村一番の人気店!「周厚雲鍋魁店」に弟子入り

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目的地となる鍋魁の故郷、軍楽鎮は、成都市北部の彭州に位置しており、成都双龍国際空港から70キロ強、車で約1時間半の距離にある。

「この地域はものすごい四川弁なので、普通話(いわゆる標準語)がわかっていても聞き取れない可能性があります。間違いがあるといけないので、初日の手続きは僕の母親が付き添います」

そう何珂さんがいうので、ここはありがたく四川弁ネイティヴのお母さまと一緒に軍楽鎮に入ることにした。「百度地図」で穴が開くほどこの界隈のマップを見た、‟憧れの地”についに行くのだ。

成都空港からいざ軍楽鎮へ!ちなみに「軍屯鍋魁」だからといって軍屯鎮に行くのは間違いなので注意してください。

軍楽鎮の鍋魁店は、街の目抜き通りとなる彭敖路に12軒ほど。現地の段取りをしてくれた彭州市軍屯鍋魁協会の李开鋭さんは、「この村では2018年の時点で、中国各地の地方都市から1か月に100人近い修行者を受け入れています」という。

その中から、我々は「周厚雲鍋魁店」にお世話になることに決まった。以前、この店ではイギリス人と日本人を受け入れたことがあるらしく、外国人も大丈夫だと判断されたのだろう。しかし、よくよく聞いてみると外国人の修行者は非常に稀。小さな軍楽鎮では来る前から話題になったようで、到着するなりいくつもの取材を受けた。

到着すると現地メディアの取材が相次ぎ、他店から見物にくる人もいた。
「周厚雲鍋魁店」外観。同じタイミングで店に修行に来ていたのは全員が四川人だった。

そして結果的に、この店に入れたのは非常に幸運だった。なぜならここは街一番の繁盛店。目の前の通りには、成都北部の紅岩から成都市街へ至る中距離バスが走っていたが、そのバスが店の前で一時停車し、乗客が下りて鍋魁を買い来るほど名が知れていた。

トラックもバイクも、店の前で車を停めて鍋魁を買っていく。

ここでは路上ドライブスルーは当たり前。車の中から「锅魁!」と声が聞こえると、店は「几个?(何個?)」と聞いて焼きたてを持っていく。週末、多いときでは1日1,000個も売上があり、お客さんの波が来ると、店は気持ちよい活気に包まれる。

ドライブスルーは当たり前。

そして、師となる周先生が大変立派な方だった。少しでも暇ができると掃除をし、仕込みや賄いの下準備、我々が使うエプロンなどの洗濯も先生が自ら率先して行う。成都人気質とでもいうのだろうか、誰にでも分け隔てなく接してくださり、新参者としてありがたかった。

初日、周先生が個人指導してくれた。

食感の秘密は老麺。30年物の老麺が伸びのよい生地をつくる

店の朝は早く、生地の仕込みを始め、窯に火を入れるのはまだ空が暗い5時45分。一度に仕込む生地は約10kgで、材料は強力粉、お湯、粉末鹹水(かんすい)、菜種油、前日の生地の残り。そう、ここでピンと来る人はピンとくるだろう。発酵に、老麺を使うのだ。

朝、窯に炭とコークスを入れて火を起こす。
朝一番の仕込み分は、出勤前の人たちが朝食や昼食のために買い求める。

老麺は、小麦粉などのでんぷん質と水分とを練り合わせて放置し、空気中に漂う常在菌によって発酵させた種のこと。日本でも、こだわりの肉まんやパン生地の発酵に使う人もいるので、ご存じの方もいるだろう。

作り始めこそ新しいが、その名の通り、古くなった生地こそ老麺。生地を作るたびに新たな生地に一部を加え、またその生地を次に残して…とうなぎのタレのように繰り返し使っていくことで、その‟質”は堂に入ったものとなる。

そんな老麺を使った発酵生地は、弾力性に富み、つぷっと歯切れがよい印象があるが、軍屯鍋魁もまた歯切れのよさがありつつ、生地そのものにリッチな重たさを持っていた。特に「周厚雲鍋魁店」は、先生が使い続けてきた30年ものの老麺が味の要(かなめ)。その食感や風味は、まぎれもなくこの老麺の力だった。

店で使っていた老麺。前日の生地を一晩放置すると、より軟らかくなり、独特の発酵香を放つ。
できあがった生地。菜種油がたっぷり入っているのでツヤツヤ。

アクロバティック!生地を回転させながら伸ばす華麗な成型技法

実際にトップクラスの店の厨房に入ってみると、ただ食べているだけではわからなかった、鍋魁の‟バエる”魅力も見えてきた。

修行初日、生地を伸ばす技を先生がプレゼンテーションしてくれたのだが、軽快な躍りにも似た手品のような手さばきは、美しく華麗でリズミカル。生地を手に持ち、片手の甲を添えながら回転させ、徐々に牛の舌状に伸ばしていくプレイは、どんなに説明しても見るのが早い。こちらの画像をご覧あれ!

お客さんがピークの時間ともなると、店の麺台は前方も後方もフル稼働。焼き場も最大個数を回していき、ビシッ!ビシッ!と麺を打ち付けては伸ばす音がリズミカルにこだまする。威勢がよくてカッコよくて、目の前でこんなパフォーマンスをやられたら、誰だってここで鍋魁を買いたくなってしまうだろう。

鍋魁の販売風景。休みの日ともなると、作りたてが飛ぶように売れていく。まとめ買いのお客さんも少なくない。

また、餡は香辛料を効かせた豚肉餡と、火鍋の素で味付けした牛肉餡の2種類が選べる。基本の豚餡には、背脂と花椒がたっぷり。餡を生地に塗り付け、巻いては伸ばす工程を2度繰り返すため、最後には肉を織り込んだ層状の生地ができあがる。プロセスは以下の写真でご紹介しよう。

牛の舌のように生地を伸ばし、餡を塗る。写真は火鍋味の牛肉餡。
餡を塗った生地をバターロールのように巻き、それを再び牛の舌状にのばして餡を塗り重ねる。
団子状にまとめ、麺台に並べて焼く前にスタンバイ。
焼く直前に専用の麺棒で平たく潰す。

実際に自分で整形してみると、生地の回転技がキマったときの気持ちよさはこの上ない。しかし、成功するには技術だけでなく、生地そのもののコンディションが一番の勝敗のカギを握っている。軟らかすぎてもダレてしまうし、硬すぎても伸びが悪い。

あらゆる小麦粉料理は、湿度や温度の変化があっても、四季を通じて同じ状態に仕上げられるのがひとつのゴールとなるが、鍋魁も同様。生地作りだけはベテランの職人が最後に仕上がりをチェックするのも納得なのだった。

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