中国料理FROM天台山!当企画は、2021年にオープンした中国浙江省の山岳リゾートホテル「星野リゾート 嘉助天台(かすけてんだい)」総料理長・山口祐介さんの中国食探訪記です。仏教の聖地・天台山から、ここに住み、食を生業として働く料理人の目線で見た《中国の食》をご紹介します。★1回目から読む方はこちらからどうぞ!

中国料理の秋冬の味覚といえば上海蟹ですよね。日本でも、今の時期は各店で上海蟹が食べられていることでしょう。しかし、僕が住む浙江省台州エリアで、今食べるべき蟹といえば青蟹です。

青蟹とはワタリガニ科の蟹で、ノコギリガザミのこと。浙江省、福建省、台湾、広東省など東シナ海から南シナ海沿岸あたりで収獲されている蟹で、mud crab(マッドクラブ)というとピンとくる方もいるのではないでしょうか。

そんな青蟹は、このあたりでは中秋節に食べごろを迎える蟹として知られています(旧暦8月15日。今年は10月21日)。同じ時期に旬を迎える上海蟹はというと、天台では家で蒸して食べるのが主流。蟹味噌入りの小籠包はさすがに店で食べますが、レストランで食べるのは圧倒的に青蟹なんです。

ゆで青蟹。マッドクラブですから殻は硬く、爪に肉がしっかり詰まって、身は甘く、味噌もたっぷり。

青蟹の味わいは、肉質のしっかりしたワタリガニという感じ。特に爪にしっかりと蟹肉が詰まっていて、爪が一回り大きいのが肉蟹と呼ばれるオス。メスは膏蟹と呼ばれます。なかでも食べごたえがあり、流通にのってくるのは1杯400g前後。大きいものは500gくらいになります。

今の時期、上海や江蘇省の蘇州など、上海蟹の産地に近い人たちは、誇りもあると思うので上海蟹を食べることでしょう。しかし浙江省の南沿岸に住む寧波や台州の人たちは、上海蟹の季節が来ても燃えない人がほとんどです。一切、テンションが上がらない(笑)。

うちのレストランでも点心の湯包(スープ入り饅頭)で使いますが、それ以外は基本的に扱いません。ところ変われば旬の味覚も変わりますね。

これが青蟹。

振り返ってみると、ここ10数年間、青蟹はほぼ日本の中華料理市場から消えていたような印象があります。しかし僕が20代前半のときは福建蟹(福建ガニ)と言う名前でアメ横にも売られており、調理場でも活きた青蟹をよく使っていました。当時勤めていた店で、この蟹をぶつ切りにして煮込み、卵で閉じるタイプの芙蓉蟹にしていたのです。

そしてここ天台に来て再び青蟹を調理するようになり、今度は産地を訪れてみたくなりました。きっかけは、なじみの滴滴(DiDi)のおじさんです。

滴滴とはアプリで呼べる中国の個人タクシーのひとつ。おじさんは、僕が日本と中国を行き来しているときから付き合いがあり、今ではすっかりなじみの顔です。最近はタクシー運転手に人気がある朝ごはん屋さんに連れて行ってもらうこともあり、「青蟹に興味があるなら三門まで連れて行ってあげるよ」と言われたのです。

僕が働く店でも青蟹の注文が入っているので、この誘いに乗らない手はありません。さっそく中国人の若い料理人たちを誘って、浙江省の青蟹のメッカ・三門県までおじさんの車で行ってきました。

青蟹のメッカ、浙江省台州市三門県へ!

目的地となる三門県は、上海から高速鉄道(中国の新幹線)を使って約3時間弱。僕のいる天台に行くときは、上海紅橋→紹興市→寧波市→台州市と南下していきますが、台州市に入って最初の駅が三門県駅で、ここが天台山の観光の入口にもなっています。

「中国最鮮美城市」は三門県を象徴するモニュメント的な建物。ここまで来たら市場はすぐそこ!

