これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を毎月伝える連載です。 ◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。 |
ライター:酒徒(しゅと)何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。北京・広州・上海と移り住んだ十年の中国生活を経て、このたび帰国。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下』を更新中。Twitter:@shutozennin |
お久しぶりです。筆者の都合で2ヶ月間のお休みを頂いた本連載は、今月から隔月(偶数月20日公開予定)で再開します。引き続きよろしくお願いします!
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さて、今月の舞台は、長江河口域の南岸に位置する江蘇省蘇州市だ。東洋のベニスと称される、美しい水郷の街である。
蘇州は春秋時代に呉国の都が置かれて以来、江南地方の中心都市のひとつとして長く栄えてきた。旧市街には世界遺産級の庭園が数多く残っており、中世のおもむきを感じさせる街並みは、中国の内外から多くの観光客を集めている。
古くから水運が発達し、絹織物や綿織物の生産で潤ったこの街は、近代以降、上海の隣という地の利を活かして更に大きな発展を遂げた。江蘇省の省都の立場こそ南京に譲っているが、中国の都市別GDPでは、南京を抑えて国内トップ10に入るほど。開発区に立ち並ぶ近未来的なビル群は、古都として知られるこの街の別の姿だ。
歴史もあり、金もある。となれば、食文化が発達する下地は十分だ。加えて、蘇州は食材にも恵まれている。
新石器時代から農耕が根付いている肥沃な土地だけに、稲作も畑作も盛ん。また、郊外には中国第三の大きさを誇る太湖や上海蟹(大閘蟹:ダーヂャーシェ)の産地として名高い陽澄湖をはじめとして、小さな川、湖、池が無数に広がっており、まるで街全体が淡水の幸の宝庫のようである。
そこで産する多彩な魚介類はもちろん、ハス、クワイなどの水生植物や、アヒル、ガチョウなどの家禽類が縦横無尽に用いられるところが、蘇州料理の魅力だ。
淡水の幸を多用するがゆえに、日本では馴染みのない料理が多いが、辛さは皆無だし、変わった調味料や香辛料を用いることもない味付けなので、多くの人に受け入れられやすいと思う。それなのに、蘇州を訪れる日本人観光客は、上海からの日帰りツアーでやってきて、現地の料理など全く食べずに帰ってしまうことも多いようだ。なんともったいない!
ということで、僕が蘇州を再訪するなら必ず食べたい料理を、王道と変化球を取り混ぜて3つ選んでみた。蘇州観光をより充実させる一助になれば幸いだ。
水生植物の滋味に浸る、百合炒鶏頭米(百合炒鸡头米/百合根とオニバスの実の炒めもの)
蘇州には、名物料理がたくさんある。パッと思い付くだけでも、松鼠桂魚(揚げた桂魚の甘酢あんかけ)、油爆蝦(川海老の素揚げ)、清炒蝦仁(川海老の炒め物)、蟹粉豆腐(蟹ミソ豆腐)、響油鱔糊(タウナギのこっくり醤油炒め)、醤方(超巨大トロトロ角煮)など、枚挙にいとまがない。ガイドブックにも必ず載っているので、ご存知の方も多いことだろう。
これらはこれらで美味しいし、見た目にも派手だし、蘇州に行くなら食べて損はないものばかりではある。しかし、どの料理も味付けは甘め濃いめなので、そればかり食べ続けるにはちと重い。蘇州名物を食べ尽くさねば!と意気込んで、ある意味、ヘビー級のパンチを受け続けてフラフラになっていた僕をやさしく受け止めてくれたのが、冒頭の写真の料理だ。
その名も、百合炒鶏頭米(バイフーチャオジードウミー)。百合根とオニバスの実の炒めものである。白に白を重ねた真っ白な一皿が、僕の目をくぎ付けにした。色味のアクセントのため赤いパプリカを入れてみる…といった小賢しいことを考えない潔さが好ましい。
水面に巨大な葉を広げるオニバスは、花を咲かせる前のつぼみが鶏の頭にそっくり。そこから真っ白で真ん丸な実が採れるので、鶏頭米と呼ばれている。湖沼が多いこのあたりでは一般的な食材で、ムニッとした食感が特徴だ。
多めの油でつやつやと輝く百合根とオニバスの実をレンゲでガバリとすくい、口の中に放り込む。シャクッとした百合根と、ムニッとしたオニバスの実の食感が口の中で重なり合い、思わず笑顔になった。想像以上に絶妙のコンビだ。
塩だけの味付けが二つの食材の甘味を引き立てて、飽きの来ない旨さに仕上がっていた。「そもそもこんなに大量の百合根を食べたら、日本ではいくらするんだろう?」という下世話な喜びも、レンゲを動かす手を止まらなくした。
鶏頭米は、このように炒め物にするほか、スイーツに入れたりもする。観光の合間のひと休みで食べた桂花糖水鶏頭米(グイファータンシュイジードウミー)は、キンモクセイが華やかに香る温かい汁の中に、オニバスの実がゴロゴロと沈んでいた。もちもちしたオニバスの実がとろりとした甘さによく合い、ほんわりと疲れを癒してくれた。
オニバスから話を広げると、食べるのは実だけでなく、花茎(鶏の首に当たる部分)も食べる。外側のトゲがついた硬い皮を剥くと、赤味がかったフキのようなものが姿を現わすのだ。ただし、フキと違って断面にレンコンのように無数の穴が開いているのが特徴で、これを多めの油と塩でジャッと炒めた清炒鶏頭菜(チンチャオジードウツァイ)は、シャキッとして旨かった。
湖沼でとれるのは、オニバスばかりではない。クワイ(正確にはオオクログワイ)とセロリを炒めた西芹炒馬蹄(シーチンチャオマーティ)も、スマッシュヒットだった。シュクッとしてほのかに甘いクワイとパキッとしてほろ苦いセロリの見事な競演。地味に見えるけど、実は湖沼地帯ならではの贅沢な一皿だよなあと思う。
更に、菱角(菱の実)も日本では珍しい食材だろう。硬い殻の中には栗のようにホクホクとした白い実が潜んでいて、これとプリッとした枝豆を炒めた菱角毛豆(リンジャオマオドウ)は、よくぞ思い付いたと手を叩きたくなる見事な取り合わせだ。
どの料理も、味付けがとてもシンプルな点に注目したい。食材そのものの香りや甘味や食感を主役に据えた繊細な味付けに驚かされる。油こそたっぷり用いるが、油はコクにもなる。そのコクの上にわずかな塩や砂糖をのせてやるだけで、十二分に美味しい料理が完成するのだ。
今回採り上げた湖沼の水生植物を使った料理は、どれも香りや食感に特色があり、淡水の幸の魅力を味わうのに打ってつけの品々だ。実のところ、蘇州の専売特許というわけではなく、江南地方全体でよく食べられている料理ではあるのだが、どれも日本では食べられないので、いつかどこかで紹介しておきたかったのである。
その意味では、蘇州人から「もっと蘇州ならではの名物料理があるだろ」とお叱りを頂くかもしれない。お詫びの意味を込めて、最後に思いっ切りベタな名物料理の写真も並べておくので、許してください(笑)。