これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を毎月伝える連載です。
◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。
ライター:酒徒(しゅと)何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。中国生活は合計9年目に突入し、北京・広州を経て、現在は上海に在住。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下@上海』を更新中。Twitter:@shutozennin

連載6回目の今回は、中国の最南端に位置する海南省が舞台だ。省の大部分を占める海南島の面積は九州よりやや小さく、人口は1,000万人弱。人口の8割は漢族で、そのほかにリー族(黎族)、ミャオ族(苗族)、チワン族(壮族)などの少数民族がいる。以前は広東省の一部であったが、1988年に海南省として独立し、今年で省成立30周年を迎えた。

かの大詩人・蘇軾が流刑に処された土地であり、日本に渡ろうとした鑑真が難破して漂着した土地でもある。こう書くとさも辺境のようだが、その地理的条件を活かし、現代では「中国のハワイ」としてリゾート開発が進んでいる。

海南島は、古くから多くの華僑を輩出したことでも知られる。省都である海口市の旧市街には、19世紀から20世紀初頭にかけて、海外で財を成した華僑によって建設された騎楼が今も建ち並ぶ。

中国・西洋折衷様式の騎楼。寂れ具合が却って往時をしのばせる(最近は再開発でお化粧が進んでいる)。

温暖な気候のおかげで、農業も盛んだ。米はなんと三期作(1年に3回収穫)で、トロピカルフルーツも豊富。また、四囲を海に囲まれているだけでなく、中南部には山岳地帯があるので、山海の幸に恵まれている。中でも、文昌鶏・加積鴨(アヒル)・東山羊(ヤギ)・和楽蟹は、海南四大名物料理として名高い。

海南島民の6割以上が使用する海南話は、福建南部の方言・閩南話が基になっているそうだ。だが、30年前まで広東省の一部だった歴史が影響しているのか、食文化には広東料理の影響をより強く感じる。医食同源に基づいた広東料理の思想が海南島ならではの風土や食材と出会い、実に魅力的な料理が生まれているのだ。

今回選んだ3つの料理は、鍋あり、甘味あり、主食あり。いずれも海南島の魅力を舌で味わうことができる逸品だ。南の島の多彩な「食」を一気にご堪能あれ!

上着を脱ぎ棄て、熱々の鍋をかっくらおう!斎菜煲(斋菜煲/ジャイツァイバオ/海南式精進鍋)

迫力満点の斎菜煲(ジャイツァイバオ)。

斎菜煲(ジャイツァイバオ)は、海口市を含む海南島北部の名物料理だ。斎菜とは精進料理のことで、煲とは鍋で煮込むこと。つまりは、様々な野菜・キノコ・大豆製品などを煮込む鍋料理である。

この地域には春節に肉を控えて精進料理を食べる習慣があり、本来はその際に食べる料理だそうだ。しかし、現代では時期や精進にこだわらず、肉・モツ・魚を加えて食べるのも人気なのだとか。以上は、僕が斎菜煲を食べた店で知り合った海口人の受け売りである。

その店は、海口庶民の台所・東門市場の近くにあった。看板はなく、古びた騎楼を入口から奥の空き地までぶち抜いて、そこに組み立て式の机やプラスチックの椅子を並べただけの店だ。南国で猛暑だというのに、大勢の客が炭火と土鍋を囲んでいる。男性客の中には、上着を脱ぎ捨てて、上半身裸になっている者も少なくない。

夕方になっても気温30度を優に超える夏の海口。それなのに、みんな鍋を囲んでいる。

その光景に吸い寄せられて席に着くと、店のおばちゃんが炭火と大きな鍋を運んできた。鍋のスープは既に沸騰していて、おばちゃんはそこに大皿に盛られた春雨・木耳・豆もやし・揚げ湯葉・押し豆腐・黄花菜(干したホンカンゾウ)・椎茸・空心菜を全て放り込んだ。

全ての具を一気に放り込み、蓋をして煮込んでいく。
上半身裸の「裸族」を眺めながら、鍋が煮えるのを待つ。

待つこと、しばし。「もう煮えたわよ」とおばちゃんに言われ、箸を手に取った。スープは、あくまであっさり。味付けは恐らく油と塩と醤油程度で、揚げ湯葉やキノコ類がコクを加えている。ワイルドな見た目とは異なり、上品な仕上がりだ。

木耳のコリコリ。黄花菜のモキュモキュ。空心菜や豆もやしのシャキッ。湯葉・押し豆腐・椎茸のジュワーン。様々な食感と味わいが口の中で弾け、精進鍋と言っても多彩で豪華な味わいだ。一番のヒットは、春雨。煮込んでも食感を失っておらず、スープを吸って果てしなく旨い。

ぐつぐつと煮えたぎる斎菜煲。精進料理とは思えない迫力と旨さ!

次に、肉類を加える応用編に移った。店員の兄さん(やはり上半身裸だ)に人気の具を尋ねたところ、鴨腸(アヒルの腸)・猪肚(豚ダイチョウ)・毛肚(牛センマイ)・牛肉の4種を盛り合わせてくれた。モツの煮過ぎは禁物なので、目が行き届く分だけ少しずつ煮ていくのが正解だ。

これまた裸族の兄さんが、手早く盛り付けてくれる。どの具も価格は同じで、重さで支払いが決まる。
じゃじゃん!ツヤツヤとしたモツが食欲をそそる!

ウホッ、これ、最高!暑い中、氷をのせただけの状態でモツを保管してあったのでやや不安もあったのだが、ひと口目でその不安は吹き飛んだ。どれも新鮮で、上物。しっかりした弾力があり、旨味が濃い。卓上の五香南乳(香辛料を加えた腐乳)や辣椒醤(激辛唐辛子ペースト)をつけて食べると、更にコクと刺激が増す。モツ好きなら、心の中で快哉を叫ぶこと必至の美味だ。

山盛りのモツ(加熱済)。上部のピラピラは鴨腸(アヒルの腸)。歯応えが良くて、実に旨い。

あとは一心不乱。ビールを何本も空にしながら、ひたすら鍋に向かった。モツの旨みでスープは更に深みを増し、それを吸った春雨は一層美味しくなった。明らかに数人分の量だった鍋は、キレイに空になった。「旨いものがたっぷりある。しかも、それを独り占めできる」。こんな幸せを目の前にしたら、ひとり鍋の寂しさなんて感じているヒマはないのである。

あまりにも旨かったので、数日後、同じ店を再訪した。これが、正解。新たに糟粕醋(ザオポーツゥ)という料理に出会えたのだ。

冒頭の海口人の解説によると、糟粕醋は海南島東部の文昌が発祥の地。米酒の酒かすに、唐辛子や大蒜や油を加えてスープのベースにする。この店の場合、具は斎菜煲(ジャイツァイバオ)と同じだったが、本場・文昌ではモツ以外に昆布の細切りや、牡蠣や小さな蟹なども入れるそうだ。

赤みがかったスープが特徴の糟粕醋(ザオポーツゥ)。

いかにも複雑な味をしていそうな見た目のスープは、豊かなコクの上に酸味と辛味が混じり合い、期待通りに素晴らしかった。力強い味のモツには斎菜煲(ジャイツァイバオ)のスープより一段と合う気がして、またもひとりで数人分のモツを平らげた。

サウナのような蒸し暑さの中で、汗をダラダラ流しながら熱々の鍋をつつき、冷えたビールをぐいっとあおる。この快楽、一度知ったらきっと病み付きになりますぞ。

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