寧波名物・紅膏熗蟹(ホンガオチャンシエ)。見るからに食欲をそそるこの料理の正体は?
これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を伝える連載です。
◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。
ライター:酒徒(しゅと)何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。北京・広州・上海と移り住んだ十年の中国生活を経て、このたび帰国。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下』を更新中。Twitter:@shutozennin

 

今月の「中国全省食巡り」の舞台は、浙江省寧波市。中国を南北に貫く大運河の南端にあたり、海のシルクロードの東の出発点でもある。地の利を活かし、古くから茶・綿花・海産物の集散地として栄えてきた。

日本との関係も古く、唐代の遣唐使船はみなこの港を目指したという。宋代には曹洞宗の開祖・道元が市内南東の大童禅寺で修行しているし、明代に日明貿易の中国側の玄関口となったのも寧波である。

近代になり、上海の台頭によって勢いに陰りが出た時期もあったが、現在は巨大港湾都市として再び大きな発展を遂げており、2009年以降、寧波舟山港は年間貨物取扱量で世界一の地位を保持し続けている。

寧波市中心部。古建築が残る旧市街と高層ビルが共存している。photo by shutterstock

市の北部は杭州湾に面し、東部は東シナ海を望む。その向こうには、大小1,339個の島嶼から成る舟山群島が広がっている。このあたりは黒潮と中国沿岸を南下する寒流がぶつかる潮目であり、それに加えて、杭州湾に注ぐ銭塘江が大量の土砂とともに豊富な栄養を海にもたらす。

となれば、そこは海産資源の宝庫だ。更に、入り組んだ海岸線は港を築くのに適しており、平坦で砂泥質からなる海底は底引網漁業に向いている。このような好条件が重なった結果、寧波舟山地区は中国最大の漁場となっている。

豊饒な寧波の海。恵まれた自然環境が多種多様な魚介類をはぐくむ。photo by shutterstock

実のところ、今回の記事で浙江省の省都・杭州を差し置いて寧波を採り上げたのは、僕自身が寧波の海鮮料理の虜になってしまったからである。鮮度は抜群、種類は豊富。他地域ではあまり見かけない食材も多い。まるで水族館かのようにずらりと並ぶ魚介類を前にして、あれこれ悩みながら注文を組み立てていくのは、実に刺激的な体験だった。

最初に白状しておくが、今回も3つの料理にはとても絞り切れなかったので、3つのテーマを軸にお送りすることにした。目くるめく寧波の食をお楽しみください。

白き柔肌は舌をも溶かす…寧波湯団と寧波年糕(寧波白玉団子と寧波もち)

艶やかな色気を放つ寧波湯団(ニンボータントゥアン)。

冒頭で海鮮料理への期待を高めておいて恐縮だが、寧波篇最初の一品は寧波湯団(ニンボータントゥアン)にお出まし願うことにした。さして甘いものが好きではない僕でも、寧波湯団のことを思い出すと思わず目尻が下がるほど。人の心をとろかす旨さを備えているのだ。

ひとことで言うなら、黒胡麻餡の白玉団子である。だが、そう言われて想像する旨さを寧波湯団は軽々と超えてくる。

旨さの秘密は、まず、生地にある。日本の白玉団子は白玉粉(もち米を加工した粉)に水を合わせてこねていくが、寧波湯団は水に浸したもち米を石臼で挽き(「水磨」という)、それを布に包んで吊るして水を切ることで生地を作る。これによって、香り高くきめ細やかな生地が出来上がるのだという。

もう一つの秘密は、黒胡麻餡の方にある。炒って冷まして擦った黒胡麻と砂糖のほか、豚の脂を加えて餡を作るのだ。ここで加えるのは、ラードではなく、猪板油(豚の腹脂)。筋の少ない生の脂を練り込むことで、餡に脂臭さが出ることなく程よいコクが生まれ、かじればトロリと流れ出すような仕上がりになるそうだ。

包んだ湯団はたっぷりの湯でじっくり茹でて、茹で汁ごと碗に盛って供するのがお決まりだ。ぷっくりつやつや丸々とした湯団がなんとも食欲をそそる。店によってはキンモクセイがあしらわれることもあり、見た目も香りも華やかになる。