いつも新幹線から眺めていた三門県の看板を初めて間近で見ました。青蟹が大きく描いてあります。

モニュメントの近くには、青蟹のデパートがそびえ立っていました。なんとこの中に50軒ほど青蟹の卸売り店が入っており、どの店舗に行っても青蟹が買えます。

三門青蟹卸売市場。小売もしてくれます。

卸売市場に入っている店には、地元のレストランが買い付けに来るほか、青蟹を中国全土へ発送もしていました。なかでもここで扱っている三門の青蟹は、オレンジ色の布がトレードマーク。上海蟹に湖の名前が入ったタグがついているように、青蟹もこのハチマキと地名がセットでひとつのブランドになっているのです。

市場のゆる~い雰囲気。
オレンジのハチマキが三門の青蟹のトレードマーク。

しかし、一緒に来た若手料理人に言わせると、「こんなハチマキはすぐ偽物が作れます。巻いてあるからといって本物というわけではありませんよ」。すると滴滴のおじさんが「このハチマキの原価が1元くらいするぞ。市場ではなく埠頭に行けば、ハチマキがないぶん安く買えるから」と囁くじゃありませんか。

なかなかガッチリしています。

たしかに三門の青蟹は有名ですが、中には福建省から来ているものも混ざっていると聞きます。まあ、隣の海ですからそう変わりはないと思うのですが、日本の蟹も水揚げした浜で値段が変わるので、似たようなところがあるのかもしれません。そこで、埠頭のほうにも行ってみることにしました。

埠頭で青蟹を品定め!

埠頭に行くと、ちょうど船から青蟹を降ろしている真っ最中。一帯は青蟹販売特設会場のようになっており、おじさんやおばあちゃんが腰を下ろして来客を待っています。滴滴のおじさんの言うとおり、ここではハチマキなし、未選別の青蟹がじゃんじゃん販売中でした。

埠頭に停泊している船には、どの船体にも「浙三漁」の字が書いてあります。浙江省三門県の漁船という意味ですかね。
青蟹を受け渡しする漁師と売り子。
埠頭のそばの特設会場。
売る人と品定めする人とでにぎわう埠頭前。
未選別の青蟹。

しかし、ここからいい青蟹をどうやって見分けるのか? 今、中国では調べものといえば抖音(tiktok)。さっそく抖音の動画をチェックしてみると「スマホのライトをONにして、甲羅の右端と左端にそれぞれ光を当て、光を通せば身が薄く、うっすらと通せば中まで詰まっている」とのこと。ただ、これを真昼の屋外でやるのは難しい…。

となると、手で持ち上げてずっしりしているかどうかが唯一の判断基準です。ふと気づくと、ガンガン売ってくるピンクの帽子のおばちゃんと滴滴のおじさんが、台州弁で交渉を開始していました(笑)。最終的に1斤(500g)45元が35元に下がって交渉成立!

浙江省沿岸部が誇る「小海鮮」とは?

青蟹をゲットしたら、今度は露店で気になる小海鮮を片っ端から買い込みます。小海鮮とは、このあたり独特の表現で、青蟹、イシモチ、マナガツオ、貝類、太刀魚など、三門や寧波の先にある舟山など、浙江省に面した東シナ海で獲れる地物の海鮮の総称のこと。

そして、この近辺にある「小海鮮」の看板を掲げている店に海鮮を持ち込むと、一食材15元でオーダー通りに調理してくれるというシステムが!

マテ貝。
サザエ。
鰆。
太刀魚は小海鮮の代表格。
梭子蟹(ワタリガニ)。

市場付近には干物も売っています。日本の北陸方面の市場で見かけるゲンゲも、付近で水揚げされる魚。このあたりだと、ザクザクの衣をつけて揚げて食べることが多いですね。辣焼(ラーシャオ)といって、唐辛子まみれにして食べたりもします。

ゲンゲ天日干し初期段階。
かなり乾燥してきたゲンゲ。

しっかり品定めして買い込んだら、数ある店の中から最も客入りがよく、なんとなくおいしそうなオーラがでていた店へ突入です!

健跳小海鮮、つまりピチピチの小海鮮がウリ。

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