはまだ先でしょう。そこで今、僕が中国で体験していることを伝えていけたらと思っています。まず1回目は、僕が住み、働いている天台山の環境と食文化について紹介しますね。

山口祐介(やまぐち ゆうすけ)

1980年生まれ。中学時代、横浜中華街で食べた東坡肉に感動し、中国料理の道を志す。都内中国料理店数店、グランド ハイアット 東京「中国料理 チャイナルーム」、中国料理「JASMINE」グループ総料理長を経て、2021年中国浙江省「星野リゾート 嘉助天台」総料理長に就任。単身寮生活で天台山に暮らしている。

 

いざ仏教の聖地・天台山へ!

天台山と聞いて日本人がピンとくるのは、恐らく仏教の天台宗ではないでしょうか。かつて唐に渡った最澄が日本に広めた、法華経を経典とする天台宗です。

日本では比叡山延暦寺に天台宗の本山寺院があります。(Photo by Takako Sato)

そんな天台宗発祥の地・天台山は、中国大陸東部の浙江省にあります。アクセスは上海から車で4時間、寧波空港から車で2時間ほど。2021年下期には新幹線が開通する予定があり、実現すると上海から2時間で到着です。そうなると、だいぶ行きやすくなりますね。

ここは日本であまり知名度がないかもしれませんが、中国では年間約2,000万人が訪れる観光地。中国の国家観光局が定める観光地等級では、最高等級の「国家5A級観光地」です。

実際、このあたりの空気は冷涼で気持ちよくて、本当に自然豊か。僕の働くホテルも、上海近郊からリゾートを楽しみに来る人が多いです。

天台山の中心的な寺院として知られる国清寺。
天台山の中心的な寺院として知られる国清寺。

行きつけは農家楽。定番は絞めたての鶏と新鮮野菜!

天台山はいくつもの山が連なる連山で、標高はおよそ1,200mほど。食どころはこれといって高級なものはないのですが、それぞれの山に農家楽(ノンジャーラ|農家レストラン)があります。僕の知る限りでは、全部で6~7軒くらいでしょうか。だいたいどこも民宿を併設していて、食べて泊まれるところが多いです。

そのなかでも、僕たち厨房チームがよく行くのは、同じ石梁鎮にある「村里村外」。いろんな農家楽に行きましたが、ここが一番おいしい。ホテルから歩いて20分なので、休みの日に通ううちに顔なじみになりました。

以前はもっと簡素でしたが、宿泊施設もオープン。
食のマメ知識|農家楽(nóngjiālè|ノンジャーラ)

中国式農家レストラン。都会で働く人々が休日に訪れ、穫れたての野菜や絞めたての鶏で作られた素朴な料理やいい空気を楽しみつつ、麻雀などしながらゆったりと1日過ごすことが多い。多くは大規模市街地から車で1~2時間ほどの距離。農家が副業としてレストランをやっているケースと、レストランが農業も手掛けているケースがある。

湧き水で料理をし、酒を仕込む。野趣あふれる農家楽の裏山

ここは建物の真裏に山があり、そこから引いている湧き水で料理をしたり、お酒を仕込んだりしていいます。以前、その湧き水のある場所に案内してもらったのですが、本当に手つかずの山でした。

浦山へ通じる階段。

どのくらい手つかずかというと、ギザギザの植物が生えていて、短パンとサンダルで来た5人中2人がスネから血を出すレベル(笑)。3分くらいで完全に息切れするような山道を登った先に、湧き水ポイントがありました。

石梁鎮の名前の由来になった滝も近くにあります。
店に引いた湧き水。奥の口から湧き水がチョロチョロと流れていて、この井戸に溜まる仕組み。

使う食材は、放し飼いの鶏や、新鮮な野菜、干し筍など。鶏は三黄鶏(サンファンジー|sānhuángjī)がいて、食べごろの鶏を絞めてもらうことができます。三黄鶏は、ゆで鶏(白切鶏)などに使われる、皮の黄色い鶏です。

農家楽といえば鶏。他の農家楽同様、鶏が畑を自由に歩き回れる放し飼い。
産みたての卵。産卵は屋根のある定位置にて。殻はしっかりとした硬さがあります。
この一羽をいただきます。

