無骨で硬派にグッとくる。酒徒精選!老北京下酒菜(酒徒が選ぶ!北京の酒肴)
地元に根付いた店で、その土地ならではの料理を肴に地酒を飲む。旅好きの酒飲みにとっては、何にも勝る悦びだろう。その悦びは、北京でも大いに味わうことができる。それどころか、僕にとって北京は「中国版・毎食酒を飲みたくなる都市」ランキングで、長らく不動の一位を占めている。
北京の料理は、とにかく酒を呼ぶ。甘味の少ない硬派な味付けは、正に酒飲み好み。そっけないほどの見た目で地味な色合いの料理ばかりが並ぶが、その武骨さが却って酒飲みの心に響く。そして、いざ口に運べば、味は千差万別。その旨さに酒杯を高く掲げたくなる。
この骨太な料理に合わせるべき酒は、白酒(バイジウ)をおいて他にない。高梁(コーリャン)、小麦、とうもろこしなどの穀物を土中で固体発酵させてから蒸留する中国ならではの酒で、中国北方で酒と言えば、ビールでも紹興酒でもなく白酒である。なかでも、北京で飲むべきは二鍋頭(アルグオトウ)。アルコール度は泣く子も黙る56度。セメダインにも例えられる独特の芳香と焼けるような喉越しが特徴だ。
この酒を宴会で一気させられて嫌いになってしまっている日本人も多いと思う。だが、食中酒としてちびりちびりやれば、北京料理との相性の良さに驚くはずだ。疑うならば、北京のローカル店に入って周りを見渡してみるがよい。
二、三皿の料理を前に小瓶サイズの二鍋頭をすすっている老北京人(北京っ子)が必ず一人や二人は見つかるはずだ。僕は初めての北京旅行でその姿に感じ入り、この世界に仲間入りした。
さあ、今日はどの料理を頼もうか…と考えれば、瞬く間に二十や三十の候補が頭に浮かぶ。そこをぐっと我慢して、今回は北京の四季も意識しつつ、北京ならではの涼菜(冷たい料理)をいくつか選んでみた。熱菜(温かい料理)だってもちろん旨いが、酒飲みにとって、冷めることを気にせずにのんびりつまめる肴(涼菜)こそが真の友ではないかと考えたからだ。
まずは、香椿豆腐(シャンチュンドウフ)。春先に芽吹く香椿という樹木の若芽はやや赤味がかった色をしているが、湯がくことで鮮やかな緑色に姿を変える。それを刻み、塩や胡麻油と共に豆腐と和えたものだ。
この若芽には、ムワーンとした独特の匂いがある。初めての人はまずウッとむせるような匂いだが、慣れればそれがクセになるのは、この種の食材全般に共通することだろう。口一杯に香椿と豆腐をほおばり、鼻から抜ける匂いを十分に楽しんだあとで二鍋頭をすするのが、僕にとって春の北京の愉しみだ。
夏になったら、茄泥(チエニイ)の出番だ。皮を剥いてトロトロに蒸した茄子を箸で割いてペースト状にする。常温まで冷めたら、刻むかすりおろすかしたニンニクを添えて、胡麻だれをペトリ。
胡麻だれは塩主体の潔い味付けで、茄子の甘味を主役と心得た塩梅が見事だ。口の中に広がるまったりとした旨味の中で、ピリッとした生ニンニクの辛味が実に効果的。単純に見えて、色々考えてある料理だ。
暑いときも寒いときも頼みたくなるのが、豆児醤(ドウアルジャン)。豚の皮の煮こごりで、細切りの豚皮に加えて、大豆、人参、熏干児(燻製押し豆腐)といった面々が色味と食感に華を添えている。
濃いが濃すぎない醤油味に生姜や香辛料の風味が調和し、舌の上で溶け出す旨味とニンニク黒酢タレが混じり合うと、「二鍋頭持って来い!」と叫びたくなる。日本の居酒屋でエイやサメの煮こごりをつまみにひや酒をすする趣きとはまた違った愉しみが、北京にはあるのだ。
北京の冬と言えば、何をおいても白菜である。その白菜を使った酒肴というと、真っ先に名が挙がるのが芥末墩児(ジエモウドゥアル)だ。輪切りにした白菜に熱湯をかけて軽く火を通し、たっぷりのからし粉・砂糖・白酢・塩をまぶして数日間漬けこむ。下の写真をご覧あれ、真っ黄色のビビッドな外観が衝撃的だ。
見た目どおりの激烈な辛子の刺激。だが、それがいい。ガバッと頬張り、ツツツーンとくる刺激に涙を浮かべながら舐める二鍋頭がまた旨い。慣れてくると、強烈な辛味を程よい甘味と酸味が支えているからこその旨さだと気付く。食べ終わると口内はすっきり爽やか。箸休めの役割も果たしてくれる優れた酒肴である。
最後は麻豆腐(マードウフ)にご登場願おう。実は涼菜ではなく熱菜だが、「北京の酒肴」と銘打ってこれが入らないようでは体(てい)をなさない。くれぐれも四川料理の麻婆豆腐と混同することなかれ、麻豆腐は北京にしか存在しない強烈な個性を持った料理である。
なんせ見た目からしてこれだ。緑豆で春雨を作るときに出る搾りかす(要は、緑豆のおから)を炒めて、熱々の辣椒油を回しかけてある。灰色の山の中には、大豆や枝豆や刻んだ青菜の漬物が潜んでいる。
お世辞にも食欲をそそるとは言い難いビジュアルだが、味の方も一筋縄ではいかない。緑豆のおからは絞る前に発酵しているので、ヌオンとした匂いと酸味がある。それに加えて、炒め油には羊油(羊の脂)を使うため、羊の匂いも濃厚にただよう。人を選ぶ味かもしれないが、酒飲みや発酵料理好きならぞっこんになること請け合いの一品だ。
ややみっしりとしたおからを口の中で溶かすように噛み合わせると、発酵の旨味や酸味とともに緑豆や羊油の風味が口の中にふわーっと広がっていく。コリコリした枝豆やシャキッとした青菜の漬物の食感も楽しみつつ、唯一無二の混然とした旨味をゆったり楽しみ、最後に二鍋頭をぐびり。たまらん!ひと口で、「北京に来たなあ」と思える大好物だ。
まだまだ色々書きたくてうずうずしているけど、今日のところはこのへんで。二鍋頭と北京料理のマリアージュを、是非お試しあれ。あ、ここで紹介した料理は下戸の人でも絶対に楽しめると思います。念のため。