誰しもがむしゃぶりつきたくなるきめ細やかな白肌。

さあ、いただきます。中の餡の熱さを警戒しながらも、熱々をガブリとかじる。つるりとした舌触り。むちょんとした歯応え。それとともにもち米の香りが鼻を抜ける。そこに、中から溢れ出た黒胡麻餡の甘さとコクがじゅわんと広がり、口の中で生地と混じり合っていく。幸せなひと時だ。

で、ひとつ、ふたつと食べ進む合間に茹で汁をすすると、口の中がさっぱりとして改めて食欲が高まるという寸法。よくできた組み合わせである。

甘いが甘過ぎず、和菓子にはないコクを備えた黒胡麻餡に悩殺される。

寧波湯団は、寧波人のソウルフードでもある。旧暦の大晦日から正月の朝にかけて、寧波人は家中に灯をともし、徹夜して新年の朝を迎えるのが習わしで、その朝、最初に食べるのが湯団なのだそうだ。もっとも、今は街のあちこちに湯団の専門店があって、一年を通じて親しまれている。

これと似たもので、もう一つ寧波名物を紹介しておく。豆沙圓子(ドウシャーユエンズ)。餡なしの白玉団子は圓子と呼ばれ、大きさも小指の先ほど。これがドロンドロンのダプンダプンにとろみをつけた小豆のお汁粉にゴロゴロ沈んでいる。ムッチリと弾力が強いところが、圓子の魅力。お汁粉は意外にも甘さ控えめで、するりと胃に収まってしまった。

豆沙圓子(ドウシャーユエンズ)。すごく下世話な見た目なのに、味は上品。餡なし白玉団子もうまい!

さて、次は米つながりで、寧波年糕(ニンボーニエンガオ)に話を移そう。こちらは日本の「もち」と似たものだ。但し、もち米ではなくうるち米で作るため、柔らかいが粘りが少ない。寧波では二期作が行われていて、必ず晩期(第二期)の米を用いるべしとされている。

製法は、寧波湯団と同じように、米を水に浸して石臼で挽き、布に包んで吊るして水を切る。それを蒸したものを臼と杵で突き、細長い小判のように成型する。年糕もまた新年に食べるものであり、年越しの時期に一家そろって年糕作りに勤しむ光景は、寧波人なら誰しも持っている心象風景だそうだ。我々日本人としては、親近感が湧いてくる話である。

もっとも、日本と異なる点もたくさんあって、彼らは一年を通して日常的に年糕を食べる。食べ方は、スープに入れたり、煮込んだり、炒めたり。炒める相手は、青菜だったり、細切り豚肉だったり、多種多様だ。ただ、実のところ、年糕を炒める料理自体は江南地方一帯でよく見られるものなので、ここでは寧波ならではの豪華な一皿を紹介したい。

その名も、白蟹炒年糕(バイシエチャオニエンガオ)。ワタリガニと年糕の炒めものだ。ワタリガニは寧波の名産品で、毎年旬を迎える8月下旬には白蟹節(ワタリガニ祭り)が開催されるほどである。

白蟹炒年糕(バイシエチャオニエンガオ)。ワタリガニは梭子蟹ともいう。

真っ白な年糕と真っ赤なワタリガニの殻の対比が美しい。別に蟹ともちを一緒に炒めなくてもいいんじゃないのと思うかもしれないが、蟹の肉やミソの旨味がもちにからんで、なかなかに美味しい。味付けは塩だけというシンプルさも、分かっているなという感じがする。

更に、面白かったのが海観園炒年糕(ハイグアンユエンチャオニエンガオ)。海観園とは、なんとイソギンチャク。まずは、調理前のお姿からご覧いただこう。

調理前のイソギンチャク。店員にオススメの調理法を聞いたら、もち炒めを勧められた次第。

これが、年糕と炒めるとこのようになる。

海観園炒年糕(ハイグアンユエンチャオニエンガオ)。イソギンチャクの縮みっぷりには驚いた。

イソギンチャクともち。想像もしなかった組み合わせだが、現地の人が当然のように喰っているものは、たいてい旨い。これもそう。コリコリした独特の食感がもちと良い対比だったし、一緒に炒めてあった青菜は春菊で、そのほろ苦さがイソギンチャクの磯の香りを昇華して縁の下の力持ちになっていた。

コリコリ。小さくはなったけど、衰えない存在感。

ということで、米の話をしているつもりが、いつの間にか海鮮が入り込んでくるのが寧波だ。次項では、もう少し深く寧波の海鮮に迫っていくことにしよう。

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