鶏はこれ1羽で4kg。なんと2年育てた種雄だそう。このくらい大きくなると、だいぶ火が入りにくくなりますが、味が濃くなりますね。

老板(社長)が言うには「地鶏は60日くらいから食べられるけど、軟らかすぎて美味しくない。90日から120日くらいが食べごろ」とのこと。卵を産ませる雌鶏は1年以降、スープの材料にするそうです。ひとまず今回は、2kgの雌鶏で、天台名物「ビール鶏」を作ってもらうことにしました。

天台農家楽名物①地鶏を地ビールで煮切る「ビール鶏」

「ビール鶏」は地元で「生炒土鶏」、通称「啤酒鶏(ビール鶏)」と呼ばれていて、この界隈ならどこでも食べられる料理です。料理名には「ビール」という単語が入っていないのですが、味と食感の決め手は間違いなくビール。中国独特の薄ーく軽ーいビールを使うのがポイントです。

作り方は、鶏を絞めてぶつ切りにし、水に放って3回水を取り替えたら、下味などはつけずに塩、醤油で炒めます。煮込みは「石梁啤酒」という地ビールをドボドボ入れて蓋をして、最後に砂糖を加えて汁がなくなるまで煮切ったらできあがり。

ものすごくシンプルな作り方で、調理時間は20分くらいですね。恐らくビールの炭酸の働きで、地鶏のしっかり締まった肉が軟らかくなる効果があるんじゃないかと思います。

三黄鶏は皮の黄色みが特徴。調理しているのは2kgの雌。中国は羽根つきのまま計量するので、日本だと中抜き1.2kgくらい。価格は100元(日本円で約1,600円)。
締めてぶつ切りして水に晒した三黄鶏を生炒に。
緑の瓶はこのあたりの地ビール「紅石梁啤酒」。水がキレイなところだからか、山の麓にはバドワイザーの工場もあります。日本の標準的なビールで作るなら、ビールを炭酸で割るのがちょうどいいくらい。

天台農家楽名物② 干しタケノコなのにナスの食感?「笋茄(スゥンチェ)」

また、天台の名産品といえば笋茄(スゥンチェ|sǔnqié)。春に収獲したタケノコを塩漬けにし、蒸し煮にしてから干した食材で、質感はセミドライです。

作り方は、タケノコ100斤(50kg)に対して18斤(9kg)の塩を入れ、専用の鍋にタケノコ、塩をミルフィーユ状に重ねて水を入れ、蒸気が漏れないよう7~8時間蒸し煮にしたあと、半月から1か月天日干しして仕上げます。

笋茄を干している風景。天台に来たらどこでも買えますし、食べられます。
2021年の新物。

一般的な干し筍はシャキシャキした食感になりますが、これは調理するととろっとした食感があり、筋のないメンマのような雰囲気。名前の通り茄子っぽさもありますね。

気になるのは、干笋(意味:干しタケノコ)なのになぜ笋茄(意味:タケノコナス)というのか? 山の麓にいる売り子さんに聞いてみたら「生まれた時からこの名前だったから知らない」と言われました(笑)。

考察するに、天台の言葉で、痩せて小さいことを「茄子」と言います。もともと大きい笋が、干して小さくなるから茄子というのかもしれません。真実は謎です。

天台農家楽名物③ 紅麹を使って仕込む地酒「糯米酒」と野生の果実酒

話を農家楽に戻しましょう。中国の農家楽で自家製の酒が出てくることはよくありますが、この店でも例に漏れず、さきほどご紹介した裏山の湧き水で、毎年酒も仕込んでいます。

ユニークなのは、もち米と紅麹で醸造していて、色はきれいな赤色をしていること。アルコール度数は10度くらいですね。毎年10月に仕込み、その年の冬には熱燗にして飲み始めます。

飲んでみると、もち米を蒸した時のふくよかな米の香りと、適度な甘みが印象に残ります。酸味はわりとしっかりしていて、紅麹独特の香りも。

この酒を1年持たせるのかと思いきや、翌年5月~6月には飲み切ってしまうそう。年の後半は白酒にシフトしますが、白酒で漬けた果実酒も美味です。よく見るのは楊梅(ヤマモモ)。ここでは野生の李(スモモ)、野生の藤梨(キウイ)も漬けていました。いずれも砂糖は入れず、ガツンと酒と果実の味がします。

手前から、野李(野生のスモモ)、楊梅(ヤマモモ)、藤梨(野生のキウイ)の果実酒。
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