これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を毎月伝える連載です。
◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。
ライター:酒徒(しゅと)何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。中国生活は合計9年目に突入し、北京・広州を経て、現在は上海に在住。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下@上海』を更新中。Twitter:@shutozennin

新年のご挨拶をするには少々遅くなりましたが、今年も本連載をよろしくお願いいたします。

さて、2019年最初の更新となる今回は、広西チワン族自治区の桂林市にお出まし願うことにした。風光明媚な景観を求めて、世界中から観光客が集まる中国でも有数の観光地だ。壮大な自然があちこちにある中国においても桂林の存在は別格で、「桂林山水甲天下(桂林の自然は天下一)」という言葉で称えられている。

タワーカルストと呼ばれる柱のような形の山が街中にも林立する様子は、他では見ることができない奇観だ。観光のハイライトは漓江下りで、桂林市街から下流の終着点・陽朔までの4時間半に及ぶ航程では、「水墨画のような」という陳腐な形容詞がそのまま当てはまる光景が延々と続く。それはもう圧巻のひと言で、普段、観光にはそれほど熱意がない自分でも驚くほど素直に感動した覚えがある。

桂林観光のハイライト、漓江下り。(photo by shutterstock)

しかし、観光地としての知名度とは裏腹に、桂林の料理、ひいては広西チワン族自治区の料理というと、日本での知名度は無きに等しいのではないだろうか。正直に言えば、中国国内での知名度も決して高いとは言えない。

それが僕は悔しい。調理法こそ凝ったものは少ないが、豊富な山と川の幸を用いた素朴で豪快な料理の数々は、荒々しい魅力に溢れている。唐辛子の辛味と発酵食品の香りや旨味、酸味を活かした味付けが特徴で、初めて食べるときは未知の味わいに驚くかもしれないが、慣れれば病み付きになること請け合いだ。僕なんて、料理だけを目的として桂林を再訪してしまったほどである。

今回の記事で、その魅力が少しでも伝わるなら嬉しい。とりあえず、ここでは大きな声で言っておく。「桂林に行って、景色だけ見て帰ってくるなんてもったいない!」と。

ビール煮込みがビールを呼ぶ!啤酒魚(啤酒鱼/揚げ魚のビール煮込み)

迫力満点の啤酒魚。

啤酒魚(ピージゥユー)は、漓江下りの終着点である桂林市陽朔県の名物料理だ。もし陽朔に行って啤酒魚を食べずに帰ってきた人がいるなら、その人はよほどの天の邪鬼に違いない。何故なら、陽朔は村全体が「啤酒魚を喰え~」「必ず喰え~」と訴えかけてくるところだからだ。

なにせ、村の至るところに「啤酒魚」の看板がある。あっちの店もこっちの店も、とにかく全部「啤酒魚」。お洒落なカフェも、小さな屋台も、猫も杓子も「啤酒魚」。陽朔で「啤酒魚」を食べない者は人にあらず。そう言わんばかりの勢いで、「啤酒魚」の三文字が訪れる者の視界を埋め尽くすのである。

その正体は、揚げ魚のビール煮込みだ。まず、桂林特産の山茶油(カメリア油)で鱗がついたままの川魚を丸ごと揚げ焼きにする。両面の鱗が反り返ってパリパリになるくらいこんがり焼いたら、葱・生姜・大蒜・醤油などを投じて香りを出し、赤・緑の二種類の生唐辛子とトマトを加える。そこにビールをどぼどぼと注ぎ、蓋をして煮込んでいく。

魚は、漓江で獲れた川魚を用いるのが基本だ。一番安いのは鯉魚(コイ)で、竹魚(コイ系)、剣骨魚(ナマズ系)、毛骨魚(これもナマズ系)といった選択肢がある。一般的に、コイ系よりナマズ系の方が身質は柔らかくなるが、どちらも美味いので、好みと予算で選べばいい。

