水がないなら、冰粉(ビンフェン)を食べればいいじゃない!進化する伝統の味

これぞ夏の風物詩! 汗が噴き出そうなとき、水を飲むより冰粉(ビンフェン)を食べたほうが涼しく感じるのはなぜだろう。

カップに溢れんばかりの冰粉を入れてもらうと、一瞬「こんなに食べられないかも」と思うが心配は杞憂。乾いた土に水が沁み込むように、するすると身体に入ってしまう。

冰粉はふるふる、ゆるゆるな食感の透明なゼリー。夏場だけ冰粉を売る店も多い。

そんな冰粉の原料となるのは、台湾の愛玉子と同じ薜茘(ビーリー)、または石花籽(假酸浆籽)だ。

薜茘(ビーリー)はクワ科イチジク属、石花籽(假酸浆籽)はナス科オオセンナリ属と別物だが、どちらも中国では冰粉籽(ビンフェンの種)として市場に流通している。

両者に共通するのは、種子にペクチンが多く含まれること。ゆえに、水の中で揉むとゲル状になり、冷やしたものが冰粉となる。冷静に考えると、こうやって食べてみようと思った人は、後世に文化を残した偉人だ。

冰粉籽(ビンフェンの種子)として販売されている石花籽(假酸浆籽)。愛玉子より、こげ茶色が濃く、粒が小さく丸い。

また、食べ方もどこかヘルシーなのがいい。定番の食べ方は、黒蜜、ナッツ、ドライフルーツをトッピングしたり、醪糟(ラオザオ:四川の甘酒)と一緒に食べること。

ふるっとした食感に、ナッツは邪魔をしないのか?と思いきや、これがびっくりするほどよく合う。実際、家でゴマとピーナッツあり・なしで作り比べてみたら、ナッツ入りの方がおいしさ倍増で納得した。

成都「轩轩小院」の冰粉。黒蜜、ピーナッツ、干しぶどうが入った伝統系。

また、最近では進化系冰粉もよく見るようになった。パイナップルやパッションフルーツなどの南国フルーツが入ったものや、酸梅湯(さんめいたん)味、コーヒー味などバリエーションも多く、店もたくさんあって目移りするほど。

夏にキラキラと輝く冰粉は、トッピングを変えながら、日々アップデートされているのだ。

成都市内の冰粉店。メニューにある通り、豚や牛の串揚げをつまみながら冰粉を楽しむ。
パイナップルと、かき氷、黒ごま、ピーナッツ入りの進化系冰粉。

前出の『甘露』では、夏限定で糍粑冰粉(ツーバービンフェン:黒蜜ときなこ餅)、醪糟冰粉(ラオザオビンフェン:甘酒と白玉)、玫瑰冰粉(メイグイビンフェン:薔薇とフルーツ)、水果冰粉(シュイグォビンフェン:マンゴーとスイカ)の4種類を出しており、いずれもかき氷入り。日本では珍しさもあって、これを目的に訪れるお客さんも少なくない。

なかでも人気があるのは玫瑰冰粉。玫瑰というと雲南省のイメージがあるが、「実は四川省もバラをよく使います。冰粉だけじゃなく、凉糍粑(リャンツーバー:熱くないきなこ餅)のソースにしたり、もち米のちまきに砂糖やバラのソースをつけて食べるんです」と張さん。

『甘露』の玫瑰冰粉。薔薇風味のソースに玫瑰の花、ドラゴンフルーツ、ピンクと白の白玉、緑の干しぶどう、山査子餅、かき氷が入っている。

かき氷は現代的なアレンジかと思いきや、張さんの子どもの頃からあったそうだ。

「屋台ですごく大きな四角い氷を削っているのを見ていました。これを削ったものを刨冰(バオビン:かき氷)っていうんです。氷売りの店主は、お客さんが来ないときは布で氷を包んで溶けないようにして待ちます。削るのにも体力を使いますね」。

『甘露』の糍粑冰粉。ナッツと揚げ餅の香ばしさが、驚くほど黒蜜がけの冰粉にマッチする。これぞ伝統の味!

こうしておやつの話を聞いていると、往年の風景が目に浮かぶようで、なんともしあわせ気持ちになってくるのは私だけではあるまい。

思えばおやつは、人と人との潤滑油、ときに心の寄り道に付き添ってくれる存在だ。学校帰りのおやつがまさにそうだし、旅先で友人と食事をしたあと「冰粉食べに行きましょうよ」「毎年あそこにおいしいかき氷の屋台が出るから買ってくるよ」という流れになることも少なくない。

そこで氷を口にしながら、たわいもない話をして過ごすのだが、ゆるりと過ごしたあの時間は、彼らの暮らしに根付いた文化を味わう、かけがえのないひと時でもああった。

旅先でも日常でも、ひとりでも誰かといても、おやつはちょっとした心の潤いとなる。いつでも目的にまっしぐら、予定だけこなしているようでは、どこかで心折れてしまうかもしれない。

人はそんなに強くない。そう思うと、あちらこちらで郷土のおやつが楽しめる成都は、思い立ったら寄り道し、心にゆとりを取り戻すことができる街でもある。


取材協力:甘露(TwitterFacebookオフィシャルサイト
東京都新宿区西早稲田3-14-11
TEL 03-6823-5484
※緊急事態宣言中は通常の営業時間と異なる場合があります。詳細は店のSNSまたはサイト等でご確認ください。


TEXT&PHOTO:サトタカ(佐藤貴子)