秋冬は格別!爆肚と涮羊肉(茹でモツと羊肉しゃぶしゃぶ)

涮羊肉で酒宴。銅鍋の周りに様々な羊肉と具が並ぶ幸せな図。

北京篇のトリは、僕が最も愛する北京黄金コンビ・爆肚(バオドゥ)涮羊肉(シュアンヤンロウ)に飾ってもらうことにする。

北京は、世界最高峰のモツ料理が楽しめるモツ天国でもある。毎朝さばかれる羊・牛・豚から新鮮で多様なモツが供給され、様々なモツ料理に姿を変える。その中でも、最も単純にして至高の存在が、爆肚(バオドゥ)だ。羊もしくは牛のモツをぐらぐら煮立った湯でさっと湯がいて皿に盛り、胡麻だれをつけて食べる。それだけのものだが、これがもうおびただしく旨い。

まず驚くのは、モツのバリエーションの豊富さだ。専門店ともなれば、羊のモツだけで9種類もの選択肢がある。羊肚芯、羊肚仁、羊肚領、羊肚板、羊葫蘆、羊散丹…とまるで暗号のようだが、そのどれを選んでも臭味は皆無。鮮度抜群のモツを丹念に下処理するからこそである。

某老舗専門店の壁にあった図表。これを見たら全部制覇したくなるのが人情。

何を頼むか悩んだら一番に試してほしいのが、爆肚界の女王と呼ぶべき存在・羊肚仁(ヤンドゥレン)だ。白く艶やかに輝くカタマリを口に入れると、モキュンモキュンというか、シャキュッシャキュッというか、およそモツとは思えぬ不思議な食感の奥から、ぴゅるぴゅると旨味が広がってくる。一体どの部位かと言えば、「羊のミノの周りに隆起した筋の皮を剥いたもの」である(笑)。このひとつを取っても、北京人が如何に繊細にモツを食べ分けているかご理解頂けることだろう。

美しき羊肚仁。希少部位なので、爆肚の中では最も値が張る。

モツをつける胡麻だれは、芝麻醤(胡麻ペースト)、醤油、酢を基本として、店によっては腐乳、すりおろしニンニク、胡麻油、蝦油などを加える。薬味は刻んだ葱と香菜。この胡麻だれの出来が店の格を決めると言われている。名店の胡麻だれは、豊かな胡麻の風味とほのかな酸味や香ばしさのバランスが絶妙。たっぷりと浸してもモツ自体の味を損ねず、最後までしつこさを感じさせない調合が見事だ。

胡麻だれ。

さて、お次は牛のセンマイ・牛百葉(ニウバイイエ)にご登場願おう。黒と白のコントラストが実にセクシー。口に放り込めば、その色気は更にあふれ出す。ブリュンブリュンブキュンという肉感的な食感の迫力とそれに負けない豊かな旨味に、僕はいつもメロメロ。爆肚界のマリリン・モンローである。

爆肚界のセックスシンボル・牛百葉。

それと好対照を為すのが、羊のセンマイ・羊散丹(ヤンサンダン)だ。牛センマイに比べて薄い分、ミチッミチッと中身の詰まったような食感をしており、噛むごとにゆっくりと染み出てくる旨味が魅力だ。くすんだ灰色をした地味なたたずまいの裏に秘めた色気。こちらはまるで浅葱鼠の紬を着た日本女性のようである。(バカなことを言っている自覚はあります)

楚々とした風情がそそる羊散丹。

他にも何種類もあるので、毎回どれを頼むか悩みまくる。大人数で行って全種類頼んでみたいとも思うが、そうなると一つの種類を少しずつしか食べられないことになり、却って満足感が減る気もする…などと、悩みは尽きない。爆肚は北京でしか食べられない絶品料理なのに、ガイド本には載っていないので食べ逃してる人が多いのではなかろうか。超絶勿体ないので、これを見て北京に行く人は必食!である。

さて、爆肚を食べ終えたら、涮羊肉(シュアンヤンロウ)の出番だ。くるくる巻きになったピラピラ冷凍肉の涮羊肉は日本でも食べられる店が増えてきたので、ご存じの方も多いだろう。あれはあれで旨いものだが、北京で本式の涮羊肉を食べたら、何ごとも上には上があることを思い知らされるはずだ。

本式の涮羊肉は、中央に筒が付いた銅鍋と炭火で食べるのがお約束。鍋底(ベースのスープ)は至ってシンプルで、単なるお湯に薬味の白葱と生姜を入れる程度だ。下味が付いたスープは、本来邪道。まずはひたすら羊肉を食べ、羊肉のダシが出たところで他の具を煮るという寸法である。

テーブルの真ん中にドン!と居座る銅鍋。テンション上がるぜ!
シンプルイズベストの鍋底。余計なものはいらない。

更なる特徴は、羊肉の選択肢の豊富さとその鮮度。部位ごとに八種に分かれており、脂と肉の比率や歯応えが異なる。どれも手切りの生肉で、ピラピラ冷凍肉と比べて、ジューシーさと柔らかさが段違い。割と厚切りなのに口の中で溶けて、いくらでも食べられそうな気がしてくる。

これまた某店の図表。羊肉の部位を選べる、ということにワクワクしてくる。
イチオシは黄瓜条。腿の内側の部位だそうだ。
色々な部位をガツガツ食べよう!(あとから見ると、どれがどれだかわからない。笑)

具をつけて食べる胡麻だれが店の競いどころになっている点は、爆肚と同じだ。但し、爆肚のタレとは調合が異なり、芝麻醤をベースとして韮菜花(韮の花の発酵ペースト)や腐乳など十数種類の材料を用いる。名店ともなれば、濃にして厚だがくどさのない、絶妙の技を見せてくれる。

胡麻だれの旨さは突き抜けたものがある。

主役の羊肉と二鍋頭を交互に胃袋に放り込み続ける狂乱のひと時が一段落したら、サブメンバーの出番だ。定番は、春菊、白菜、酸菜(白菜の漬物)、香菜、凍豆腐(しみ豆腐)、春雨、椎茸、木耳、エノキダケなど。ぶっちゃけ、何を入れようが羊肉のダシを吸ってご馳走になる。体内に溜まった「肉気」をたっぷりの野菜で中和していくと、実に心地よい満腹感が得られるというわけだ。

肉も野菜もたっぷり採れるところが、鍋料理の良さ。
羊肉のダシが染みて、激旨!

更に、涮羊肉には欠かすことのできない脇役が二つある。糖蒜(タンスアン)焼餅(シャオビン)だ。糖蒜はニンニクの甘酢漬けで、羊肉をがっつく合間にかじると良い箸休めになる。焼餅は中華風胡麻パンで、〆に食べる。表面はカリっと香ばしく、中は生地が何層にも重なっていて少しモソモソするのだが、これを鍋の汁で程よく薄まった胡麻だれに浸して食べると、素晴らしくおいしい。

箸休め役の糖蒜。ニンニクだけど、食べるとさっぱりする。
〆には焼餅。香ばしさがたまらない。酒のつまみにもなる優れたパンだ(笑)

僕は毎回、焼餅を食べ終わるころには満腹泥酔で夢見心地になっている。この幸せを皆さんにも是非味わってみてほしい。「え、私、モツも羊肉も苦手なんだけど」という人もいるかもしれないが、そういう人には「きっとあなたが今まで食べたモツと羊肉がイマイチだっただけですよ」と言っておこう。一度食べれば、あなたのモツ観と羊肉観が変わることを保証する。

次回予告:最終回!貴州省貴陽市で食べるべき料理3選(2020年2月20日更新予定)