どの店でも、その場で魚をさばいて作る。これは竹魚(コイ系)の啤酒魚だ。

ビールを使うところからしてそれほど古い料理ではないはずだが、その起源はよく分からない。啤酒魚の専門店は何故かどこも「○○おばちゃんの啤酒魚」「△△おじちゃんの啤酒魚」といった店名で、恐らくはその中のどれかが最初に啤酒魚を考案し、他の店が後追いしたのだと思われる。しかし、今やどの店もが「元祖」や「正統」を名乗っており、訳が分からないことになっている(笑)。

まあ、旨ければいいではないか。1kgを超える魚を丸ごと使うだけあって、迫力は満点。巨大な皿からは芳ばしい香りがぶわわんと立ち昇ってきて、何とも食欲をそそる。

さあ、いただきます!葱・生姜・大蒜の風味に醤油と山茶油のコクが合わされば、何を煮込んでも旨くなって当然だが、主役の川魚がとてもおいしい。柔らかな身はもちろん、鱗にまで味がよく染み込んでいる。川魚の鱗がこんなに美味しく食べられるとは知らなかった。

さらに、生唐辛子の辛味がしっかり効いているのがいい。こっくりとした味付けの魚にビリリとした辛味が加わると、果てしなくビールを呼ぶ。そして、トマトの酸味と旨味が、料理全体に深みを加えている。生唐辛子とトマトは啤酒魚に欠かせない材料だそうだが、その理由が舌で理解できた。名物にも旨いものありだ。

香ばしく揚がった魚にこっくりした味がよく染みていて、皮や鱗まで美味しい。

日本では川魚がマイナーなので、尻込みする人もいるかもしれない。しかし、この料理のように濃い目で刺激的な味付けには、海魚より川魚のつるりとして柔らかい身質が断然合う。そのことを、是非食べてみて実感して欲しい。また、都会で川魚を食べて泥臭さを感じたことがある人には、田舎での再挑戦をオススメしたい。綺麗な水で育った川魚には、泥臭さなどないのだ。

そもそも広大な中国で海に面した地域は一部分しかない。中国全体で見ると、内陸でも獲れる川魚の方が海魚よりメジャーな食材なのである。川魚の美味しさを知れば、中華料理の世界が一気に広がることだろう。

こちらは毛骨魚(ナマズ系)の啤酒魚。川魚の食べ比べも楽しい。

さて、恒例の余談だが、もうひとつ桂林ならではの料理を紹介しておきたい。その名も、田螺醸(ティェンルゥォニィァン)タニシの肉詰めである。タニシの殻から身を取り出し、豚ひき肉などと叩き合わせて餡を作る。この餡をよく洗った殻に詰め、生唐辛子や大蒜と共に炒める。

タニシの歯応えと豚肉の旨味に大蒜と唐辛子の刺激が良く合い、驚くほど深みのある味になる。僕が食べたものは餡にミントの葉が混ぜ込んであり、爽やかなミントの香りが後味を軽やかにしてくれて、すこぶる旨かった。

もうひとつのオススメ、田螺醸(タニシの肉詰め)。
タニシの殻に餡が詰まっている。なかなか手間のかかった料理だ。

タニシは桂林では一般的な食材で、単に炒めたり煮込んだりする料理もたくさんある。しかし、惜しいことに泥抜きが甘く、ぬめっとした泥臭さを感じたことが何度かあった。一度身を取り出して殻を洗うこの料理であれば、その問題はない。タニシはちょっと…という人にも、自信を持ってオススメしておく。

因みに、田螺醸の」とは「肉詰め料理」を意味し、陽朔にはタニシの他にも肉詰め料理がたくさんある。試しに挙げてみると、豆腐醸、茄子醸、苦瓜醸、柚子醸、辣椒醸、南瓜花醸、油豆腐醸、冬瓜醸、蒜醸、竹筍醸、菜包醸、香芋醸、蘑菇醸、蛋醸、蕃茄醸…といった具合だが、さすがに個々を説明する紙幅はないので、見かけたら試してみて欲しい。

美しい自然を眺めるだけではなく、その自然がもたらす恵みを味わって初めて、桂林観光は完成するのである。

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